274 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆02:佳人来訪-2
しおりを挟む「おねえちゃん、なにじん?」
ふとそんな言葉をかけられ横を振り向くと、5歳くらいの日本人の女の子が隣のソファに座っていた。海外旅行帰りなのだろう、お土産とおぼしき花飾りのついた麦わら帽子をかぶってご満悦の様子である。……実のところ、あまり良くない傾向ではある。正直、今は他人と必要以上のコミュニケーションを取るべきではない。
「ぎんいろのかみのけ。ねー、どこのひとなの?」
黒い瞳は、興味津々でファリスの髪、肌、目を遠慮無くながめまわす。
確かに、ファリスの容貌――シルバーグレイの髪に褐色の肌、紫水晶を思わせる澄みわたった紫紺の瞳という組み合わせは、遺伝学的に見ても極めて珍しい。というより確率的にほぼ有り得ないだろう。隣に座っていた母親が娘の様子に気づいてたしなめる。
「あやちゃん、おねえちゃん困っているでしょ、よしなさい」
「だって、きれいなんだもん」
そのやりとりを見て、警戒していたファリスの口元も思わずほころんだ。
「私はかまいませんよ」
「あら……。日本語お上手なんですね」
まさか日本語で返事があるとは思わなかったのだろう。母親の方が驚いた。
「はい、日本人の先生に教わりましたから」
ふと気がつくと、彼女に好奇の視線を投げかけていたのはその女の子だけではなかった。ロビーにたむろする周囲の大人達も、もちろんあからさまにじろじろと見つめたりはしないが、ファリスの容姿に興味を持っているのは明白のようだった。やや声を潜めて、とっておきの秘密を打ち明けるように。
「お姉ちゃんはね、ルーナライナという国の人なの」
「るぅな、らいな?」
「そう。月の国、という意味なの。アジアの中央、山に囲まれた砂漠の国よ」
かつてシルクロードに栄えた東西交易の要地、それがルーナライナ王国である。このような異相がファリスに備わったのも、いにしえより東西のみならず南北の民が無数に訪れ、何代にも渡ってその血を残していったルーナライナの末裔なればこそである。実際、彼女の国の人々は一人一人髪と瞳の色が違うのが当たり前だった。自分の髪色と瞳が珍しいものだとは、国元を離れるまで彼女はついぞ気がつかなかったのである。
「あじあ?」
眉根をよせて一生懸命考えようとする子供の姿に苦笑いをせざるをえない。実のところ、説明だけでルーナライナの位置を正確に把握するのは、子供どころか、大人、政治家でさえも困難なのだ。だから結局、こう言い直すことにした。
「とても遠いところにある、山と砂がたくさんある国なの」
その説明の方がすんなりと理解できたのだろう。子供はにっこりと笑うと、
「じゃあ、きっと、お姉ちゃんはそこのお姫さまなんだね!」
そう言った。
「なんでそう思うの?」
「だって、とっても目がきれいなんだもん」
「……ありがとう。あやちゃん」
そう微笑んだファリスの表情は、いくつかの心情がないまぜになったものだった。
頭上に掲げられた電光掲示板が点滅した。
たった今予約したばかりのバスがもう到着したらしい。『トウキョウでは、バスと電車は五分に一本、必ず時間通りに到着する』……噂には聞いていたが、これも正直、旅行者のジョークだとばかり思っていた。その結果、予定時刻の10分後に来ればもうけもの、と考えていたファリスは完全に意表を突かれることになった。
慌ててスーツケースを引っ張り起こし、携帯電話を片手のままにあやちゃんとその母親に別れを告げ、空港のゲートをくぐって外に出る。十一月の日本の冷たく乾いた空気は、もはや充分冬の気配を漂わせていたが、それまでバンコクの空港で味わっていた蒸し暑い空気に比べれば、よっぽどファリスにはなじみ深いものだった。
初めての日本の空気を味わいつつ、重いスーツケースをようよう押し歩きながら、指定された番号が掲示された乗り場に向かおうとした、まさにその時。
「ファリス・シィ・カラーティ第三皇女殿下?」
横合いから、英語で声をかけられた。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。


『五十年目の理解』
小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる