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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆05:天地を貫く獣−1
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「おーおー、派手だねぇまったく」
身を隠していた中央分離帯の植え込みから身を起こし、このおれ、今日も今日とて清く正しく強制労働に勤しむ学徒、亘理陽司は呟いたのであった。マイク代わりに口元にあてていた多機能携帯『アル話ルド君』のチャンネルを切り替え、軽くお礼を述べる。
「ターゲットと接触完了。回線への侵入、カーナビネットワークへのダミー情報、ありがとうございました羽美さん」
『くかかかか!なんのなんのお安い御用であるよ。車載無線のくせにファイバーケーブル並の通信速度を得ようなどと無理を考えるから、セキュリティが穴だらけであったわ。技術の限界をカネでカバー出来ると思う連中にかける情けは無しッ!あとそれはそうとしてこの後一風堂の”からか麺”をフルオプションでおごれ』
「……そこは可及的前向きに善処する可能性を粛々と検討するのもやぶさかでなく」
お役所的な否定の返事を投げておいて回線をオフにし、『アル話ルド君』を胸ポケットにねじ込む。視線の向こうには、たった今凄まじいブレーキ音を立てて緊急停車したリムジンが一台。――さて。お仕事開始と行きますか。
成田空港に急行する際に相手車両の移動情報をつかみ、反対車線で緊急停車。中央分離帯で待機しつつ待ち伏せ。それがおれの選択した作戦である。ちなみに羽美さんにカーナビの渋滞情報にダミーを流してもらったおかげで、しばらくは後続車両がこないはずである。
がしかし、自分の指示とはいえ、時速百二十キロ近くで突っ走るリムジンのフロントガラスに、真っ正面からドロップキックで飛び込んでいけるウチのアシスタントは度胸が良いというかなんといか。むしろヒトとして大事なものが何か抜け落ちているのではないかと心配にならざるを得ない。
一応、当人いわく、フロントガラスの硬度と、比較的柔らかな内装で衝撃が吸収できるという野生の本能の確証があったのだそうだが。
「もっとも、足止めにしかならないだろうけどな……やっぱり」
緊急停止する直前、後部座席のドアがほぼ同時に蹴り開けられ、女性……霍美玲さんと、少年……劉颯馬がそれぞれ飛び出してゆくのが見えていた。ガラスが割れた時点で即応し、真凛に車内に飛び込まれる前に脱出したのだ。時速百キロ超の車から投げ出されたというのに、二人とも受け身をとって鮮やかに衝撃を殺し、即座に立ち上がれるあたりはさすがである。
おまけに美玲さんと来たら、転げ回ったはずなのにスーツに汚れすらほとんどついていない。おれは停止している車の運転席のそばまで移動。ドアを開け、気絶している不幸な運転手さんのシートベルトを外すと丁重に車外に降ろした。なんだか最近、車強盗の手口ばかり慣れている気がしないでもない。そこでおれは、近づいてきた美玲さんに牽制がてら英語で声をかける。
「お久しぶりです美玲さん。『双睛』とまたお会いできるとは、今日のおれは実についてる」
本当はさっさと運転席に乗り込んでしまいたかったのだが、美玲さんの『間合い』はかなり広い。警戒するに越したことはないし……何より美人と会話できる機会を放棄する理由はどこのポケットを裏返しても見つかるはずがない。
「お久しぶりね。亘理サン。こないだのシンジュク清掃キャンペーンの時以来ネ」
美玲さんが日本語を喋ったことに、おれは少なからず驚いた。
「あれー……半年前は喋れなかったはずですが」
「ハイ!あれから半年、イチから勉強したのコト。ガンバリました!」
そうですか。ちなみに大人の女性の声でそのしゃべり方、すごくイイと思います。
「まあ、貴女と、あの街の『玉麒麟』朱姐さんにはずいぶんとまたお世話になりましたからね。こちらも忘れようもありません」
「こちらも同じネ。おかげで坊ちゃまが――」
「ようやく会えたな、亘理陽司!」
パーカーにジーンズという格好の小柄な少年、劉颯馬が割って入る。おれはにやりと笑みを浮かべ、とりあえず礼儀正しく社交辞令をかわすことにする。
「よお颯馬。あれから半年、少しは背ぇ伸びたか?」
「っ!……相変わらず無礼な男だな、お前は」
こいつの身長は同年代の平均より多少低い程度なのだが、どうも本人は過剰に気にしているらしい。
身を隠していた中央分離帯の植え込みから身を起こし、このおれ、今日も今日とて清く正しく強制労働に勤しむ学徒、亘理陽司は呟いたのであった。マイク代わりに口元にあてていた多機能携帯『アル話ルド君』のチャンネルを切り替え、軽くお礼を述べる。
「ターゲットと接触完了。回線への侵入、カーナビネットワークへのダミー情報、ありがとうございました羽美さん」
『くかかかか!なんのなんのお安い御用であるよ。車載無線のくせにファイバーケーブル並の通信速度を得ようなどと無理を考えるから、セキュリティが穴だらけであったわ。技術の限界をカネでカバー出来ると思う連中にかける情けは無しッ!あとそれはそうとしてこの後一風堂の”からか麺”をフルオプションでおごれ』
「……そこは可及的前向きに善処する可能性を粛々と検討するのもやぶさかでなく」
お役所的な否定の返事を投げておいて回線をオフにし、『アル話ルド君』を胸ポケットにねじ込む。視線の向こうには、たった今凄まじいブレーキ音を立てて緊急停車したリムジンが一台。――さて。お仕事開始と行きますか。
成田空港に急行する際に相手車両の移動情報をつかみ、反対車線で緊急停車。中央分離帯で待機しつつ待ち伏せ。それがおれの選択した作戦である。ちなみに羽美さんにカーナビの渋滞情報にダミーを流してもらったおかげで、しばらくは後続車両がこないはずである。
がしかし、自分の指示とはいえ、時速百二十キロ近くで突っ走るリムジンのフロントガラスに、真っ正面からドロップキックで飛び込んでいけるウチのアシスタントは度胸が良いというかなんといか。むしろヒトとして大事なものが何か抜け落ちているのではないかと心配にならざるを得ない。
一応、当人いわく、フロントガラスの硬度と、比較的柔らかな内装で衝撃が吸収できるという野生の本能の確証があったのだそうだが。
「もっとも、足止めにしかならないだろうけどな……やっぱり」
緊急停止する直前、後部座席のドアがほぼ同時に蹴り開けられ、女性……霍美玲さんと、少年……劉颯馬がそれぞれ飛び出してゆくのが見えていた。ガラスが割れた時点で即応し、真凛に車内に飛び込まれる前に脱出したのだ。時速百キロ超の車から投げ出されたというのに、二人とも受け身をとって鮮やかに衝撃を殺し、即座に立ち上がれるあたりはさすがである。
おまけに美玲さんと来たら、転げ回ったはずなのにスーツに汚れすらほとんどついていない。おれは停止している車の運転席のそばまで移動。ドアを開け、気絶している不幸な運転手さんのシートベルトを外すと丁重に車外に降ろした。なんだか最近、車強盗の手口ばかり慣れている気がしないでもない。そこでおれは、近づいてきた美玲さんに牽制がてら英語で声をかける。
「お久しぶりです美玲さん。『双睛』とまたお会いできるとは、今日のおれは実についてる」
本当はさっさと運転席に乗り込んでしまいたかったのだが、美玲さんの『間合い』はかなり広い。警戒するに越したことはないし……何より美人と会話できる機会を放棄する理由はどこのポケットを裏返しても見つかるはずがない。
「お久しぶりね。亘理サン。こないだのシンジュク清掃キャンペーンの時以来ネ」
美玲さんが日本語を喋ったことに、おれは少なからず驚いた。
「あれー……半年前は喋れなかったはずですが」
「ハイ!あれから半年、イチから勉強したのコト。ガンバリました!」
そうですか。ちなみに大人の女性の声でそのしゃべり方、すごくイイと思います。
「まあ、貴女と、あの街の『玉麒麟』朱姐さんにはずいぶんとまたお世話になりましたからね。こちらも忘れようもありません」
「こちらも同じネ。おかげで坊ちゃまが――」
「ようやく会えたな、亘理陽司!」
パーカーにジーンズという格好の小柄な少年、劉颯馬が割って入る。おれはにやりと笑みを浮かべ、とりあえず礼儀正しく社交辞令をかわすことにする。
「よお颯馬。あれから半年、少しは背ぇ伸びたか?」
「っ!……相変わらず無礼な男だな、お前は」
こいつの身長は同年代の平均より多少低い程度なのだが、どうも本人は過剰に気にしているらしい。
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