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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆14:夜、旅館にて−1
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「ンで。悪戦苦闘一時間、なんともならずオイラ達を呼んだってワケだぁね」
畳の上にふくれて正座する清音の前に、ちゃぶ台を挟んで土直神と四堂が座っている。
今三人がいるのは、彼らが今夜の宿と定めた、元城駅前にあるウルリッヒ保険御用達のビジネスホテル……とは一応名乗ってはいるものの、どうやら元々は旅館だった建物が、出張客を当て込んでホテルに転身したというのが正直なところのようだった……である。
畳、ちゃぶ台、押し入れ、床の間。部屋自体は多少古いものの、清掃が行き届いており快適である。お値打ち価格で手足もゆっくり伸ばせてその上なにより自分でご飯を炊かなくてもいい!ので、そのことについては清音は全く異存がない。問題は。
「だって。線がつながらないんですよっ」
ぶうぶうと文句を言いながら、テレビ台に据え付けられたPCと、土直神に借りたLANケーブル、そして壁に取り付けられた差し込み口を順番に指さす。事件について調べてみます、と言ってはみたものの、まさかネットに繋ぐことすら出来ないとは思ってもみなかったのである。
「徳田サンに聞けば良かったのに」
「さすがにもう帰ってしまいましたよ。自宅で書類仕事をしなきゃいけないそうです」
「土曜だってのに社会人は大変だねぇ。ま、いーけどサ。清音ちゃんがメカ音痴ってのは今さらだし。……ってうわぁ、これモジュラージャックじゃないか!」
珍しい昆虫でも見つけたように、呆れ半分はしゃぎ半分の声をあげる土直神。
「ひっさしぶりに見たなー。ってか、ビジネスホテルでダイヤルアップとかISDNってアリなのか!?でも徳田サンはブロードバンドは使えるって言ってたし……あー」
「ワイアレスが導入されているようだな」
清音にはさっぱりわからない会話を交わす男二人。こちらはすでに一風呂浴びて、浴衣に着替えている。
自販機で買い込んできたビールを片手にあぐらをかく土直神と、対照的に膝を開いた正座の四堂。鉄の棒でも入っているのではないかと思わせる伸びた背筋は、例え今この瞬間に敵が乱入してきても、即座に叩き伏せる気構えであることを伺わせる。
「んだね。じゃあアンテナを優先にして……ほい、これでOKだぁよ」
ケーブルが引っこ抜かれたPCの画面を確認すると、確かにネットに繋げられるようになっていた。なんでケーブルを抜くとネットにつながるのか。清音からすると、術法などよりよほど魔法じみている。
「まあ、いいです。つながったら後は私でもわかりますから」
ウルリッヒの社員用ページへのアクセス自体は清音も慣れている。任務をこなす度に、このページから報酬を請求しているので嫌でも覚えざるを得ないのだった。自宅にPCなんかない清音は、一時は学校の視聴覚室から授業中にアクセスしていたこともあった。
「ここ数年、この元城市で起こった事故と事件……」
徳田から借りた仮パスワードで、ウルリッヒ保険北関東支店のデータベースにアクセスする。あの”幽霊”の正体は本当に小田桐剛史なのか。それを確かめたかったのだが。
「……うう、全然情報が載ってません」
「あちゃあ。まーそーだとは思ってたけど」
ウルリッヒ保険はあくまでも保険会社であって、興信所や調査事務所ではない。彼らに必要なのはあくまでも自社の契約者が死亡、被災した際の情報であり、いちいち街で起こった事故や事件を記録してもあまり意味はないのだった。
「ここにあるのはあくまでも、この街でウルリッヒ保険に入ってた人に関するデータだからなぁ。清音ちん説の”小田桐さんじゃない誰か”が仮に居たとしても、他社の保険に入ってたりそもそも保険に入ってなかったらお手上げだぁよ。新聞の方を調べてみた方がいいんじゃね?」
新聞社と契約を結ぶと、かなり昔の記事にまでさかのぼって記事を検索することが出来る。再びウルリッヒの仮パスワードでアクセスし、『元城市』や『事故』『事件』といったキーワードで記事を絞り込んでいく。だが、今度は数が多すぎてとてもすぐにチェックできるものではない。
「こうしてみると、一つの街でも小さな事件は毎日起こっているんですね」
それでも一つ一つヒットしたデータを調べていた清音だが、さすがに限界を感じたらしく、座ったまま大きく伸びをする。
「あんまり今から根詰めてもしゃあないやね。これでも飲みなよ清音ちん」
「ありがとうございます……ってこれビールじゃないですか!」
今さら固いこと言ってもはじまらないじゃん、とプルタブを押し込みながら土直神。ちゃぶ台の上を見てため息をつく。
「あーあーこんなに菓子なんかたくさん買い込んじゃってまあ」
「いいんですよっ。昨日と今日はほとんどお金を使ってないんですから」
一日山歩きをしたら甘いものが食べたくなったのである。と、その様をしげしげと眺めて、土直神がぼそりと呟く。
「……清音ちん、もしかしてダイエットする度にリバウンドするタイプだろ」
マウスをクリックする音がはたと止まり、ぎ、ぎ、ぎと清音の首がこちらを向く。
「ナ、ナゼ、ソレ、ヲ」
土直神は頭を抱える。
「……二回節約したから三回目はお金を使っていい、って考えるタイプの人は、朝昼抜いたから夜は豪華に食べていい、って考えちゃうんだよねー。一番太るパターンなのに」
「ほ、ほっといてくださいよ!」
「怒らない怒らない。ストレスためるとまーた太るよ……って痛ェ!き、清音ちんマウスを投げるのはよくないな……ちょっと!ディスプレイはだめだろディスプレイは!?」
「問答無用ッ!!」
畳の上にふくれて正座する清音の前に、ちゃぶ台を挟んで土直神と四堂が座っている。
今三人がいるのは、彼らが今夜の宿と定めた、元城駅前にあるウルリッヒ保険御用達のビジネスホテル……とは一応名乗ってはいるものの、どうやら元々は旅館だった建物が、出張客を当て込んでホテルに転身したというのが正直なところのようだった……である。
畳、ちゃぶ台、押し入れ、床の間。部屋自体は多少古いものの、清掃が行き届いており快適である。お値打ち価格で手足もゆっくり伸ばせてその上なにより自分でご飯を炊かなくてもいい!ので、そのことについては清音は全く異存がない。問題は。
「だって。線がつながらないんですよっ」
ぶうぶうと文句を言いながら、テレビ台に据え付けられたPCと、土直神に借りたLANケーブル、そして壁に取り付けられた差し込み口を順番に指さす。事件について調べてみます、と言ってはみたものの、まさかネットに繋ぐことすら出来ないとは思ってもみなかったのである。
「徳田サンに聞けば良かったのに」
「さすがにもう帰ってしまいましたよ。自宅で書類仕事をしなきゃいけないそうです」
「土曜だってのに社会人は大変だねぇ。ま、いーけどサ。清音ちゃんがメカ音痴ってのは今さらだし。……ってうわぁ、これモジュラージャックじゃないか!」
珍しい昆虫でも見つけたように、呆れ半分はしゃぎ半分の声をあげる土直神。
「ひっさしぶりに見たなー。ってか、ビジネスホテルでダイヤルアップとかISDNってアリなのか!?でも徳田サンはブロードバンドは使えるって言ってたし……あー」
「ワイアレスが導入されているようだな」
清音にはさっぱりわからない会話を交わす男二人。こちらはすでに一風呂浴びて、浴衣に着替えている。
自販機で買い込んできたビールを片手にあぐらをかく土直神と、対照的に膝を開いた正座の四堂。鉄の棒でも入っているのではないかと思わせる伸びた背筋は、例え今この瞬間に敵が乱入してきても、即座に叩き伏せる気構えであることを伺わせる。
「んだね。じゃあアンテナを優先にして……ほい、これでOKだぁよ」
ケーブルが引っこ抜かれたPCの画面を確認すると、確かにネットに繋げられるようになっていた。なんでケーブルを抜くとネットにつながるのか。清音からすると、術法などよりよほど魔法じみている。
「まあ、いいです。つながったら後は私でもわかりますから」
ウルリッヒの社員用ページへのアクセス自体は清音も慣れている。任務をこなす度に、このページから報酬を請求しているので嫌でも覚えざるを得ないのだった。自宅にPCなんかない清音は、一時は学校の視聴覚室から授業中にアクセスしていたこともあった。
「ここ数年、この元城市で起こった事故と事件……」
徳田から借りた仮パスワードで、ウルリッヒ保険北関東支店のデータベースにアクセスする。あの”幽霊”の正体は本当に小田桐剛史なのか。それを確かめたかったのだが。
「……うう、全然情報が載ってません」
「あちゃあ。まーそーだとは思ってたけど」
ウルリッヒ保険はあくまでも保険会社であって、興信所や調査事務所ではない。彼らに必要なのはあくまでも自社の契約者が死亡、被災した際の情報であり、いちいち街で起こった事故や事件を記録してもあまり意味はないのだった。
「ここにあるのはあくまでも、この街でウルリッヒ保険に入ってた人に関するデータだからなぁ。清音ちん説の”小田桐さんじゃない誰か”が仮に居たとしても、他社の保険に入ってたりそもそも保険に入ってなかったらお手上げだぁよ。新聞の方を調べてみた方がいいんじゃね?」
新聞社と契約を結ぶと、かなり昔の記事にまでさかのぼって記事を検索することが出来る。再びウルリッヒの仮パスワードでアクセスし、『元城市』や『事故』『事件』といったキーワードで記事を絞り込んでいく。だが、今度は数が多すぎてとてもすぐにチェックできるものではない。
「こうしてみると、一つの街でも小さな事件は毎日起こっているんですね」
それでも一つ一つヒットしたデータを調べていた清音だが、さすがに限界を感じたらしく、座ったまま大きく伸びをする。
「あんまり今から根詰めてもしゃあないやね。これでも飲みなよ清音ちん」
「ありがとうございます……ってこれビールじゃないですか!」
今さら固いこと言ってもはじまらないじゃん、とプルタブを押し込みながら土直神。ちゃぶ台の上を見てため息をつく。
「あーあーこんなに菓子なんかたくさん買い込んじゃってまあ」
「いいんですよっ。昨日と今日はほとんどお金を使ってないんですから」
一日山歩きをしたら甘いものが食べたくなったのである。と、その様をしげしげと眺めて、土直神がぼそりと呟く。
「……清音ちん、もしかしてダイエットする度にリバウンドするタイプだろ」
マウスをクリックする音がはたと止まり、ぎ、ぎ、ぎと清音の首がこちらを向く。
「ナ、ナゼ、ソレ、ヲ」
土直神は頭を抱える。
「……二回節約したから三回目はお金を使っていい、って考えるタイプの人は、朝昼抜いたから夜は豪華に食べていい、って考えちゃうんだよねー。一番太るパターンなのに」
「ほ、ほっといてくださいよ!」
「怒らない怒らない。ストレスためるとまーた太るよ……って痛ェ!き、清音ちんマウスを投げるのはよくないな……ちょっと!ディスプレイはだめだろディスプレイは!?」
「問答無用ッ!!」
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