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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆06:龍虎相撃つ(リトルリーグ)-3
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『――で。退いて頂けると嬉しいのですけれど?』
本気を出すと共に、まだ慣れない日本語を破棄したのだろう。ゾクゾクするほど硬質の発音で、極上のおみ足をおれの前に無防備にさらけ出しながらのたまう美玲さん。
「………………いや、マジで……容赦ないっすね」
素晴らしく遠慮のないキックのダメージが、腹にじんじんと広がっている。多少でも手加減してくれるのではないかと、心のどこかで期待していた甘い自分に腹が立つ。そして、それでもスーツのスリットからのぞくおみ足を目撃できたことを歓んでいる自分を、心の底から愛してやりたい。あと四秒。
『こう言っては何ですが、現在の貴方にこの状況をひっくり返す手段があるとは思えませんわ。ここからは蹴られ損ですよ?』
「……まあ、多少は粘ってみたくもなるじゃあないですか。何しろお姫様の前でカッコをつけるチャンスなんて、現実ではそうそうない」
『当のご本人は気絶なされているようですけど』
無言のまま、二秒ほど経過。やがて美玲さんは、諦めたようにため息をついた。
『仕方ありませんわね。こちらの方法で退いてもらうしかないようですわ』
そう言うと、美玲さんはおれの方へ、わずかにその端正な顔を近づける。その両眼に灯る、淡い虹色の輝き。その眼を見てしまった者は、幸福感に満たされたまま、彼女に永遠に隷属することとなる。
そう、貴女は実に素敵な女性ですとも。
最終的には暴力に頼らないあたりも含めて。
「――実はこちらには、こんな手もありまして」
目を合わせる直前、おれは胸ポケットから『アル話ルド君』を抜き出していた。背面に取り付けられたCCDカメラの上には、LEDの白い点滅。
『それはっ……!』
コンデンサへの充填、完了済!
「はい、チーズ!」
おれに向けて瞳を凝らしていた美玲さんの反応は間に合わない。ボタンを押し込むと同時に、プロ仕様のストロボすら遙かに上回るまばゆい閃光が、美玲さんの虹彩を染め上げた。
……一拍の空白の後、飛び退ったのは颯馬の方だった。右の拳を引き、その表情に嫌悪をあらわにする。
「下賤な真似を……!!」
「ざんねん。前歯四本と小指薬指のとっかえっこだったら、悪くないと思ったんだけどなあ」
口の端に小さく膨れた血を舌でなめとり、不敵な笑みを浮かべる真凛。
顎に掌が伸びてきた瞬間、真凛は迷わず口を開き、指の噛みちぎりを敢行したのである。もちろん、頸椎を折ろうとするほどの一撃に噛みつくのだ。歯の何本かは根こそぎ持って行かれるだろう。
だが、それと引き換えに、『拳や武器を握る』という行為の要となる小指を奪うことが出来る。武術家的には魅力的なトレード、というわけだ。勿論、おれは死んでも実施したくないが。
それを察知した颯馬が、すんでに指を引っ込めたために、結果、拳の一部が真凛の唇をわずかにかすめ、歯をかみ合わせる音だけが甲高く鳴った、という結果にとどまったのである。
「勝つためには手段を選ばない、か」
「卑怯っていう?」
「まさか。一切の言い訳が効かないからこそ実戦は止められない」
「だよね!でも――」
力強く同意するお子様。だが互いが拳を構え直したところで、リムジンが唐突に動き出すと共にクラクションが大音量で鳴り渡った。
「真凛、乗れ!」
もちろんこれは、痛む腹に鞭打って――いちおう、脳をいじって痛覚を一時遮断するという小技も使えたりするのである――運転席に乗り込んだおれの所業である。閃光を直視してしまった美玲さんは、一時的に目を覆って行動不能。
「がってん!今日はここまでだね!」
身を翻し、急加速するリムジンに飛び乗る真凛。慌てて颯馬が歩を詰めるが、その時点ですでに時速七十キロに達していたリムジンに追いつく事はさすがに出来なかった。
「七瀬……!お前逃げる気か!?」
「ごめんね。今のボク達にとって、勝つって事はこの人を取り戻すことだから!」
「待て!俺はまだ、すべての手を見せてはいないぞ!」
屋根の上で本心から颯馬に謝っている真凛に、やれやれとため息を投げかける。まあそれでも、ちゃんと目先の戦闘に意識を奪われずに行動できたところは、及第点としておくか。おれはアクセルを踏み込むと、一気に東京方面に向けて加速していった。……そういや、乗ってきたバンも後で回収しないと。
ふとバックミラーを見やると、颯馬の姿は随分と小さくなっていた。だが、ドアが外れた後部座席を通じて、その声だけはいやにはっきりと届いた。
「七瀬!次こそ決着をつける!なりこそ小さいが、お前こそ俺が倒す価値のある益荒男よ!」
「小さいは余計だよ!」
おれは思わず、屋根の上に声をかけてしまった。痛覚を通常モードに戻したので、現在進行形で痛みと気持ち悪さがぶり返してきている。
「……なあ真凛、お前、マスラオ、って言葉の意味知ってるか?」
「うん。強いヤツ、ってことだよね?」
「まあ、間違っては居ないが……」
……どうにも、今回のお仕事も、楽をして給料をもらうことは出来なさそうである。
本気を出すと共に、まだ慣れない日本語を破棄したのだろう。ゾクゾクするほど硬質の発音で、極上のおみ足をおれの前に無防備にさらけ出しながらのたまう美玲さん。
「………………いや、マジで……容赦ないっすね」
素晴らしく遠慮のないキックのダメージが、腹にじんじんと広がっている。多少でも手加減してくれるのではないかと、心のどこかで期待していた甘い自分に腹が立つ。そして、それでもスーツのスリットからのぞくおみ足を目撃できたことを歓んでいる自分を、心の底から愛してやりたい。あと四秒。
『こう言っては何ですが、現在の貴方にこの状況をひっくり返す手段があるとは思えませんわ。ここからは蹴られ損ですよ?』
「……まあ、多少は粘ってみたくもなるじゃあないですか。何しろお姫様の前でカッコをつけるチャンスなんて、現実ではそうそうない」
『当のご本人は気絶なされているようですけど』
無言のまま、二秒ほど経過。やがて美玲さんは、諦めたようにため息をついた。
『仕方ありませんわね。こちらの方法で退いてもらうしかないようですわ』
そう言うと、美玲さんはおれの方へ、わずかにその端正な顔を近づける。その両眼に灯る、淡い虹色の輝き。その眼を見てしまった者は、幸福感に満たされたまま、彼女に永遠に隷属することとなる。
そう、貴女は実に素敵な女性ですとも。
最終的には暴力に頼らないあたりも含めて。
「――実はこちらには、こんな手もありまして」
目を合わせる直前、おれは胸ポケットから『アル話ルド君』を抜き出していた。背面に取り付けられたCCDカメラの上には、LEDの白い点滅。
『それはっ……!』
コンデンサへの充填、完了済!
「はい、チーズ!」
おれに向けて瞳を凝らしていた美玲さんの反応は間に合わない。ボタンを押し込むと同時に、プロ仕様のストロボすら遙かに上回るまばゆい閃光が、美玲さんの虹彩を染め上げた。
……一拍の空白の後、飛び退ったのは颯馬の方だった。右の拳を引き、その表情に嫌悪をあらわにする。
「下賤な真似を……!!」
「ざんねん。前歯四本と小指薬指のとっかえっこだったら、悪くないと思ったんだけどなあ」
口の端に小さく膨れた血を舌でなめとり、不敵な笑みを浮かべる真凛。
顎に掌が伸びてきた瞬間、真凛は迷わず口を開き、指の噛みちぎりを敢行したのである。もちろん、頸椎を折ろうとするほどの一撃に噛みつくのだ。歯の何本かは根こそぎ持って行かれるだろう。
だが、それと引き換えに、『拳や武器を握る』という行為の要となる小指を奪うことが出来る。武術家的には魅力的なトレード、というわけだ。勿論、おれは死んでも実施したくないが。
それを察知した颯馬が、すんでに指を引っ込めたために、結果、拳の一部が真凛の唇をわずかにかすめ、歯をかみ合わせる音だけが甲高く鳴った、という結果にとどまったのである。
「勝つためには手段を選ばない、か」
「卑怯っていう?」
「まさか。一切の言い訳が効かないからこそ実戦は止められない」
「だよね!でも――」
力強く同意するお子様。だが互いが拳を構え直したところで、リムジンが唐突に動き出すと共にクラクションが大音量で鳴り渡った。
「真凛、乗れ!」
もちろんこれは、痛む腹に鞭打って――いちおう、脳をいじって痛覚を一時遮断するという小技も使えたりするのである――運転席に乗り込んだおれの所業である。閃光を直視してしまった美玲さんは、一時的に目を覆って行動不能。
「がってん!今日はここまでだね!」
身を翻し、急加速するリムジンに飛び乗る真凛。慌てて颯馬が歩を詰めるが、その時点ですでに時速七十キロに達していたリムジンに追いつく事はさすがに出来なかった。
「七瀬……!お前逃げる気か!?」
「ごめんね。今のボク達にとって、勝つって事はこの人を取り戻すことだから!」
「待て!俺はまだ、すべての手を見せてはいないぞ!」
屋根の上で本心から颯馬に謝っている真凛に、やれやれとため息を投げかける。まあそれでも、ちゃんと目先の戦闘に意識を奪われずに行動できたところは、及第点としておくか。おれはアクセルを踏み込むと、一気に東京方面に向けて加速していった。……そういや、乗ってきたバンも後で回収しないと。
ふとバックミラーを見やると、颯馬の姿は随分と小さくなっていた。だが、ドアが外れた後部座席を通じて、その声だけはいやにはっきりと届いた。
「七瀬!次こそ決着をつける!なりこそ小さいが、お前こそ俺が倒す価値のある益荒男よ!」
「小さいは余計だよ!」
おれは思わず、屋根の上に声をかけてしまった。痛覚を通常モードに戻したので、現在進行形で痛みと気持ち悪さがぶり返してきている。
「……なあ真凛、お前、マスラオ、って言葉の意味知ってるか?」
「うん。強いヤツ、ってことだよね?」
「まあ、間違っては居ないが……」
……どうにも、今回のお仕事も、楽をして給料をもらうことは出来なさそうである。
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