309 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆14:灼熱の死闘−2
しおりを挟む
「あ、あのすみません、日本ではおうどん、おそばを食べるときは音を立てるのが作法と習っていたのです。不作法でしたでしょうか?」
「ああいや、そこは全然問題ないのだが」
「辛くないんですか?」
「確かに辛いです。ですが、様々な辛さが素晴らしいバランスでまとまっているので、不快な辛さではなく、むしろ麺自身の味を引き立てる形となっています。日本にここまで香辛料を扱えるお店があるとは驚きです」
「そ、そういうものなんですか?」
「ふむ……」
そう言われると、おれも未練が湧いてくる。実のところ、先ほどの辛さはまだ舌先に残っているが、決してまずいわけではなかった。鼻を灼いた強烈な刺激も時間が経つと、鮮明な香りとして感じられるようになっている。気を取り直して、おれは慎重に麺をすくい、再びすすった。
「……!、やっぱ辛い、けど、結構イケる、な」
まぶしい光の下で何も見えない状態から、段々目が慣れると周囲の状況が解るように。舌が慣れ、辛いだけとしか思えなかった中から徐々に微妙な味の判別できるようになってきていた。
なるほど確かに、このレッドカリーが決してただ強い刺激を求めたキワモノではなく、厳然とした一品の料理であるということが理解できる。
競争の厳しい高田馬場の学生街を、ただ辛いだけで生き残れるはずがない。激辛でありながら絶妙のスパイスの構成、とろける豚肉との組み合わせ。辛い辛いと言いつつもやめることが出来ず完食してしまう者が後を絶たない悪魔のカレーという評判も、今なら納得だ。
「あまり冷たい水は飲まない方がいいと思います。辛さが長引くので」
「アドバイスサンキュー。……へぇ、だんだんイケるようになってきた。この角煮、柔らかい上に味がきっちり染み渡っていて極上だ」
「おいしいですよね?」
「あぁ。美味いね」
「う~ん、でもボクはやっぱり苦手かなぁ」
「まぁ、お前にはまだちょっと早いわな。無理しなくていいぞ。別の頼むか?」
もともと味覚というものは年齢によって変化する。甘いチョコレートやコーラが大好きだった子供が、大人になるにつれ辛い酒だの苦いモツ鍋だのを好むようになるのもそのせいだ。
――と、ここまで思考した時点で後悔した。どうせコイツのことだ、子供扱いするなとか、また店の中でわめき立てるに相違あるまい。
「……いいよ。頼んだんだから、ちゃんと最後まで食べる」
だが、真凛はそれだけ言うと、積極的に箸をつけてうどんを啜り始めた。むぅ、辛いものを食ったせいで喋る気が失せたか。
ランチタイム後の客の少ない店内に、男女三人がうどんを啜る音がしばし響く。三者三様、どうにか激辛うどんをあらかた食べ終える。摂取した高濃度のカプサイシンが、腹に収めたうどんが今まさに消化器官のどこにあるかを雄弁に主張していた。
人心地つくと、おれ達の話題は自然とこれからの予定についてのものへと移った。
「今日はこれから学校見学して、『箱』を探すのは明日から?」
「まぁそうなるだろうな。『箱』が見つかるまでファリスはウチの事務所に泊まって貰うことになるけど、かまわないかい?」
「かまわないどころか!お礼を申し上げなければなりません。本来ならホテルに泊まるべきなのに」
「気にしない気にしない、どうせ最初に君が払った依頼料に宿代も込みだろうからね」
彼女を護衛しつつ『箱』の捜索。なるほど確かに大仕事である。
「でもさぁ」
「あん?」
「何日ぐらいかかるんだろう?ボクも毎日ってなると、その、学校が」
「そこなんだよな」
ひりつく舌を労りつつ、おれは朝からドタバタ続きだった状況を整理する。
「結局の所、『箱』があるのは日本のどこか。日本と言っても、北海道から沖縄、離島だってある。それこそ九十九里浜でダイヤモンドを一粒探すようなもんだよ」
「なんで九十九里浜?」
「気にすんな。そしてもう一つ、『箱』が日本にあるという情報そのものの真偽。まぁ、セゼルがこんな凝った嘘をわざわざつく理由もないとは思うが、数十年前に隠した暗号が、まだこの世にちゃんと形として残っているという保証もない」
実は考古学なんかの世界では、”宝の地図”というものは割と見つかるのだ。貴重な遺跡の所在地を記した文献や、貴族の屋敷跡から発掘された財産の目録など。
だが現実は散文的なもので、そもそも文献の情報そのものが、当時の噂や伝聞をもとに書かれた誤りであったり、確かに当時はそこに財宝があったものの、数百年前の火災でとっくに焼失していたり。”宝の地図”を正しく解いても、宝にたどり着けないことの方が圧倒的に多いのである。
先日の幽霊騒ぎでもあったが、『探す』任務でいちばん厄介なのは見つからないものを『ない』と証明することだ。ファリスも何時までも日本に滞在するわけにはいかないだろうし、ウチもあてどもない捜索をずるずる続けるわけにはいかない。
「それは、確かにそうですが」
口ごもるファリス。おれはしばし彼女の表情に視線を置く。彼女の言葉は続かなかった。――いい機会、か。
「ああいや、そこは全然問題ないのだが」
「辛くないんですか?」
「確かに辛いです。ですが、様々な辛さが素晴らしいバランスでまとまっているので、不快な辛さではなく、むしろ麺自身の味を引き立てる形となっています。日本にここまで香辛料を扱えるお店があるとは驚きです」
「そ、そういうものなんですか?」
「ふむ……」
そう言われると、おれも未練が湧いてくる。実のところ、先ほどの辛さはまだ舌先に残っているが、決してまずいわけではなかった。鼻を灼いた強烈な刺激も時間が経つと、鮮明な香りとして感じられるようになっている。気を取り直して、おれは慎重に麺をすくい、再びすすった。
「……!、やっぱ辛い、けど、結構イケる、な」
まぶしい光の下で何も見えない状態から、段々目が慣れると周囲の状況が解るように。舌が慣れ、辛いだけとしか思えなかった中から徐々に微妙な味の判別できるようになってきていた。
なるほど確かに、このレッドカリーが決してただ強い刺激を求めたキワモノではなく、厳然とした一品の料理であるということが理解できる。
競争の厳しい高田馬場の学生街を、ただ辛いだけで生き残れるはずがない。激辛でありながら絶妙のスパイスの構成、とろける豚肉との組み合わせ。辛い辛いと言いつつもやめることが出来ず完食してしまう者が後を絶たない悪魔のカレーという評判も、今なら納得だ。
「あまり冷たい水は飲まない方がいいと思います。辛さが長引くので」
「アドバイスサンキュー。……へぇ、だんだんイケるようになってきた。この角煮、柔らかい上に味がきっちり染み渡っていて極上だ」
「おいしいですよね?」
「あぁ。美味いね」
「う~ん、でもボクはやっぱり苦手かなぁ」
「まぁ、お前にはまだちょっと早いわな。無理しなくていいぞ。別の頼むか?」
もともと味覚というものは年齢によって変化する。甘いチョコレートやコーラが大好きだった子供が、大人になるにつれ辛い酒だの苦いモツ鍋だのを好むようになるのもそのせいだ。
――と、ここまで思考した時点で後悔した。どうせコイツのことだ、子供扱いするなとか、また店の中でわめき立てるに相違あるまい。
「……いいよ。頼んだんだから、ちゃんと最後まで食べる」
だが、真凛はそれだけ言うと、積極的に箸をつけてうどんを啜り始めた。むぅ、辛いものを食ったせいで喋る気が失せたか。
ランチタイム後の客の少ない店内に、男女三人がうどんを啜る音がしばし響く。三者三様、どうにか激辛うどんをあらかた食べ終える。摂取した高濃度のカプサイシンが、腹に収めたうどんが今まさに消化器官のどこにあるかを雄弁に主張していた。
人心地つくと、おれ達の話題は自然とこれからの予定についてのものへと移った。
「今日はこれから学校見学して、『箱』を探すのは明日から?」
「まぁそうなるだろうな。『箱』が見つかるまでファリスはウチの事務所に泊まって貰うことになるけど、かまわないかい?」
「かまわないどころか!お礼を申し上げなければなりません。本来ならホテルに泊まるべきなのに」
「気にしない気にしない、どうせ最初に君が払った依頼料に宿代も込みだろうからね」
彼女を護衛しつつ『箱』の捜索。なるほど確かに大仕事である。
「でもさぁ」
「あん?」
「何日ぐらいかかるんだろう?ボクも毎日ってなると、その、学校が」
「そこなんだよな」
ひりつく舌を労りつつ、おれは朝からドタバタ続きだった状況を整理する。
「結局の所、『箱』があるのは日本のどこか。日本と言っても、北海道から沖縄、離島だってある。それこそ九十九里浜でダイヤモンドを一粒探すようなもんだよ」
「なんで九十九里浜?」
「気にすんな。そしてもう一つ、『箱』が日本にあるという情報そのものの真偽。まぁ、セゼルがこんな凝った嘘をわざわざつく理由もないとは思うが、数十年前に隠した暗号が、まだこの世にちゃんと形として残っているという保証もない」
実は考古学なんかの世界では、”宝の地図”というものは割と見つかるのだ。貴重な遺跡の所在地を記した文献や、貴族の屋敷跡から発掘された財産の目録など。
だが現実は散文的なもので、そもそも文献の情報そのものが、当時の噂や伝聞をもとに書かれた誤りであったり、確かに当時はそこに財宝があったものの、数百年前の火災でとっくに焼失していたり。”宝の地図”を正しく解いても、宝にたどり着けないことの方が圧倒的に多いのである。
先日の幽霊騒ぎでもあったが、『探す』任務でいちばん厄介なのは見つからないものを『ない』と証明することだ。ファリスも何時までも日本に滞在するわけにはいかないだろうし、ウチもあてどもない捜索をずるずる続けるわけにはいかない。
「それは、確かにそうですが」
口ごもるファリス。おれはしばし彼女の表情に視線を置く。彼女の言葉は続かなかった。――いい機会、か。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

*運管クエスト* (´ω`)(^Д^)
N&N
経済・企業
これは運行管理者の資格を取得している センパイ(´ω`) に学びながら
運行管理者試験合格を目指す ハテナくん(^Д^) の物語です
(文中の文字の大きさは【中】を推奨します)
*運行管理者とは?*
道路運送法および貨物自動車運送事業法に基づき、事業用自動車の運行の安全を確保するための業務を行なう人です。
自動車運送事業者は、条件に応じて一定の人数以上の運行管理者を選任する必要があります。
*資格について*
国土交通省管轄の国家資格で旅客と貨物に分けられており、ハテナくんは旅客の資格取得を目指します。
試験会場や試験日程については、試験団体にお問い合わせください。
http://www.unkan.or.jp/
*登場人物*
センパイ(´ω`)
運行管理者試験(旅客)に一発合格し、資格をゲッチュ。
ハテナくんがタメ口で話そうが気にせず丁寧に説明をしてくれます。
ハテナくん(^Д^)
社会人2年目。資格ゲッチュを目指してセンパイに学ぶ。
喜怒哀楽が非常にハッキリしています。
*物語の背景について*
2人はとある葬儀会社に勤めています。
2人が所属する営業所には 出棺時に使用するマイクロバスが1台と、故人様の搬送時に使用する寝台車と霊柩車が1台ずつあります。
※法改正で内容に変更が生じる場合がございますので、何かお気づきになった際は、一言お願い致します(´ω`)

かわずの城 ~ブラック企業で戦い抜け!~
神木 セイユ
経済・企業
ブラック企業をひっくり返せ!!
地元でも優良企業と名高い株式会社エンゼルに就職した琴乃 春子 十八歳。
元ヤン 無資格 縁故入社。
だが春子には強大な野望を持つ支持者と、持ち前の観察力があった。
現場で見た会社の真実の姿は……争いと騙し合いの蔓延る醜悪なもの。
ある日、先輩の女性社員は複数の男性に呼び出され毎夜暴行を受けていた。まずはここから変えて見せる。
救い出せ!
味方を集めろ!
敵を見抜け!
田舎の閉鎖社会の中で働く老若男女の壮絶な戦い。
皆さんも経験がおありでしょう?
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる