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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆04:オープン・コンバット(β)-2
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吐息と共に耳元に流し込まれる、可聴域すれすれの、ささやくような声。本能的に聞き取ろうと集中してしまい、そして、罠にはまる。
「それは……」
銀髪の少女と黒髪の女が身を寄せ合う光景は、もしも他に見る者が居れば、男性女性問わず胸の奥のなにやら不健全なものをかきたてられたかも知れない。ファリスは自分でもびっくりするほど容易に、「はい」と返事をしかけて、慌てて首を横に振り、体を離す。今自分は、何をされたのか。
『……ううん、やっぱり同性には効き目薄いですね。自信はあったんですが』
見れば美玲が、悪戯に失敗した少女のような照れ笑いを浮かべている。
人間の五感というものに対して、千年以上の長きに渡って積み上げられた研究の成果。
触覚、嗅覚、聴覚。ヒトは何を快とし不快とするかを徹底的に調べ上げ、その成果を以て、快い声、快い触感、快い香りを自在に操り、他者を翻弄し魅了する。この女にとってはごくごく初歩の”技術”にすぎない。
『やはり、こちらで伺った方が健全ですね、色々と』
苦笑を収めると、美玲は今度は一転して、静かにファリスの瞳を覗き込んだ。
「……っ!」
直観的に危険を察知した。だが遅かった。ファリスのアメジストの瞳と、美玲のオニキスの瞳が正対してしまった瞬間、吸い込まれるように視線が固定された。黒い瞳と、その周囲を金環食のように薄く縁取る虹色の紋様。その模様や色あいを捉えようとすればするほど、そのどちらも不思議と変化し、追えば追うほどに意識を絡め取られてゆく。
脳内のうち視覚を司る部分が、否、それどころか他の知的活動を行っている領域までがすべて侵入され、占領されてゆく感触。苦痛も、不快感もないところが逆に恐ろしい。
「…………貴方は、何者……っ」
舌を動かすだけでもすさまじい努力が必要だった。
『私の『眼』を見ながら喋ることができますか。その意思の強さ、さすがに『鍵』を託されるだけのことはあるようですわね……ま、それも時間の問題ですけれど』
驚いたような美玲の声。目の前で喋っているはずなのに、はるか遠くから響く。自分が幻惑に囚われつつあることを自覚しつつも、その”自覚”を構成する脳神経すらも溶かされてゆく気がする。
『もう一度お願いしたいのです。貴方の”鍵”……渡してくださる?』
ささやき声が何重にも脳内に反響する。意識はたちまち塗りつぶされてゆく。与えられた|命令(コマンド)を検証することなど思いつく余地もない。
「『鍵』は……『鍵』は私が……今……」
頼まれたことをするだけ。何の問題もないはずなのに。
『ええ。渡してくださいますよね?』
でもそれは。お父様と、国のみんなの願いが。いなくなる子供と、連れ去られる若者。誰にも泣いていて欲しくない、あれが最後の――
その時。
『いやーどうも!お久しぶりっスねぇ美玲さん!』
妙に軽薄な男の英語が、唐突に大音量でびりびりと車内に響き渡った。
「それは……」
銀髪の少女と黒髪の女が身を寄せ合う光景は、もしも他に見る者が居れば、男性女性問わず胸の奥のなにやら不健全なものをかきたてられたかも知れない。ファリスは自分でもびっくりするほど容易に、「はい」と返事をしかけて、慌てて首を横に振り、体を離す。今自分は、何をされたのか。
『……ううん、やっぱり同性には効き目薄いですね。自信はあったんですが』
見れば美玲が、悪戯に失敗した少女のような照れ笑いを浮かべている。
人間の五感というものに対して、千年以上の長きに渡って積み上げられた研究の成果。
触覚、嗅覚、聴覚。ヒトは何を快とし不快とするかを徹底的に調べ上げ、その成果を以て、快い声、快い触感、快い香りを自在に操り、他者を翻弄し魅了する。この女にとってはごくごく初歩の”技術”にすぎない。
『やはり、こちらで伺った方が健全ですね、色々と』
苦笑を収めると、美玲は今度は一転して、静かにファリスの瞳を覗き込んだ。
「……っ!」
直観的に危険を察知した。だが遅かった。ファリスのアメジストの瞳と、美玲のオニキスの瞳が正対してしまった瞬間、吸い込まれるように視線が固定された。黒い瞳と、その周囲を金環食のように薄く縁取る虹色の紋様。その模様や色あいを捉えようとすればするほど、そのどちらも不思議と変化し、追えば追うほどに意識を絡め取られてゆく。
脳内のうち視覚を司る部分が、否、それどころか他の知的活動を行っている領域までがすべて侵入され、占領されてゆく感触。苦痛も、不快感もないところが逆に恐ろしい。
「…………貴方は、何者……っ」
舌を動かすだけでもすさまじい努力が必要だった。
『私の『眼』を見ながら喋ることができますか。その意思の強さ、さすがに『鍵』を託されるだけのことはあるようですわね……ま、それも時間の問題ですけれど』
驚いたような美玲の声。目の前で喋っているはずなのに、はるか遠くから響く。自分が幻惑に囚われつつあることを自覚しつつも、その”自覚”を構成する脳神経すらも溶かされてゆく気がする。
『もう一度お願いしたいのです。貴方の”鍵”……渡してくださる?』
ささやき声が何重にも脳内に反響する。意識はたちまち塗りつぶされてゆく。与えられた|命令(コマンド)を検証することなど思いつく余地もない。
「『鍵』は……『鍵』は私が……今……」
頼まれたことをするだけ。何の問題もないはずなのに。
『ええ。渡してくださいますよね?』
でもそれは。お父様と、国のみんなの願いが。いなくなる子供と、連れ去られる若者。誰にも泣いていて欲しくない、あれが最後の――
その時。
『いやーどうも!お久しぶりっスねぇ美玲さん!』
妙に軽薄な男の英語が、唐突に大音量でびりびりと車内に響き渡った。
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