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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆23:閉幕−3
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「……そもそも今回の件は、おれ達フレイムアップ組が出てきたせいでややこしくなったようなもんですよ」
一ヶ月前。
かつて行方不明になった小田桐剛史が、凶悪なエージェントとなって日本に戻ってきた。
彼からの呼び出しを受けた『役者』は、自分が演じ続けてきた『小田桐剛史の人生』という舞台に、ついに終わりが来た事を悟った。そして、独り立ちしていたかつての弟子に手紙を送り、後事を託したのだった。
弟子は、連絡の絶えていた師匠が、一人の人間の人生を四年間に渡ってトレースし続けたという事実を初めて知り、そして師の依頼に従い活動を開始した。
「先代の『役者』は弟子に、自分が四年間続けてきた舞台の幕引きをするよう求めたんです。なぜなら、恐らく当の本人は、本物の小田桐との対決をもって、自分が四年間演じてきた舞台を終わらせようと思っていた」
「最初から死ぬつもりだった、ということですか?」
「土砂崩れはあくまでも事故だと思う。今となっては確かめるすべはないけど……当人は、死んでもいいか、くらいには思っていたんじゃないですか?」
おれの問いに、二代目『役者』は黙して応えようとはしなかった。
「――まあ、脚本の意図を俳優さんに求めるのは野暮ですね。とにかく結論として、『役者』は土砂に呑み込まれて消息を絶ち、本物の小田桐もいずこかへと消え去ってしまった」
決着をつけるべく望んだ舞台は、実に中途半端な結果に終わってしまったのだ。
「そして貴方は、師匠から託されていた任務を実行することにした」
「任務?」
「ああ、任務だ。……貴方が託された任務。一つは、先代が力及ばなかったときには三次元測定器の機密漏洩を防ぐこと。そしてもう一つは、小田桐の、いや、師匠の奥さんと子供を護ること。そうですよね?」
おれの言葉に、今度こそ彼女はしっかりと頷いた。
完璧に誰かになりきることを得意とした彼――我が師匠は、だが結果として、誰かを演じる事よりも、己の人生を選んだ。
『肉体も、心までさえも他人になりすまそうとした愚かな私に罰が下るのは当然だ。だがどうか、妻と子にはこの咎を背負わせたくはない。
師から弟子への命ではない。
同じ道を目指し、結果、違う手段を選び取った友に頼みたい。
どうか、花恵と敦史を護ってやって欲しい』
それが、彼の手紙の最後の文章である。
手紙を受け取った当日の夜、私は元城市へと向かったのだった。
「土砂崩れ事件の顛末を知った貴方は、最悪の事態を想定した」
それは、先代『役者』亡き後、本物の小田桐剛史が妻と子供の前に姿を現すことだった。かつて本物の小田桐剛史の行動パターンをすべて把握し尽くした先代は、小田桐が形ばかりの妻や自分のものでない子供にどういう仕打ちをする人間なのか、判りすぎるほど判っていたのだろう。
それだけは、なんとしても避けなければいけないことだった。
「で、貴方は自分の変身能力で何が出来るかと考え、やがて一計を案じた。それがあの幽霊騒ぎです」
毎夜毎夜その変装技術で小田桐そっくりになりすまし、街のあちこちに出没。市民にその様を印象づけていった。
「貴方はことさら『小田桐剛史の幽霊』を演じたわけではない。小田桐の格好をした男……つまりは『役者』がまだ死んでいないのではないか。その疑念を、どこかに潜んでいる本物の小田桐に抱かせればよかった」
幽霊が無害だったのも当然である。要は噂が広まりさえすればよかったのだから。
「そして貴方は待っていた。誰かがもっともらしい理由をつけて、この場所を掘り返そうと動き出すのを」
つまり、二代目『役者』が、師匠の仇である本物の小田桐を捕まえるために罠を張っていた。今回の事件は、本来はただそれだけの話だったのである。
一ヶ月前。
かつて行方不明になった小田桐剛史が、凶悪なエージェントとなって日本に戻ってきた。
彼からの呼び出しを受けた『役者』は、自分が演じ続けてきた『小田桐剛史の人生』という舞台に、ついに終わりが来た事を悟った。そして、独り立ちしていたかつての弟子に手紙を送り、後事を託したのだった。
弟子は、連絡の絶えていた師匠が、一人の人間の人生を四年間に渡ってトレースし続けたという事実を初めて知り、そして師の依頼に従い活動を開始した。
「先代の『役者』は弟子に、自分が四年間続けてきた舞台の幕引きをするよう求めたんです。なぜなら、恐らく当の本人は、本物の小田桐との対決をもって、自分が四年間演じてきた舞台を終わらせようと思っていた」
「最初から死ぬつもりだった、ということですか?」
「土砂崩れはあくまでも事故だと思う。今となっては確かめるすべはないけど……当人は、死んでもいいか、くらいには思っていたんじゃないですか?」
おれの問いに、二代目『役者』は黙して応えようとはしなかった。
「――まあ、脚本の意図を俳優さんに求めるのは野暮ですね。とにかく結論として、『役者』は土砂に呑み込まれて消息を絶ち、本物の小田桐もいずこかへと消え去ってしまった」
決着をつけるべく望んだ舞台は、実に中途半端な結果に終わってしまったのだ。
「そして貴方は、師匠から託されていた任務を実行することにした」
「任務?」
「ああ、任務だ。……貴方が託された任務。一つは、先代が力及ばなかったときには三次元測定器の機密漏洩を防ぐこと。そしてもう一つは、小田桐の、いや、師匠の奥さんと子供を護ること。そうですよね?」
おれの言葉に、今度こそ彼女はしっかりと頷いた。
完璧に誰かになりきることを得意とした彼――我が師匠は、だが結果として、誰かを演じる事よりも、己の人生を選んだ。
『肉体も、心までさえも他人になりすまそうとした愚かな私に罰が下るのは当然だ。だがどうか、妻と子にはこの咎を背負わせたくはない。
師から弟子への命ではない。
同じ道を目指し、結果、違う手段を選び取った友に頼みたい。
どうか、花恵と敦史を護ってやって欲しい』
それが、彼の手紙の最後の文章である。
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「土砂崩れ事件の顛末を知った貴方は、最悪の事態を想定した」
それは、先代『役者』亡き後、本物の小田桐剛史が妻と子供の前に姿を現すことだった。かつて本物の小田桐剛史の行動パターンをすべて把握し尽くした先代は、小田桐が形ばかりの妻や自分のものでない子供にどういう仕打ちをする人間なのか、判りすぎるほど判っていたのだろう。
それだけは、なんとしても避けなければいけないことだった。
「で、貴方は自分の変身能力で何が出来るかと考え、やがて一計を案じた。それがあの幽霊騒ぎです」
毎夜毎夜その変装技術で小田桐そっくりになりすまし、街のあちこちに出没。市民にその様を印象づけていった。
「貴方はことさら『小田桐剛史の幽霊』を演じたわけではない。小田桐の格好をした男……つまりは『役者』がまだ死んでいないのではないか。その疑念を、どこかに潜んでいる本物の小田桐に抱かせればよかった」
幽霊が無害だったのも当然である。要は噂が広まりさえすればよかったのだから。
「そして貴方は待っていた。誰かがもっともらしい理由をつけて、この場所を掘り返そうと動き出すのを」
つまり、二代目『役者』が、師匠の仇である本物の小田桐を捕まえるために罠を張っていた。今回の事件は、本来はただそれだけの話だったのである。
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