人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆15:夜、繁華街にて−4

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 そして今、おれ達はホテルまでの道すがら、集めた情報についての議論を交わしている。

「たしか、小田桐さんが昂光にやって来たのは、商社マンとして海外に強力なパイプがあることを買われたから、でしたよね?」

 頷くチーフ。午前中に工場長はそう言っていたはずだ。そして小田桐氏は海外に積極的な売り込みをかけ、昂光の業績に大きく貢献することとなる。

「となると、ロシアの顧客と相談をしていた、というのもあり得ない事ではないでしょうし、それで『装置』とやらの『納期』について、もっと早くしろと飲み屋でせっつかれていた、というのは十分考えられることでしょうが……」

 思考の検証のためあえて常識的な道筋をつけてみるが、チーフは首を横に振る。

「そういう交渉ならば、会社でやればいい。わざわざ人目につかない飲み屋を選んでやることはないさ。それにそんな連中を接待するなら、もっと女の子のいる派手な店にでも連れ込んで、懐柔をはかるのが普通だろう」
「ですよねぇ」

 ロシアンマフィア。『装置』。『納期』。その三つの単語は、頭の中でどう組み合わせてみても、あまり気持ちのよい回答にはなりそうになかった。ふと閃くものがあり、おれは午前中に工場長からもらったままの昂光のカタログをバッグから引っ張り出してみる。

「四年前、もしかして昂光に何か大きな動きでも……と。ああやっぱり」
「ビンゴか?」

 チーフとおれの目が一点に釘付けになる。企業のカタログの裏にはたいてい、その会社の略歴のようなものが載っており、昂光についても例外ではなかった。そして、ズバリ今から四年前の年末に、昂光の最新次世代測定器『TKZ280』なる商品が世界に向けて発表されたことが、誇らしげに年表の中に書き込まれていたのだった。

「……えーなになに。『この『TKZ280』は世界中の研究所、機械メーカー様より高い評価を頂いており、現在、測定器における弊社のシェアは国内一位72%、世界で一位45%となっております』……改めてみると、世界で45%ってとんでもない数字ですねえこれは」

 たとえばゲーム機ならA社もB社も両方そろえるという事はあるし、次世代機の性能次第ではあっさり乗り換えられることもしばしばだが、こういった業務用の大きな工業機械は、信頼性の面からも、A社ならA社のものだけを、何世代に渡って使う事が当たり前だ。

 すなわち昂光は、世界の精密機器メーカーのうち45%というお客をがっちりとつかみ、今後しばらくはその数字が大きく変わることはないという事になる。まず将来は安泰と言っていいだろう。

「昂光が全力を挙げて作り出した次世代機。……年末に公式発表されたとなれば」

 おれは今までの仕事で何回かお邪魔した機械メーカーさんのスケジュールを頭の奥から引っ張り出して逆算してみる。

その年の夏・・・・・頃には、さぞかし企業秘密を巡って色々とあったんじゃないでしょうかね?」

 おれの皮肉っぽい笑みに、チーフは仏頂面で同意する。

「亘理、お前は知っているかもしれんが、この手の製品というのは、非常に強い輸出規制がかかっていて、海外のあまり身元がまっとうでない相手には売ることが出来ないんだ」

 ふむ。おれはかつて手当たり次第に脳裏にぶちこんでおいた法律の条文に検索をかけて、該当するものを引っ張り出してみる。

「えーと、輸出貿易管理令。銃や爆弾、核兵器や毒ガス、細菌兵器などなど、物騒なモノやその材料となり得る品物は、政府の許可を得なければ輸出しちゃいけない、って奴でしたっけ」
「そう。だからこそ、何としても手に入れたいと考えている連中にはさぞかし高く売れるのだろうな」
「たとえばロシアンマフィア、ですか?」

 するとチーフは、肯定とも否定ともつかない表情を浮かべた。

「マフィアやヤクザというのは、経済に寄生する事で栄えるものだ。経済そのものをぶち壊してしまっては、彼らもまた生きてはいけない。核兵器なんぞ手に入れたところで、連中にとってはお荷物にしかならんだろう」
「……となると?」
「実際には転売だろうな。手っ取り早くテロリストなり某国なりに売り飛ばして多額の利益を上げる。マフィアというより武器商人と読んだ方が近いかもな。ロシア系と言えば最近は、新興勢力の『第三の目ザ・サード・アイ』という組織が…………うむ?…………となると、いや、まさか?」

 なにかがひっかかったのか、チーフがいぶかしげな表情を作ったまま虚空を見据える。その素振りはもちろん気になったが、その時おれは自分の仮説の方に気を取られていた。

「例えば、ですけどね」

 前置きして続ける。

「四年前にその、新型の測定器の企業秘密についてなにがしかのトラブルがあってですね。ロシアンマフィアが、小田桐さんを狙っていたとしたらどうでしょう」

 ……実のところ、おれ達が今ここでこうしているのは蛇足にすぎない。先ほどのスポーツクラブでの遭遇で、すでに・・・幽霊騒ぎは・・・・・解決している・・・・・のだ。

「そいつは執念深く小田桐氏から機密を奪う機会を狙っていた。四年越しの機会を手に入れたそいつは、まんまと小田桐氏を事故死に見せかけ、土砂で生き埋めにすることに成功する。でも、機密そのものは手に入れることが出来なかった。そう気づいたそいつは、慌てて小田桐さんの遺体を掘り起こそうとするが、すでに地の底にあってどうしようもなかった……とか」

 チーフが目を細める。本来、おれの意見は仮説と呼べるレベルのものではないが、チーフは黙っておれに先を促してくる。

「そうこうしているうちに、何故か小田桐氏の幽霊が現れるという異常な事態が起こった。当然、そいつは焦ったはずです。自分が殺したはずの相手が生きているかも知れないのだから。そして次に取り得る行動は……」

 チーフがおれの言葉を引き取った。

「確認、だな。自分で実際に埋められた亡骸を暴いてみる。つまり何か――」

 一つ言葉を切ったあと、おれの考えを正確に形にした。

 
「お前は、今日遭遇した奴らの中に、小田桐氏を殺害した犯人が紛れ込んでいると思っているのか?」

 
「ええ。そしてそいつは、回収し損なった企業秘密を手に入れようとしている」

 これではさすがに仮説というより、妄想と取られてもしかたがない。だが、この推測であれば、の話と辻褄は合うことになる。チーフはそんなおれを見つめることしばし。やがておれの肩に手を置いて言った。

「……やってみるか?」

 その言葉の意味を、たぶんおれは正確に理解できたと思う。チーフは多分わかっているのだろう。わかっていながら、おれの好きなようにやってみろと言ってくれているのだ。

「スンマセン。ありがとうございます、チーフ」

 素直に感謝の言葉を述べる。もしおれがチーフの立場だとして、果たして自分のアシスタントに同じ事が言えるだろうか。ここらへん、まだまだおれは青二才だなぁ、と自覚させられざるを得ない。だが、これでおれの腹は据わり、方針も決まった。

「明日の朝、もう一度板東山に向かいましょう」


 
 歩き続けるおれ達の視線の先に、ようやく小さなビジネスホテルの看板が見えてきた。本当ならもう一、二時間は早く戻ってくる予定だったのだが。店屋物を食べ終えた真凛が不機嫌な顔をしてロビーに居座っている光景が容易に想像できて、おれは顔をしかめた。

「とりあえず、今日はシャワー浴びてゆっくり眠るとしましょうか」

 アルコールに少し霞んだ頭を振り、大あくびをして肺に酸素を取り込む。振り返ってみれば、今日は朝から早起き、車での長距離移動、山歩きから川流れに飲み歩きとずいぶん多忙な一日だった気がする。おれの予想が正しければ、明日もおそらくハードスケジュールになるだろう。

 
 どういう形になるにせよ、そこで今回の幽霊騒ぎについては幕が下りるはずだった。
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