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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆02:佳人来訪-2
しおりを挟む「おねえちゃん、なにじん?」
ふとそんな言葉をかけられ横を振り向くと、5歳くらいの日本人の女の子が隣のソファに座っていた。海外旅行帰りなのだろう、お土産とおぼしき花飾りのついた麦わら帽子をかぶってご満悦の様子である。……実のところ、あまり良くない傾向ではある。正直、今は他人と必要以上のコミュニケーションを取るべきではない。
「ぎんいろのかみのけ。ねー、どこのひとなの?」
黒い瞳は、興味津々でファリスの髪、肌、目を遠慮無くながめまわす。
確かに、ファリスの容貌――シルバーグレイの髪に褐色の肌、紫水晶を思わせる澄みわたった紫紺の瞳という組み合わせは、遺伝学的に見ても極めて珍しい。というより確率的にほぼ有り得ないだろう。隣に座っていた母親が娘の様子に気づいてたしなめる。
「あやちゃん、おねえちゃん困っているでしょ、よしなさい」
「だって、きれいなんだもん」
そのやりとりを見て、警戒していたファリスの口元も思わずほころんだ。
「私はかまいませんよ」
「あら……。日本語お上手なんですね」
まさか日本語で返事があるとは思わなかったのだろう。母親の方が驚いた。
「はい、日本人の先生に教わりましたから」
ふと気がつくと、彼女に好奇の視線を投げかけていたのはその女の子だけではなかった。ロビーにたむろする周囲の大人達も、もちろんあからさまにじろじろと見つめたりはしないが、ファリスの容姿に興味を持っているのは明白のようだった。やや声を潜めて、とっておきの秘密を打ち明けるように。
「お姉ちゃんはね、ルーナライナという国の人なの」
「るぅな、らいな?」
「そう。月の国、という意味なの。アジアの中央、山に囲まれた砂漠の国よ」
かつてシルクロードに栄えた東西交易の要地、それがルーナライナ王国である。このような異相がファリスに備わったのも、いにしえより東西のみならず南北の民が無数に訪れ、何代にも渡ってその血を残していったルーナライナの末裔なればこそである。実際、彼女の国の人々は一人一人髪と瞳の色が違うのが当たり前だった。自分の髪色と瞳が珍しいものだとは、国元を離れるまで彼女はついぞ気がつかなかったのである。
「あじあ?」
眉根をよせて一生懸命考えようとする子供の姿に苦笑いをせざるをえない。実のところ、説明だけでルーナライナの位置を正確に把握するのは、子供どころか、大人、政治家でさえも困難なのだ。だから結局、こう言い直すことにした。
「とても遠いところにある、山と砂がたくさんある国なの」
その説明の方がすんなりと理解できたのだろう。子供はにっこりと笑うと、
「じゃあ、きっと、お姉ちゃんはそこのお姫さまなんだね!」
そう言った。
「なんでそう思うの?」
「だって、とっても目がきれいなんだもん」
「……ありがとう。あやちゃん」
そう微笑んだファリスの表情は、いくつかの心情がないまぜになったものだった。
頭上に掲げられた電光掲示板が点滅した。
たった今予約したばかりのバスがもう到着したらしい。『トウキョウでは、バスと電車は五分に一本、必ず時間通りに到着する』……噂には聞いていたが、これも正直、旅行者のジョークだとばかり思っていた。その結果、予定時刻の10分後に来ればもうけもの、と考えていたファリスは完全に意表を突かれることになった。
慌ててスーツケースを引っ張り起こし、携帯電話を片手のままにあやちゃんとその母親に別れを告げ、空港のゲートをくぐって外に出る。十一月の日本の冷たく乾いた空気は、もはや充分冬の気配を漂わせていたが、それまでバンコクの空港で味わっていた蒸し暑い空気に比べれば、よっぽどファリスにはなじみ深いものだった。
初めての日本の空気を味わいつつ、重いスーツケースをようよう押し歩きながら、指定された番号が掲示された乗り場に向かおうとした、まさにその時。
「ファリス・シィ・カラーティ第三皇女殿下?」
横合いから、英語で声をかけられた。
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