228 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆12:ブレイク&リコール(サイドA)−3
しおりを挟む
これ以上アシスタントに気を使わせるのもどうかと思い、おれは自分から本題に踏み込むことにした。そう、戦闘を終えて冷静に状況を整理してみれば、ひとつ見過ごすことの出来ない言葉が混じっていることに気がつく。かつての知り合いシドウが語った、亘理陽司の過去の一端。
「ボク、あんな奴の言うこと信じてないからね、だから陽司も」
「――さてここでクイズです。お前の見立てる所、おれは何人殺してるでしょう?」
この娘が、自分自身に嘘をつくのは似合わない。おれは意地悪な質問で、敢えて逃げ道を塞いだ。……誰にとっての逃げ道なのかは知らないが。
この娘は相対した敵を良く読む。洞察力はまるで足りないくせに、些細な仕草や、攻撃における踏み込みの深さなどから、『なんとなくどんな人間か』を読み取るのだ。力量、士気、覚悟。
いざという時、人の命を奪うことが出来る種類の人間なのか。
奪った事がある人間なのか。
ならば――気づいていないわけがないのだ。亘理陽司がどういった類の人間なのか。
おれの質問に、真凛が顔をくしゃくしゃにする。どれだけ感情が否定しても、彼女の稀なる武術家としての資質は、間違いなく正しい判断を下しているのだろう。
二ヶ月程前ならどれだけ問い詰められようが、適当に煙に巻いてあしらう手もあった。
しかしコイツが本気でこの業界に踏み込もうと……いや、おれのアシスタントを務めようとしている以上、いずれは表面化する問題ではあったのだ。答えを待たず、おれは解答を口にする。
「ま。実際のところカウントしてないんで正確な人数はわからん。直接ならたぶん四桁に届くくらい。間接も含めても、たぶん五桁の大台には乗ってはいないと思うが自信がない。そんなとこだ」
ついこの間も、『毒竜』を処理している。今さらたいした感慨はない。一人殺すのも二人殺すのも同じ、という言葉は間違いだ。二人殺せば、間違いなく罪は倍重い。……だが、このルールを適用するならば。10,000人殺すのと10,001人殺すのでは、罪の総量はわずか0.01%しか違わない。つまりはそういうことなのだ。
機械的にコーヒー牛乳のビンを口元に運びながら、おれは自分の言葉が真凛に染み渡る時間を待つ。胸にわだかまっていた苦いものは、今や苦い後悔へと変わりつつあった。やはり何としても煙に巻いておくべきだったかと。
あるいは、半年前コイツがウチの事務所にお粗末な履歴書を持って面接に来た時。どうせすぐに辞めるだろう、などと考えず、一人の方が気楽だからアシスタントなど要らねぇよ、と最後まで抵抗すべきだったのではないかと。
ま、今となってはどちらももう遅すぎる話だが。うつむく真凛に、おれは声をかける。
「つまりは、あのヤロウの言った事は本当だってことだ。だからお前も――」
「――ゼロ」
唐突に意味不明な単語をかぶせられて、おれは話の腰をキレイに折られた。
「……何だ?ゼロって」
「だからさっきのアンタの質問だよ。答えはゼロ。ボクの見立てるところ、アンタは一人も殺してない」
今度は、コイツの言葉がおれに染み渡るまでに時間がかかった。そして理解すると同時に、おれは何だか無性に腹立たしくなった。
「おい、お前おれの話聞いてるか?たった今ちゃんと答えを言っただろうが」
するとこの娘、顔を上げておれを真っ向からにらみ返してこう言ったものである。
「アンタの言うことなんて信じない」
おれは音高くコーヒー牛乳のビンを卓にたたき付けて立ち上がる。
「あのな真凛、お前がわからないはずないだろうが」
「わかるよ。だからゼロって言ってる」
「この……!」
頭の悪いループにはまりかけていることを自覚しつつ、抜け出すことが出来ない。わけのわからない腹立ちは収まらず、ついに激発しようとして、
「――だって。それをやったのは本当にアンタなの?陽司」
おれはその場ですべての動きを止めていた。
「ボク、あんな奴の言うこと信じてないからね、だから陽司も」
「――さてここでクイズです。お前の見立てる所、おれは何人殺してるでしょう?」
この娘が、自分自身に嘘をつくのは似合わない。おれは意地悪な質問で、敢えて逃げ道を塞いだ。……誰にとっての逃げ道なのかは知らないが。
この娘は相対した敵を良く読む。洞察力はまるで足りないくせに、些細な仕草や、攻撃における踏み込みの深さなどから、『なんとなくどんな人間か』を読み取るのだ。力量、士気、覚悟。
いざという時、人の命を奪うことが出来る種類の人間なのか。
奪った事がある人間なのか。
ならば――気づいていないわけがないのだ。亘理陽司がどういった類の人間なのか。
おれの質問に、真凛が顔をくしゃくしゃにする。どれだけ感情が否定しても、彼女の稀なる武術家としての資質は、間違いなく正しい判断を下しているのだろう。
二ヶ月程前ならどれだけ問い詰められようが、適当に煙に巻いてあしらう手もあった。
しかしコイツが本気でこの業界に踏み込もうと……いや、おれのアシスタントを務めようとしている以上、いずれは表面化する問題ではあったのだ。答えを待たず、おれは解答を口にする。
「ま。実際のところカウントしてないんで正確な人数はわからん。直接ならたぶん四桁に届くくらい。間接も含めても、たぶん五桁の大台には乗ってはいないと思うが自信がない。そんなとこだ」
ついこの間も、『毒竜』を処理している。今さらたいした感慨はない。一人殺すのも二人殺すのも同じ、という言葉は間違いだ。二人殺せば、間違いなく罪は倍重い。……だが、このルールを適用するならば。10,000人殺すのと10,001人殺すのでは、罪の総量はわずか0.01%しか違わない。つまりはそういうことなのだ。
機械的にコーヒー牛乳のビンを口元に運びながら、おれは自分の言葉が真凛に染み渡る時間を待つ。胸にわだかまっていた苦いものは、今や苦い後悔へと変わりつつあった。やはり何としても煙に巻いておくべきだったかと。
あるいは、半年前コイツがウチの事務所にお粗末な履歴書を持って面接に来た時。どうせすぐに辞めるだろう、などと考えず、一人の方が気楽だからアシスタントなど要らねぇよ、と最後まで抵抗すべきだったのではないかと。
ま、今となってはどちらももう遅すぎる話だが。うつむく真凛に、おれは声をかける。
「つまりは、あのヤロウの言った事は本当だってことだ。だからお前も――」
「――ゼロ」
唐突に意味不明な単語をかぶせられて、おれは話の腰をキレイに折られた。
「……何だ?ゼロって」
「だからさっきのアンタの質問だよ。答えはゼロ。ボクの見立てるところ、アンタは一人も殺してない」
今度は、コイツの言葉がおれに染み渡るまでに時間がかかった。そして理解すると同時に、おれは何だか無性に腹立たしくなった。
「おい、お前おれの話聞いてるか?たった今ちゃんと答えを言っただろうが」
するとこの娘、顔を上げておれを真っ向からにらみ返してこう言ったものである。
「アンタの言うことなんて信じない」
おれは音高くコーヒー牛乳のビンを卓にたたき付けて立ち上がる。
「あのな真凛、お前がわからないはずないだろうが」
「わかるよ。だからゼロって言ってる」
「この……!」
頭の悪いループにはまりかけていることを自覚しつつ、抜け出すことが出来ない。わけのわからない腹立ちは収まらず、ついに激発しようとして、
「――だって。それをやったのは本当にアンタなの?陽司」
おれはその場ですべての動きを止めていた。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

会社でのハラスメント・・・ その一斉メール必要ですか?
無責任
経済・企業
こんな事ありますよね。ハラスメントなんて本当に嫌
現代社会において普通に使われているメール。
それを使った悪質な行為。
それに対する戦いの記録である。
まぁ、フィクションですが・・・。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
極東奪還闘争
又吉秋香
経済・企業
ウラジオストクへ農業進出した時に巻き起こった農地の争奪戦を小説としてリポートする。韓国が国ぐるみで巨大農場を建設したり、中国企業の暗躍。
将来の食料不足に備え農地を獲得すべく各国が入り乱れて「ランドラッシュ」を繰り広げる中で、日本はこの現実にどう向かい合うべきなのか。「食料問題」という観点から人類の未来を検証する。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる