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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆11:静謐なる原種吸血鬼の孤城-3
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「――とまあ、そういうわけでしてね。ファリス王女の持ってきたこの暗号の解読をお願いしたいわけですよ」
簡単に事情を説明し終えた後、おれはファリスから預かった紙片を羽美さんに手渡す。数字で構成された暗号の解析とくれば、まずはコンピューターと数学に詳しいこの人の出番というわけだ。……いかに奇人変人の類といえど。
「最新のコンピューターで推論すれば、もう一つの『箱』とやらがなくても解読できるんじゃないかと期待しまして」
「よろしくお願いいたします」
「ふふん、成る程。大帝セゼルの記した暗号とな」
一目見るなり、ぞんざいに頷いて紙片を受け取る羽美さん。
「……あれ、思ったより食いつきが良くないですね。お宝の在処が記された秘密の暗号なんてシロモノ、男の子なら一度は手に入れたいと夢見るものでしょうに」
「亘理氏、ちなみに聞いておくが、脳の収縮の末に小生の性別まで失念したわけではないよな?」
「はっははー、まっさかぁー」
ちなみに、少年達は大人になるにつれそうしたものへの関心を失っていくが、それは成長するにつれ、宝の地図などそうそう存在しないと理解するからであり、決して宝の地図そのものが嫌いになったわけではないのだ、とおれはここで力説しておきたい。
「……誰に言ってるの?」
「いや別に。てか、この手の暗号なら羽美さん、普通に好きそうに思ったんですが」
「まあ、暗号は好物ではあるが」
そう言うと羽美さんは、LANから切り離した小型のノートパソコンにスキャナを接続し、手早く紙片の映像を取り込む。そして何やら画像解析ソフトを立ち上げると、たちまち紙片に記された手描きの文字列が識別され、整然たる数列となってディスプレイに表示された。
「へぇ、ずいぶん優秀な解析ソフトですね。自前ですか?」
文字をソフトで画像解析する際、どうしてもくせ字や細かい字の識別が困難になるものだが、おれがざっと見比べたところ、誤認識はしていないようだ。
「ウム。最初に判りやすい文字を解析して簡単な筆跡鑑定を実施し、判読できない文字は筆跡から推定する、という手法を採っておる。十種類しかない数字ならまず間違えることは無かろうよ」
「……どこかの企業の依頼品とか?」
ロジックだけでも充分に特許を出願できそうなものだが。
「いんや、趣味だ。人工知能に読書をさせようと思いつきで作ってはみたものの、使う機会が無くて放っておいた。所詮は片手間もの、市場に出せるものではない」
……胡散臭い実験よりも、むしろこういうところをきちんと伸ばせていれば、マッドサイエンティスト呼ばわりの末学会を追放されることもなかったろうに。
「何か言ったかね」
「いえいえ。で、いよいよ肝心の暗号解析をお願いしたいんですが」
「ああ、それならもう終わったぞ」
「なんだもう終わったんですか。……って、マジですか!?」
おれの大声に、棺桶に設置されたPCを覗き込んでいた真凛、そしてファリスが慌てて顔を上げる。
「ほ、本当ですか、ドクター・石動!?」
「まあな!ふむ、ふむッ!ファリス王女殿下、貴女は近頃の権力者層にしては珍しく、なかなかに賢者を遇する術を心得ているではないか!」
ドクター、の敬称に気をよくしたのか、鷹揚に頷く石動女史。ってかこの人の方こそ、もう少し王族に対する敬意を払うべきだと思う。
「政治の世界など十年一日千年一日。真に歴史の針を前に進めるのは叡智を求める科学の歩みよッ!」
「それで、どんな結果だったのですか、『鍵』は!?」
せっかくの石動女史の雄弁も、国の命運を担った王女の耳には入らない。いささかばつの悪そうな顔になって、羽美さんは告げた。
「うむ。……まあ、これがRSA暗号だろうということはわかった」
「RSA暗号?」
「一通りの解析ソフトを走らせてみたのだが、RSAをどうにか解析させようとしたときの典型的なパターンが現れておるからな。亘理氏から聞いた二つの数列の話からして、まず間違いないであろう」
「……ってぇと、ネットでの情報のやりとりに使われるあれですか?」
「陽司、知ってるの?」
「まあ、ちょっと初歩を舐めた程度だけどな……。たしか素数から秘密鍵と公開鍵を生成する、って奴でしたっけ?」
「ほほう、亘理氏にしてはなかなか勉強をして居るではないか。そもそもRSA暗号とは桁数の大きい合成数の素因数分解が困難であるという事実に基づいて作られた公開鍵型の暗号で――」
「ストップ!ストップ!あんまり専門的なウンチクを語られてもおれ達じゃ理解できませんよ!……まあなんだ、世界中の誰もが暗号化できて、なおかつコンピューターで解析しても解析するのは事実上不可能に近いっていう、ネット上で使うにはとても便利な暗号のことさ」
「いや、陽司、やっぱりよくわからないんだけど……」
簡単に事情を説明し終えた後、おれはファリスから預かった紙片を羽美さんに手渡す。数字で構成された暗号の解析とくれば、まずはコンピューターと数学に詳しいこの人の出番というわけだ。……いかに奇人変人の類といえど。
「最新のコンピューターで推論すれば、もう一つの『箱』とやらがなくても解読できるんじゃないかと期待しまして」
「よろしくお願いいたします」
「ふふん、成る程。大帝セゼルの記した暗号とな」
一目見るなり、ぞんざいに頷いて紙片を受け取る羽美さん。
「……あれ、思ったより食いつきが良くないですね。お宝の在処が記された秘密の暗号なんてシロモノ、男の子なら一度は手に入れたいと夢見るものでしょうに」
「亘理氏、ちなみに聞いておくが、脳の収縮の末に小生の性別まで失念したわけではないよな?」
「はっははー、まっさかぁー」
ちなみに、少年達は大人になるにつれそうしたものへの関心を失っていくが、それは成長するにつれ、宝の地図などそうそう存在しないと理解するからであり、決して宝の地図そのものが嫌いになったわけではないのだ、とおれはここで力説しておきたい。
「……誰に言ってるの?」
「いや別に。てか、この手の暗号なら羽美さん、普通に好きそうに思ったんですが」
「まあ、暗号は好物ではあるが」
そう言うと羽美さんは、LANから切り離した小型のノートパソコンにスキャナを接続し、手早く紙片の映像を取り込む。そして何やら画像解析ソフトを立ち上げると、たちまち紙片に記された手描きの文字列が識別され、整然たる数列となってディスプレイに表示された。
「へぇ、ずいぶん優秀な解析ソフトですね。自前ですか?」
文字をソフトで画像解析する際、どうしてもくせ字や細かい字の識別が困難になるものだが、おれがざっと見比べたところ、誤認識はしていないようだ。
「ウム。最初に判りやすい文字を解析して簡単な筆跡鑑定を実施し、判読できない文字は筆跡から推定する、という手法を採っておる。十種類しかない数字ならまず間違えることは無かろうよ」
「……どこかの企業の依頼品とか?」
ロジックだけでも充分に特許を出願できそうなものだが。
「いんや、趣味だ。人工知能に読書をさせようと思いつきで作ってはみたものの、使う機会が無くて放っておいた。所詮は片手間もの、市場に出せるものではない」
……胡散臭い実験よりも、むしろこういうところをきちんと伸ばせていれば、マッドサイエンティスト呼ばわりの末学会を追放されることもなかったろうに。
「何か言ったかね」
「いえいえ。で、いよいよ肝心の暗号解析をお願いしたいんですが」
「ああ、それならもう終わったぞ」
「なんだもう終わったんですか。……って、マジですか!?」
おれの大声に、棺桶に設置されたPCを覗き込んでいた真凛、そしてファリスが慌てて顔を上げる。
「ほ、本当ですか、ドクター・石動!?」
「まあな!ふむ、ふむッ!ファリス王女殿下、貴女は近頃の権力者層にしては珍しく、なかなかに賢者を遇する術を心得ているではないか!」
ドクター、の敬称に気をよくしたのか、鷹揚に頷く石動女史。ってかこの人の方こそ、もう少し王族に対する敬意を払うべきだと思う。
「政治の世界など十年一日千年一日。真に歴史の針を前に進めるのは叡智を求める科学の歩みよッ!」
「それで、どんな結果だったのですか、『鍵』は!?」
せっかくの石動女史の雄弁も、国の命運を担った王女の耳には入らない。いささかばつの悪そうな顔になって、羽美さんは告げた。
「うむ。……まあ、これがRSA暗号だろうということはわかった」
「RSA暗号?」
「一通りの解析ソフトを走らせてみたのだが、RSAをどうにか解析させようとしたときの典型的なパターンが現れておるからな。亘理氏から聞いた二つの数列の話からして、まず間違いないであろう」
「……ってぇと、ネットでの情報のやりとりに使われるあれですか?」
「陽司、知ってるの?」
「まあ、ちょっと初歩を舐めた程度だけどな……。たしか素数から秘密鍵と公開鍵を生成する、って奴でしたっけ?」
「ほほう、亘理氏にしてはなかなか勉強をして居るではないか。そもそもRSA暗号とは桁数の大きい合成数の素因数分解が困難であるという事実に基づいて作られた公開鍵型の暗号で――」
「ストップ!ストップ!あんまり専門的なウンチクを語られてもおれ達じゃ理解できませんよ!……まあなんだ、世界中の誰もが暗号化できて、なおかつコンピューターで解析しても解析するのは事実上不可能に近いっていう、ネット上で使うにはとても便利な暗号のことさ」
「いや、陽司、やっぱりよくわからないんだけど……」
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