人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
289 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆08:赤焼けた記憶-3

しおりを挟む
 一分一秒を争う高速道路での戦いの後、事務所に戻った途端にぶっ倒れてしまったおれはろくに彼女の顔を見ることもなかったのだが……改めて意識を取り戻した彼女と向き合うと、端正な容貌と、伝わってくる静かな気品に驚嘆せざるを得ない。資料によればもうすぐ十八歳、日本なら遊び盛りの女子高生なのだが、いやはや。

「桜庭のおじさまから伺いました。高速道路で私を助けて頂いたのは、貴方がた二人だったのですね」

 ありがとうございます、と日本語で礼を述べ、丁寧に頭を下げる皇女様。その仕草と発音、そこらの女子高生では十年かかっても真似できる気がしない。

「い、いえいえいえ!ボク達仕事ですから!ねえ陽司!?」
「そうだな。依頼人をきちんと事務所に連れてくるのもサービスのうち。当然のことさ」

 おれはつとめてぞんざいな口調で返答した。今後のことを考えると、あまり堅苦しい敬語を使わない方がいいだろう。

「このような格好で失礼します。本来ならば改めて――」
「ああ、無理しないほうがいいぜ。さすがにエコノミーで何日も飛行機旅のうえ、到着したとたんに誘拐未遂と交通事故に遭遇したんだ。すぐに起き上がれって方が無茶な話さ」

 そもそも目を覚ました途端に貴人の寝室にどやどやと押しかける事の方が無礼というものだ。本来であれば、十分に休養を摂った後、応接室でゆっくり話を聞かせてもらうべきなのだが。

「あまり時間的な猶予がない仕事、ってわけですね?所長」

 彼女の傍らに立つ、おれ達フレイムアップの主、嵯峨野浅葱所長に問いかける。このところ渉外関係の仕事が多く事務所を空けていることが多かったのだが、今回は所長と、そして彼女の後見人でもある桜庭さんの緊急の招集を受け、おれ達は現場に急行させられたのである。

「そ。今回はいつもよりちょっと急ぎで、ちょっと話が大きくて、ちょっと気合の入った仕事になりそうってワケ。君たちにもがっつり働いてもらうことになるからね」

 前菜にラーメン、メインでステーキ、デザートにギョウザをつける食生活と激務を繰り返しているにもかかわらず、ちっとも崩れていないプロポーションをスーツに身を包み、あっけらかんと言ってくれやがる所長サマ。

「ちょっと、ねぇ……」

 所長が「ちょっと」と口にするのは稀な事態である。「いつも」の仕事で絞殺未遂やカーチェイスや銃撃戦をこなしている身としては、「ちょっと」がどれほどの負荷の上積みになるか、あまり深く考えたくないものだ。

「――追加報酬、出るんでしょうね?」

 緊急招集で報酬の交渉をする暇もなかったのだ。派遣といえど、これくらいは要求する権利はある、と思う。さてここから依頼人の前で醜い交渉を繰り広げなければならんか、とおれは密かに腹に気合いを入れる。しかし。

「ええ、出すわよ~。報酬ランクA、プラス特急料金」

 拍子抜けするほどあっさりと返答なされる所長。

「……マジですか」

 その言葉に、おれとしては喜びよりも危機感を覚えざるを得なかった。つまりはかなり「でかい」仕事と覚悟せねばならないと言う事だ。

「決まり、ですね」

 となれば、本当に時間がないのだろう。報酬が確定した以上、所長と駄弁っている場合ではない。おれは早々にアタマを切り替え、仕事モードに入ることにした。

「じゃあ、ファリス、すまないが改めて、依頼の内容を聞かせてもらえないかな。あの・・ルーナライナのお姫様がわざわざこの時期にやってくるんだ。ただの観光旅行、ってわけじゃあないんだろう?」

 おれの言葉に、ファリスはしばしの逡巡の後、こくり、と明確に頷き、今回の依頼の内容を語り始めた。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...