人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
231 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆13:幽霊あらわる−2

しおりを挟む
「って、また走るのかよ!」

 誰にともなく悪態をつき、逃げる人影を追ってひたすらに全力疾走。

「肉体労働は、おれの担、当じゃない、ってぇのに!」

 おれが悪態をつく間にも、小田桐氏は背広を翻して走り続ける。スポーツクラブの建物をカベ沿いに回り込み、裏手へと抜けていくその姿を追って、さらに走る、走る。

 クラブの裏は駐車場になっており、ごくささやかな雑木林を経て河へと続いていた。おれが角を曲がって駐車場にたどり着くと、果たして男の姿は、煙のようにかき消えていた。

 すでに西の太陽はその下端を、板東山の山頂にかすらせており、都内では見ることの出来ない、十月の巨大な夕焼けがおれの視界に飛び込んでくる。

 赤から紫へと鮮やかなグラデーションを描く空の下で、ひたすらあえぎ、肩で息をすること一分。どうにか酸素を補給し落ち着いたところで、おれは駐車場を横切り、雑木林へと慎重に足を進める。見失った、とは思わない。わざわざご指名でおれの前に姿を現した以上は――

 
『――墓荒らしよ。なぜ死者の尊厳と安息を妨げようとする?』

 
 何処からか、そんな声が響いた。

 何処、とは比喩ではない。雑木林の奥からか、はたまたその向こうの河原からか。あるいはスポーツクラブの建物の陰からか。遠くに近くに響く、不可思議な声。

 
『死とは終わりだ。死ねばこれ以上何かを得ることはない。だから死とは恐怖だ』

 
 不思議な声だった。時に野太い男の声になったかと思うと、唐突に甲高い女の声に転じる。一つの言葉ごとに老いては若返り、怒号したかと思えば、一転して悲嘆にくれてみせる。それでありながら、言葉としては一糸も乱れてはいないのだ。

 まるで何人もの人間が喋った同じ台詞を、あちこちに取り付けられたスピーカーからランダムに放送しているかのような幻覚を覚えた。グラデーションが東から西へと流れ、急速に夜の闇へと沈んでいく世界。

 闇の向こうから聞こえるこの声は……到底この世のものとも思えなかった。そういえばこういう時間帯を『逢魔ヶ時』というのではなかったか。

 
『死とは終わりだ。死ねばこれ以上何かを失うことはない。だから死とは安らぎだ』

 
 朗々と響く声。おれが右を向けば左から。左を向けば今度は真後ろから。目に見えない何者かが、おれにまとわりつきながら語りかけてくる。

 
『愚者でも最期に善い事を為せば聖人となり、英雄でも最期に凶事を為せば姦賊に堕ちる。人は死した時点で評価が確定し、それ以上もそれ以下ももはや存在しなくなる』


 おれは立ち止まり、周囲に目を配る。どうせ居所がわからないのであれば、動くだけ無駄だった。


『墓を暴くということは、固定された死を覆すという行為だ。だからこそ、墓荒らしは罪である』

 
 気の弱い人間ならアタマがおかしくなりそうな幻惑の声。だが、

「へーぇ。二十一世紀の幽霊はずいぶんと喋るもんだな」

 幸か不幸か、本当に・・・この世ならざるモノの声を脳裏でしょっちゅう聞いている『召喚師』にしてみれば、こけおどし以外の何者でもない。

「おれがガキの頃やってたホラー番組と特撮番組じゃあ、霊と怪人は喋らないのが一番コワイってセオリーだったんだがね。最近はどっちもCGに頼り切りで情けない限りだぜ」

 霊だろうが悪魔だろうが知ったことではない。少なくともコイツは意志が疎通できる相手であり、意志が疎通できれば理性的な解決が可能だと言うことだ。あちらの思惑はどうか知らないが、喋れば喋るほど、おれの方は冷静さを増していた。

「……で。一体おれに何の用だ?そろそろ顔を見せなよ、”小田桐剛史氏の幽霊サン”」

 おれの質問は、しばしの沈黙を以て報われた。その時、おれはひとつ、決定的な食い違いに気がついた。奴はいま、墓荒らしは罪、だとか言った。だがそもそもおれ達がここに来た理由は……と。いうことは。あれがこうしてこうなって……つまりは、こういう事か?

 頭の中で高速に推論が組み立てられ、おれは一つカマをかけてみる気になった。

「なあ。墓荒らしは・・・・・おれ達じゃない・・・・・・・たぶん・・・あいつらの方だぜ・・・・・・・・
『――何?』

 幻惑の声がはたと止む。幽霊が息を呑む、ってのは変だよなあ、と、おれはこんな状況にも関わらず笑い出しそうになった。

『では、貴様達は何者だ?』
「ああ。おれ達は、オマケで・・・・引っかかった方・・・・・・・だよ。おれ達は、ただ幽霊を・・・・・探しに来ただけだ・・・・・・

 こういう例えが正しいのかはわからないが、カニ漁船に引き上げられたサンマのようなものだ。唐突に幻惑の声が止み、壮年の男性を思わせる力強い声になった。

『ああ。……そういう事か。私は愚かな間違いをしていたということか』

 カマが一つ引っかかったことで、おれは自分の推測が正しかったことを知った。

「多分そうだ。おれ達は、舞台にずかずか上がりこんできた配役にないメンバー、って事なんだろ?それでアンタは脚本家としておれ達の真意を確かめるために来たって事か」
『私は脚本家ではない、がな――』

 ”幽霊”の声。それは逢魔ヶ時の魔物の声などではすでになく、一個の人間のものだった。なんとも間抜けな話ではある。勘違いと予定違いが、それぞれの思惑を大きくずらしてしまっていただけ、という事か。

「……で。どうする?おれ達は争う必要がないように思うんだがな?」

 おれは腕を広げて、敵意のなさを示す。

「――確かに。どうやらお前の言うとおりのようだ」

 ややあって、雑木林の奥からその声は聞こえた。もう、声の出所を隠すつもりもなさそうだった。どうやら”幽霊”は雑木林の向こうから、なにがしかの技法を用いて、声の高さと方向を変えながらおれに語りかけていたらしい。

 おれは一つ、大きなため息をついた。あまりのアホらしさに、安堵と疲労が一気におそってきたのだった。

「やーれやれ。じゃあこれでおれ達は任務解決だな。日帰り任務で終わりそうで何よりだ」
「そうなのか?」
「ああ。だって、どっちにしろもうすぐ幽霊は出なく・・・・・・なるんだろ・・・・・?」
「……そう、だな」

 雑木林の向こうの”幽霊”が、そう告げる。その声が心なしか気落ちしている様子なのが、おれには引っかかった。

「なんだよ一体……って。ああ。三人も来るとは思わなかった、ってことか?」

 ”幽霊”が頷く気配があった。さもありなん。あんな化け物共が出てくるとは想定の範囲外だったのだろう。と、そこでおれの脳裏に一つ、閃くものがあった。

「……なあ。どうせなら顔を合わせて話をしないか?アンタが姿を隠している理由は、多分おれ達の方には関係ない」

 その声に応じ突如、雑木林の向こうからがさりがさりという音がしたかと思うと。

 ――唐突に。おれの前に、”幽霊”が、その姿を現した。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...