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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆11:静謐なる原種吸血鬼の孤城-1
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事務所の奥の六畳和室、通称『石動研究所』のドアを開けたのはずいぶん久しぶりな気がする。部屋の中を覗き込んだ瞬間、おれと真凛は間抜けな声を上げてしまっていた。
「なんだ、こりゃ?」
和室と言いつつ無数の配線と機材のジャングルに埋もれ、畳なんか一平方センチメートルだって見えやしない部屋――それはいい、いつものことだ。
問題は、普段なら部屋中にばら撒かれているはずのPCやら小型工作機械やらが軒並み部屋の隅に積まれ、こじ開けられた中央のスペースに、何やら細長い物体が、どん、と横たわっていることだった。ちょうど人間一人がすっぽり入りそうな、黒塗りの箱。
「これってやっぱり……」
「棺桶……だよ、なあ?」
顔を見合わせるおれ達に、積み上げられた機材の向こうから声が掛けられた。
「当たり前だ。それが棺桶以外の何に見えるというのだ」
そこにいたのは、おれ達の同僚、笠桐・R・直樹だった。自称日英ハーフ、流れるような銀髪と、眼鏡の奥に鋼玉の瞳を持つ(認めたくはないが)美男子にして、絶対零度を支配する吸血鬼。
だがその真の姿は、十八歳以下の女性にしか性的興奮を催せない潜在的犯罪者にして社会の塵芥である。
「……久しぶりに顔を合わせたと思えば随分な暴言を吐くではないか」
「な、なんでおれの心が読めるんだお前」
「いや、さっきから口に出してしゃべってたよ陽司……」
「ううむ、しまったつい本音が」
「まったく失礼極まりない。世間ずれした十八歳など俺の守備範囲ではないわ」
「……やっぱりお前、今すぐ警察行け、な?柵がついてる病院でもいいぞ」
「で、その。この棺桶、やっぱり直樹さんのですか?」
やや強引に話題を変えた真凛が問うと、直樹はあっさりうなずいた。
「ああ。これは俺の棺桶だよ」
そう、さっきも言ったように、直樹は一応吸血鬼なのである。部屋の中に棺桶が横たわっているというのは相当な異常事態だが、吸血鬼と棺桶というセットで考えればまあ不思議なことではない。
……吸血鬼というモノが当たり前のように存在しているという事実の異様さはさておいて。だがしかし、まだ疑問は半分残っている。
「しっかし、じゃあなんでお前の棺桶が羽美さんの部屋にあるんだよ」
おれの問いに、なぜか直樹は口の端に妙に得意げな笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。
「ふむ、理由を聞きたいか?」
「いや、やっぱり聞きたくない」
即答するおれ。コイツがこんな表情をする時はただひとつ。手に入れたオタクグッズの自慢をする時しかないのである。
「そうか、聞きたいというのなら仕方がない、教えてやろう」
「聞きたくないって言ってんだろう。まずお前が人の話を聞け」
「実は以前から少しずつ資金をつぎ込んで、寝床でもある俺の棺桶の改造を石動女史に依頼していたのだ。城に暮らしていようがアパートに暮らしていようが、眠りについた吸血鬼の領地は結局この棺桶一つに過ぎないのだからな」
「ほう?」
そう言われるとおれも少しばかり興味がわいた。吸血鬼が一番無防備になるのは、棺桶の中で眠っている時である。
ハンターに狙われる吸血鬼の中には、対策として自らの棺桶に結界や罠、仕掛け武器、迎撃用の従者を召喚する魔法陣など、様々な装備を施す者も多いと聞く。しまり屋のコイツが費用を投じたとなれば、それなりの価値がある装備のはずである。
「で、どんな装備を仕込んだんだ?」
「うむ、これだ」
直樹は抱え込んでいたものをおれに渡した。それは巨大なゴーグルに機械部品をとりつけたような代物で、棺桶のフタと本体の間から伸びたコードに接続されている。
「……なんだこれ?」
「ヘッドマウントディスプレイだ。見てわからんのか?」
「そりゃま、見ればわかるが……」
問題はなんでそれが棺桶に接続されているのかということだ。
「ちょうど石動女史のメンテも一区切りついたのでな。特別に中身を見せてやろう」
そう言って、重厚な棺桶の蓋を持ち上げる直樹。もはや不吉な予感しかしなかったが、おれはしぶしぶ棺桶の中身を覗き込み――そして絶句した。
普通(という言葉を使えるほど多くの数を見たわけではないが)、棺桶といえば外はともかく中はシンプルな板張りであるべきはずである。また最近のコミックやアニメに出てくるような『吸血鬼の棺桶』だとしても、その内装は、闇の貴族に相応しい『血の色をした豪奢なビロード張り』とかであるべきであろう。
だがそこにあったのは、みっしりと詰め込まれた電子機器……パソコン、ケーブル、スピーカー、その他おれにはもはや判別も付かない何かの機械と、その中にぽっかりと空いた、人間一人が収まるだけの空間だったのである。それはもはや、戦闘機のコックピットと言われた方が納得できる光景であった。
「…………これは、棺桶なのか?」
おれの質問に、直樹はまるで世界の真理を説くように腕を広げてのたまった。
「うむ。世界にただ一つ、俺だけのアニメ鑑賞専用棺桶だ」
「なんだ、こりゃ?」
和室と言いつつ無数の配線と機材のジャングルに埋もれ、畳なんか一平方センチメートルだって見えやしない部屋――それはいい、いつものことだ。
問題は、普段なら部屋中にばら撒かれているはずのPCやら小型工作機械やらが軒並み部屋の隅に積まれ、こじ開けられた中央のスペースに、何やら細長い物体が、どん、と横たわっていることだった。ちょうど人間一人がすっぽり入りそうな、黒塗りの箱。
「これってやっぱり……」
「棺桶……だよ、なあ?」
顔を見合わせるおれ達に、積み上げられた機材の向こうから声が掛けられた。
「当たり前だ。それが棺桶以外の何に見えるというのだ」
そこにいたのは、おれ達の同僚、笠桐・R・直樹だった。自称日英ハーフ、流れるような銀髪と、眼鏡の奥に鋼玉の瞳を持つ(認めたくはないが)美男子にして、絶対零度を支配する吸血鬼。
だがその真の姿は、十八歳以下の女性にしか性的興奮を催せない潜在的犯罪者にして社会の塵芥である。
「……久しぶりに顔を合わせたと思えば随分な暴言を吐くではないか」
「な、なんでおれの心が読めるんだお前」
「いや、さっきから口に出してしゃべってたよ陽司……」
「ううむ、しまったつい本音が」
「まったく失礼極まりない。世間ずれした十八歳など俺の守備範囲ではないわ」
「……やっぱりお前、今すぐ警察行け、な?柵がついてる病院でもいいぞ」
「で、その。この棺桶、やっぱり直樹さんのですか?」
やや強引に話題を変えた真凛が問うと、直樹はあっさりうなずいた。
「ああ。これは俺の棺桶だよ」
そう、さっきも言ったように、直樹は一応吸血鬼なのである。部屋の中に棺桶が横たわっているというのは相当な異常事態だが、吸血鬼と棺桶というセットで考えればまあ不思議なことではない。
……吸血鬼というモノが当たり前のように存在しているという事実の異様さはさておいて。だがしかし、まだ疑問は半分残っている。
「しっかし、じゃあなんでお前の棺桶が羽美さんの部屋にあるんだよ」
おれの問いに、なぜか直樹は口の端に妙に得意げな笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。
「ふむ、理由を聞きたいか?」
「いや、やっぱり聞きたくない」
即答するおれ。コイツがこんな表情をする時はただひとつ。手に入れたオタクグッズの自慢をする時しかないのである。
「そうか、聞きたいというのなら仕方がない、教えてやろう」
「聞きたくないって言ってんだろう。まずお前が人の話を聞け」
「実は以前から少しずつ資金をつぎ込んで、寝床でもある俺の棺桶の改造を石動女史に依頼していたのだ。城に暮らしていようがアパートに暮らしていようが、眠りについた吸血鬼の領地は結局この棺桶一つに過ぎないのだからな」
「ほう?」
そう言われるとおれも少しばかり興味がわいた。吸血鬼が一番無防備になるのは、棺桶の中で眠っている時である。
ハンターに狙われる吸血鬼の中には、対策として自らの棺桶に結界や罠、仕掛け武器、迎撃用の従者を召喚する魔法陣など、様々な装備を施す者も多いと聞く。しまり屋のコイツが費用を投じたとなれば、それなりの価値がある装備のはずである。
「で、どんな装備を仕込んだんだ?」
「うむ、これだ」
直樹は抱え込んでいたものをおれに渡した。それは巨大なゴーグルに機械部品をとりつけたような代物で、棺桶のフタと本体の間から伸びたコードに接続されている。
「……なんだこれ?」
「ヘッドマウントディスプレイだ。見てわからんのか?」
「そりゃま、見ればわかるが……」
問題はなんでそれが棺桶に接続されているのかということだ。
「ちょうど石動女史のメンテも一区切りついたのでな。特別に中身を見せてやろう」
そう言って、重厚な棺桶の蓋を持ち上げる直樹。もはや不吉な予感しかしなかったが、おれはしぶしぶ棺桶の中身を覗き込み――そして絶句した。
普通(という言葉を使えるほど多くの数を見たわけではないが)、棺桶といえば外はともかく中はシンプルな板張りであるべきはずである。また最近のコミックやアニメに出てくるような『吸血鬼の棺桶』だとしても、その内装は、闇の貴族に相応しい『血の色をした豪奢なビロード張り』とかであるべきであろう。
だがそこにあったのは、みっしりと詰め込まれた電子機器……パソコン、ケーブル、スピーカー、その他おれにはもはや判別も付かない何かの機械と、その中にぽっかりと空いた、人間一人が収まるだけの空間だったのである。それはもはや、戦闘機のコックピットと言われた方が納得できる光景であった。
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「うむ。世界にただ一つ、俺だけのアニメ鑑賞専用棺桶だ」
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