人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
278 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆04:オープン・コンバット(β)-2

しおりを挟む
 吐息と共に耳元に流し込まれる、可聴域すれすれの、ささやくような声。本能的に聞き取ろうと集中してしまい、そして、罠にはまる。

「それは……」

 銀髪の少女と黒髪の女が身を寄せ合う光景は、もしも他に見る者が居れば、男性女性問わず胸の奥のなにやら不健全なものをかきたてられたかも知れない。ファリスは自分でもびっくりするほど容易に、「はい」と返事をしかけて、慌てて首を横に振り、体を離す。今自分は、何をされたのか。

『……ううん、やっぱり同性には効き目薄いですね。自信はあったんですが』

 見れば美玲が、悪戯に失敗した少女のような照れ笑いを浮かべている。

 人間の五感というものに対して、千年以上の長きに渡って積み上げられた研究の成果。

 触覚、嗅覚、聴覚。ヒトは何を快とし不快とするかを徹底的に調べ上げ、その成果を以て、快い声、快い触感、快い香りを自在に操り、他者を翻弄し魅了する。この女にとってはごくごく初歩の”技術”にすぎない。

『やはり、こちら・・・で伺った方が健全ですね、色々と』

 苦笑を収めると、美玲は今度は一転して、静かにファリスの瞳を覗き込んだ。

「……っ!」

 直観的に危険を察知した。だが遅かった。ファリスのアメジストの瞳と、美玲のオニキスの瞳が正対してしまった瞬間、吸い込まれるように視線が固定された。黒い瞳と、その周囲を金環食のように薄く縁取る虹色の紋様。その模様や色あいを捉えようとすればするほど、そのどちらも不思議と変化し、追えば追うほどに意識を絡め取られてゆく。

 脳内のうち視覚を司る部分が、否、それどころか他の知的活動を行っている領域までがすべて侵入され、占領されてゆく感触。苦痛も、不快感もないところが逆に恐ろしい。

「…………貴方は、何者……っ」

 舌を動かすだけでもすさまじい努力が必要だった。

『私の『眼』を見ながら喋ることができますか。その意思の強さ、さすがに『鍵』を託されるだけのことはあるようですわね……ま、それも時間の問題ですけれど』

 驚いたような美玲の声。目の前で喋っているはずなのに、はるか遠くから響く。自分が幻惑に囚われつつあることを自覚しつつも、その”自覚”を構成する脳神経すらも溶かされてゆく気がする。

『もう一度お願いしたいのです。貴方の”鍵”……渡してくださる?』

 ささやき声が何重にも脳内に反響する。意識はたちまち塗りつぶされてゆく。与えられた|命令(コマンド)を検証することなど思いつく余地もない。

「『鍵』は……『鍵』は私が……今……」

 頼まれたことをするだけ。何の問題もないはずなのに。

『ええ。渡してくださいますよね?』

 でもそれは。お父様と、国のみんなの願いが。いなくなる子供と、連れ去られる若者。誰にも泣いていて欲しくない、あれが最後の――

 その時。


 
『いやーどうも!お久しぶりっスねぇ美玲さん!』
 
 妙に軽薄な男の英語が、唐突に大音量でびりびりと車内に響き渡った。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...