255 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆20:埋葬されていたモノ−3
しおりを挟む
『世の中には同じ顔をした人間が三人いる』という。
迷信だ。迷信のはずだ。
だが、それならば、『同じ顔』が一所に三つも揃っている今のこの状況は、なんと理由づけたら良いのだろうか。
「だ……誰だ、お前は!?」
小田桐がナイフを突きつけて問うその先には、埋まっていた遺体からついさっき奪い返したはずの己の顔があった。すると、その顔は笑みを形作り口を開いた。
「誰だ、とは心外だな。俺だよ。わかるだろう?」
小田桐の眼球がめまぐるしく動き、事態を検証する。この顔でこの物言いをする人間はただ一人しか居ないはずだ。だが、まさか。
「貴様、『役者』か……!?」
「そうとも呼ばれているな」
小田桐と同じ顔をした男が、芝居がかった仕草で優雅に一礼する。本来の小田桐にまったく似合わぬその仕草は、なまじ顔が同じな分だけ違和感を際だたせていた。
「馬鹿な、お前は死んだはずだ。あの時、俺の目の前で土砂崩れに呑まれて!それに、あの霊の声だって……!」
相手の顔に笑みが浮かぶ。思考の鈍い者を見下す、憫笑。
「”死んだ”……か。それは、”誰が”死んだという意味で発言しているのかね?」
人一倍自尊心の強い小田桐は、他人の憫笑には敏感だった。たちまち驚きよりも怒気が勝る。
「くだらん言葉遊びはやめろ!貴様は何者だ。『役者』の野郎は、間違いなくあそこでくたばってる死体のはずだ!」
「仮にあそこに埋まっている遺体が『役者』だとして。それがなんだ?ここに今、『役者』たる私が居れば、その役割は継承される。なんの問題もない」
「どういう……意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。”キャラクター”の役を正しく理解し、必要な知識を備えている役者であれば、なんの問題もなく演技を継続してゆける」
いつのまにか男は、まるで鏡に映したように、小田桐と左右対称の同じポーズを取っていた。ナイフはもっていないし服装も違うというのに、それは奇妙に舞台装置めいた効果を醸し出してゆく。
「人は皆、人生という舞台において、大なり小なり与えられた『役』がある。そしてね、これが肝心なのだが」
鏡の中の悪魔が嗤う。
「当人がどんな夢だの誓いだの義務だのを抱え込んでいようとね。結局他人が期待しているのは『役』。同じ役を果たせるのであれば、幾らでも換えが効く」
「おい、貴様……」
話題がすり替えられている。わかってはいるのだが、その独特の会話のペースが、口を挟む隙を与えない。
「ここで逆に言えば。役を果たせないのであれば、役者が同じでも、それはもう別のキャラクターだ。舞台には立てない」
この口を塞がなくてはならないと、そう思った。だが遅かった。
「つまりは」
鏡の中の悪魔は、舞台の効果を高めるかのように、絶妙の間で台詞を挿入して流れを作り上げ。
「君にはもう『小田桐剛史』の役は務まらないということだよ」
致命的な言葉の一突きを抛り込んだ。
「――ダマレ」
「君が取り戻そうとしている『小田桐剛史』という役は、すでに変質を果たしている」
「黙れと言っている」
「君自身もわかっているだろう。この四年間で築き上げられた時間に、もう入り込む余地など無いと言うことを」
「黙れぇっ!!」
手にしたナイフを縦横に振るう。しかしそれは虚しく空を切り、小田桐の顔をした何かは、するするとまるで影のように距離をあけ、雑木林の葉陰へと移動した。
「高望みはするな。『貼り付けた顔』とやら、君にはもう別の役があるはずだ。それを果たせ。配役を違えた舞台は、役者も観客も誰も喜ばない」
声が遠くなり、急速に、何かが葉陰の中へと埋没していく。どこにも移動していない。隠れようともしていない。まるで陰に溶けるように、それは急速に気配を薄れさせた。
「消えた……?」
もう一度目を凝らしてみる。そこにはもう人影はなく、ただ鬱蒼と茂る枝葉と、それが形作る濃厚な葉陰があるだけだった。
「役が違う、だと?」
血走った目で唾を吐き捨てる。
「それを言うならそもそも、他人の役を奪いやがったヤロウが元凶じゃねぇか……!」
小田桐が、すでに血の気を失いつつある土直神に向き直る。確かに今なら、ここを真っ直ぐ立ち去り、『第三の目』の本部まで高飛びするという選択肢はあった。組織の中で成功が認められ、彼の立場も少しは改善されるだろう。だが、
「人生が舞台だと?ああ、そうかも知れないな」
それから先に、どんな展望があるというのだ?
どんな惨めな人生を送っている人間だろうと、その人生は、当人の努力や才能、運や環境によって織り上げられた一つの物語である。負けたまま終わるにせよ逆転勝ちを目指すにせよ、それはある意味では納得が出来るだろう。だが。
俺はずっと、違う人間が自分の人生を織り上げられていくのを遠目に見ていることしかできなかった。
ならばきっと、どこまで行っても。
多分、このままでは俺に納得はない。
「だから。主役に戻るんだ。俺の人生という舞台の……!」
もう一度ナイフが振り上げられる。
数奇な運命を断ち切るべく掲げられたその一撃は、
「――いやあ。やっぱ客観的にもその計画には無理があり過ぎる気がしますよ」
だがまたしても、唐突に横合いからかけられた声に遮られたのだった。
慌てて視線を向け、小田桐は今日立て続けに、心底からの驚愕を味わう羽目になった。
「貴様の説明とは、やや状況が異なるようだな」
「結局、お前の読みも半分当たって半分外れたってとこか、亘理」
「土直神さん、大丈夫ですか!」
「うわっ、本当に同じ顔の人がいる!」
何しろそこには、向こう側で死闘を繰り広げているはずの男女の姿があったのだから。
迷信だ。迷信のはずだ。
だが、それならば、『同じ顔』が一所に三つも揃っている今のこの状況は、なんと理由づけたら良いのだろうか。
「だ……誰だ、お前は!?」
小田桐がナイフを突きつけて問うその先には、埋まっていた遺体からついさっき奪い返したはずの己の顔があった。すると、その顔は笑みを形作り口を開いた。
「誰だ、とは心外だな。俺だよ。わかるだろう?」
小田桐の眼球がめまぐるしく動き、事態を検証する。この顔でこの物言いをする人間はただ一人しか居ないはずだ。だが、まさか。
「貴様、『役者』か……!?」
「そうとも呼ばれているな」
小田桐と同じ顔をした男が、芝居がかった仕草で優雅に一礼する。本来の小田桐にまったく似合わぬその仕草は、なまじ顔が同じな分だけ違和感を際だたせていた。
「馬鹿な、お前は死んだはずだ。あの時、俺の目の前で土砂崩れに呑まれて!それに、あの霊の声だって……!」
相手の顔に笑みが浮かぶ。思考の鈍い者を見下す、憫笑。
「”死んだ”……か。それは、”誰が”死んだという意味で発言しているのかね?」
人一倍自尊心の強い小田桐は、他人の憫笑には敏感だった。たちまち驚きよりも怒気が勝る。
「くだらん言葉遊びはやめろ!貴様は何者だ。『役者』の野郎は、間違いなくあそこでくたばってる死体のはずだ!」
「仮にあそこに埋まっている遺体が『役者』だとして。それがなんだ?ここに今、『役者』たる私が居れば、その役割は継承される。なんの問題もない」
「どういう……意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。”キャラクター”の役を正しく理解し、必要な知識を備えている役者であれば、なんの問題もなく演技を継続してゆける」
いつのまにか男は、まるで鏡に映したように、小田桐と左右対称の同じポーズを取っていた。ナイフはもっていないし服装も違うというのに、それは奇妙に舞台装置めいた効果を醸し出してゆく。
「人は皆、人生という舞台において、大なり小なり与えられた『役』がある。そしてね、これが肝心なのだが」
鏡の中の悪魔が嗤う。
「当人がどんな夢だの誓いだの義務だのを抱え込んでいようとね。結局他人が期待しているのは『役』。同じ役を果たせるのであれば、幾らでも換えが効く」
「おい、貴様……」
話題がすり替えられている。わかってはいるのだが、その独特の会話のペースが、口を挟む隙を与えない。
「ここで逆に言えば。役を果たせないのであれば、役者が同じでも、それはもう別のキャラクターだ。舞台には立てない」
この口を塞がなくてはならないと、そう思った。だが遅かった。
「つまりは」
鏡の中の悪魔は、舞台の効果を高めるかのように、絶妙の間で台詞を挿入して流れを作り上げ。
「君にはもう『小田桐剛史』の役は務まらないということだよ」
致命的な言葉の一突きを抛り込んだ。
「――ダマレ」
「君が取り戻そうとしている『小田桐剛史』という役は、すでに変質を果たしている」
「黙れと言っている」
「君自身もわかっているだろう。この四年間で築き上げられた時間に、もう入り込む余地など無いと言うことを」
「黙れぇっ!!」
手にしたナイフを縦横に振るう。しかしそれは虚しく空を切り、小田桐の顔をした何かは、するするとまるで影のように距離をあけ、雑木林の葉陰へと移動した。
「高望みはするな。『貼り付けた顔』とやら、君にはもう別の役があるはずだ。それを果たせ。配役を違えた舞台は、役者も観客も誰も喜ばない」
声が遠くなり、急速に、何かが葉陰の中へと埋没していく。どこにも移動していない。隠れようともしていない。まるで陰に溶けるように、それは急速に気配を薄れさせた。
「消えた……?」
もう一度目を凝らしてみる。そこにはもう人影はなく、ただ鬱蒼と茂る枝葉と、それが形作る濃厚な葉陰があるだけだった。
「役が違う、だと?」
血走った目で唾を吐き捨てる。
「それを言うならそもそも、他人の役を奪いやがったヤロウが元凶じゃねぇか……!」
小田桐が、すでに血の気を失いつつある土直神に向き直る。確かに今なら、ここを真っ直ぐ立ち去り、『第三の目』の本部まで高飛びするという選択肢はあった。組織の中で成功が認められ、彼の立場も少しは改善されるだろう。だが、
「人生が舞台だと?ああ、そうかも知れないな」
それから先に、どんな展望があるというのだ?
どんな惨めな人生を送っている人間だろうと、その人生は、当人の努力や才能、運や環境によって織り上げられた一つの物語である。負けたまま終わるにせよ逆転勝ちを目指すにせよ、それはある意味では納得が出来るだろう。だが。
俺はずっと、違う人間が自分の人生を織り上げられていくのを遠目に見ていることしかできなかった。
ならばきっと、どこまで行っても。
多分、このままでは俺に納得はない。
「だから。主役に戻るんだ。俺の人生という舞台の……!」
もう一度ナイフが振り上げられる。
数奇な運命を断ち切るべく掲げられたその一撃は、
「――いやあ。やっぱ客観的にもその計画には無理があり過ぎる気がしますよ」
だがまたしても、唐突に横合いからかけられた声に遮られたのだった。
慌てて視線を向け、小田桐は今日立て続けに、心底からの驚愕を味わう羽目になった。
「貴様の説明とは、やや状況が異なるようだな」
「結局、お前の読みも半分当たって半分外れたってとこか、亘理」
「土直神さん、大丈夫ですか!」
「うわっ、本当に同じ顔の人がいる!」
何しろそこには、向こう側で死闘を繰り広げているはずの男女の姿があったのだから。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

私、事務ですけど?
フルーツパフェ
経済・企業
自動車業界変革の煽りを受けてリストラに追い込まれた事務のOL、霜月初香。
再就職先は電気部品の受注生産を手掛ける、とある中小企業だった。
前職と同じ事務職に就いたことで落ち着いた日常を取り戻すも、突然社長から玩具ロボットの組込みソフトウェア開発を任される。
エクセルマクロのプログラミングしか経験のない元OLは、組込みソフトウェアを開発できるのか。
今話題のIoT、DX、CASE――における日本企業の現状。

プロジェクトから外されて幸せになりました
こうやさい
経済・企業
プロジェクトも大詰めだというのに上司に有給を取ることを勧められました。
パーティー追放ものって現代だとどうなるかなぁから始まって迷子になったシロモノ。
いくらなんでもこんな無能な人は…………いやうん。
カテゴリ何になるかがやっぱり分からない。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる