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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆15:夜、繁華街にて−2
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同じくらい栄えていても、東京都内の街と地方の街では大きな違いがいくつかある。そのひとつとして、酒が飲める場所が限られる、という点が挙げられるだろう。
都内なら電車や地下鉄で何駅か移動すれば、銀座の一流の店から隠れた名店、財布に優しいチェーン店までよりどりみどりだし、深夜まで飲んでも終電やタクシーがあるので帰り道には困らない。
他方、地方の街で飲むとなると、どうしても街の中心部や駅前の飲み屋にならざるをえない。終電の時間は早いし、もちろん車で帰るわけにはいかないので、事前にタクシーを予約しておいたり、旦那や奥さんに迎えに来てもらえる立地でなければならなかったりする。
こうした事から、どんな街にも必然的に『地元の人たちがいきつけにする飲み屋』というものが発生することとなる。
予約を入れたホテルへチェックインした後、チーフとおれは元城市内のその手の店に片っ端から顔を出していたのだった。なお、真凛はホテルに待機させてある。
例によって散々ぶーたれたものだが、さすがに「お酒が飲めない子は連れていくわけにはいかないよ」というチーフの説得は聞いたらしい。今は出前で頼んだホテル近くの店屋物をかきこんでいるところだろう。
真凛を外したのは我ながら賢明な判断と言わざるを得ない。あやつの酒癖の悪さと来たら極めつけで、以前おれはひどい目にあったことがある。
地元の人向けの飲み屋と、観光客や商談客用の酒場を見分けるにはちょっとしたコツがいるのだが、かつて現場をかけずりまわった刑事であるチーフにしてみれば「ここだろうなと思う場所に行けば、まずここだろうなという飲み屋がある」らしく、まったく店選びには迷わなかった。
若者向けのチェーン店、大きいがひなびた飲み屋、そこはかとなく昭和の香り漂うバー。それぞれに一時間ほど逗留し、『地元の店に迷い込んでしまったビジネスマンと、そこにくっついてきたバイト作業員』を演じる。
多少酒をおごったりカラオケを入れてやったりしながら、「ところで今日聞いたんだけどさ。この街にオダギリとかいう人の幽霊が出るんだって?」と話を振ってやると――まあ引っかかる引っかかる、呆れる程の入れ食い豊漁っぷりだった。
この街での小田桐剛史の評判は、それはもうひどいものだった。
昼に工場長から聞いた、別の会社から転職してきたエリート・ビジネスマンという肩書きは、確かに事実だった。だが、仕事についてはともかく、人格についてはまた別の側面がある。この街にやってきた当時から、元城市内での彼の素行の悪さは有名だったようだ。
「確かに仕事は出来たんだろうけどさ。ああはなりたくないって思ったね」
これは、たまたまチェーン店で捕まえた昂光の若手社員の弁である。
「部下にも取引先にもゴリ押しの一手でさ。俺の同期なんて自宅の鍵を取り上げられて、契約取れるまで家に帰らせてもらえなかったんだぜ」
次の店ではこんな話も聞けた。
「ウチの叔父さんの車が駅前であいつの車に追突されてさ。抗議したらものすごい勢いで逆ギレしやがって。出るとこ出たっていいんだって脅されて、いつのまにか叔父さんの方が弁償させられるハメになったんだよ」
バーにもよく部下を引き連れて飲みに来ていたらしいが、『こんな田舎の店に金を払ってやって居るんだからありがたく思え』と放言し、実際に女の子に絡むは大声で騒ぐは備品を壊すは、いまどき学生サークルでもやらないほど無様な飲みっぷりだったらしい。
あまりにしつこく小田桐に絡まれて店を辞めてしまったホステスの子も、一人や二人ではないとのことで、店の子からは、
「こないだの土砂崩れで死んだんでしょ?お客さんの事は悪く言っちゃいけないんだけど、正直いい気味だって思ったわね」
などと実に率直なコメントを頂いたわけである。
聞き込みに回ったいずれの店でも「小田桐なんて知らないな」というコメントが無かったあたり、マイナス方向だとしても相当に有名ではあったのだろう。憎まれっ子世にはばかる、という事らしい。
とはいえ、先ほど述べたように、営業マンとしての彼が会社の成績を伸ばしていたのは事実である。『敵だろうが味方だろうが、馬力にものを言わせて押して押して押しまくる』体育会系タイプだったと推測するべきだろうか。
そんな街の嫌われ者の小田桐氏が行方不明になり、街のあちこちで彼の”幽霊”が目撃されている事件は、この街の人々に大小様々な波紋を巻き起こしているようだった。
「小田桐の幽霊?冗談じゃないね。こっちが恨むことは沢山あっても、アイツに恨まれる筋合いなんかあるものか」
という声もあれば、
「大人しく地獄に堕ちていればいいのに。死んでまで未練がましく迷い出てくるなんぞ、つくづく強突張りだな」
という意見もある。
「幽霊なんているわけないさ。みんなアイツにビビってたから見間違えたんじゃねぇの?」
というごくまっとうなコメントも多かったのだが、実際に幽霊と遭遇した身にしてみればこれはあまり参考にならなかった。しかし、
「きっとアイツ、死んだふりしてまた何かロクでもないこと企んでるのかもよ?ああイヤだイヤだ」
というバーのママさんの話には、一つ無視できない単語が含まれていた。
「”また”何か企んでる、って。前にもなんか企んでたってコトですか?」
都内なら電車や地下鉄で何駅か移動すれば、銀座の一流の店から隠れた名店、財布に優しいチェーン店までよりどりみどりだし、深夜まで飲んでも終電やタクシーがあるので帰り道には困らない。
他方、地方の街で飲むとなると、どうしても街の中心部や駅前の飲み屋にならざるをえない。終電の時間は早いし、もちろん車で帰るわけにはいかないので、事前にタクシーを予約しておいたり、旦那や奥さんに迎えに来てもらえる立地でなければならなかったりする。
こうした事から、どんな街にも必然的に『地元の人たちがいきつけにする飲み屋』というものが発生することとなる。
予約を入れたホテルへチェックインした後、チーフとおれは元城市内のその手の店に片っ端から顔を出していたのだった。なお、真凛はホテルに待機させてある。
例によって散々ぶーたれたものだが、さすがに「お酒が飲めない子は連れていくわけにはいかないよ」というチーフの説得は聞いたらしい。今は出前で頼んだホテル近くの店屋物をかきこんでいるところだろう。
真凛を外したのは我ながら賢明な判断と言わざるを得ない。あやつの酒癖の悪さと来たら極めつけで、以前おれはひどい目にあったことがある。
地元の人向けの飲み屋と、観光客や商談客用の酒場を見分けるにはちょっとしたコツがいるのだが、かつて現場をかけずりまわった刑事であるチーフにしてみれば「ここだろうなと思う場所に行けば、まずここだろうなという飲み屋がある」らしく、まったく店選びには迷わなかった。
若者向けのチェーン店、大きいがひなびた飲み屋、そこはかとなく昭和の香り漂うバー。それぞれに一時間ほど逗留し、『地元の店に迷い込んでしまったビジネスマンと、そこにくっついてきたバイト作業員』を演じる。
多少酒をおごったりカラオケを入れてやったりしながら、「ところで今日聞いたんだけどさ。この街にオダギリとかいう人の幽霊が出るんだって?」と話を振ってやると――まあ引っかかる引っかかる、呆れる程の入れ食い豊漁っぷりだった。
この街での小田桐剛史の評判は、それはもうひどいものだった。
昼に工場長から聞いた、別の会社から転職してきたエリート・ビジネスマンという肩書きは、確かに事実だった。だが、仕事についてはともかく、人格についてはまた別の側面がある。この街にやってきた当時から、元城市内での彼の素行の悪さは有名だったようだ。
「確かに仕事は出来たんだろうけどさ。ああはなりたくないって思ったね」
これは、たまたまチェーン店で捕まえた昂光の若手社員の弁である。
「部下にも取引先にもゴリ押しの一手でさ。俺の同期なんて自宅の鍵を取り上げられて、契約取れるまで家に帰らせてもらえなかったんだぜ」
次の店ではこんな話も聞けた。
「ウチの叔父さんの車が駅前であいつの車に追突されてさ。抗議したらものすごい勢いで逆ギレしやがって。出るとこ出たっていいんだって脅されて、いつのまにか叔父さんの方が弁償させられるハメになったんだよ」
バーにもよく部下を引き連れて飲みに来ていたらしいが、『こんな田舎の店に金を払ってやって居るんだからありがたく思え』と放言し、実際に女の子に絡むは大声で騒ぐは備品を壊すは、いまどき学生サークルでもやらないほど無様な飲みっぷりだったらしい。
あまりにしつこく小田桐に絡まれて店を辞めてしまったホステスの子も、一人や二人ではないとのことで、店の子からは、
「こないだの土砂崩れで死んだんでしょ?お客さんの事は悪く言っちゃいけないんだけど、正直いい気味だって思ったわね」
などと実に率直なコメントを頂いたわけである。
聞き込みに回ったいずれの店でも「小田桐なんて知らないな」というコメントが無かったあたり、マイナス方向だとしても相当に有名ではあったのだろう。憎まれっ子世にはばかる、という事らしい。
とはいえ、先ほど述べたように、営業マンとしての彼が会社の成績を伸ばしていたのは事実である。『敵だろうが味方だろうが、馬力にものを言わせて押して押して押しまくる』体育会系タイプだったと推測するべきだろうか。
そんな街の嫌われ者の小田桐氏が行方不明になり、街のあちこちで彼の”幽霊”が目撃されている事件は、この街の人々に大小様々な波紋を巻き起こしているようだった。
「小田桐の幽霊?冗談じゃないね。こっちが恨むことは沢山あっても、アイツに恨まれる筋合いなんかあるものか」
という声もあれば、
「大人しく地獄に堕ちていればいいのに。死んでまで未練がましく迷い出てくるなんぞ、つくづく強突張りだな」
という意見もある。
「幽霊なんているわけないさ。みんなアイツにビビってたから見間違えたんじゃねぇの?」
というごくまっとうなコメントも多かったのだが、実際に幽霊と遭遇した身にしてみればこれはあまり参考にならなかった。しかし、
「きっとアイツ、死んだふりしてまた何かロクでもないこと企んでるのかもよ?ああイヤだイヤだ」
というバーのママさんの話には、一つ無視できない単語が含まれていた。
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※
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