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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆12:ブレイク&リコール(サイドA)−3
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これ以上アシスタントに気を使わせるのもどうかと思い、おれは自分から本題に踏み込むことにした。そう、戦闘を終えて冷静に状況を整理してみれば、ひとつ見過ごすことの出来ない言葉が混じっていることに気がつく。かつての知り合いシドウが語った、亘理陽司の過去の一端。
「ボク、あんな奴の言うこと信じてないからね、だから陽司も」
「――さてここでクイズです。お前の見立てる所、おれは何人殺してるでしょう?」
この娘が、自分自身に嘘をつくのは似合わない。おれは意地悪な質問で、敢えて逃げ道を塞いだ。……誰にとっての逃げ道なのかは知らないが。
この娘は相対した敵を良く読む。洞察力はまるで足りないくせに、些細な仕草や、攻撃における踏み込みの深さなどから、『なんとなくどんな人間か』を読み取るのだ。力量、士気、覚悟。
いざという時、人の命を奪うことが出来る種類の人間なのか。
奪った事がある人間なのか。
ならば――気づいていないわけがないのだ。亘理陽司がどういった類の人間なのか。
おれの質問に、真凛が顔をくしゃくしゃにする。どれだけ感情が否定しても、彼女の稀なる武術家としての資質は、間違いなく正しい判断を下しているのだろう。
二ヶ月程前ならどれだけ問い詰められようが、適当に煙に巻いてあしらう手もあった。
しかしコイツが本気でこの業界に踏み込もうと……いや、おれのアシスタントを務めようとしている以上、いずれは表面化する問題ではあったのだ。答えを待たず、おれは解答を口にする。
「ま。実際のところカウントしてないんで正確な人数はわからん。直接ならたぶん四桁に届くくらい。間接も含めても、たぶん五桁の大台には乗ってはいないと思うが自信がない。そんなとこだ」
ついこの間も、『毒竜』を処理している。今さらたいした感慨はない。一人殺すのも二人殺すのも同じ、という言葉は間違いだ。二人殺せば、間違いなく罪は倍重い。……だが、このルールを適用するならば。10,000人殺すのと10,001人殺すのでは、罪の総量はわずか0.01%しか違わない。つまりはそういうことなのだ。
機械的にコーヒー牛乳のビンを口元に運びながら、おれは自分の言葉が真凛に染み渡る時間を待つ。胸にわだかまっていた苦いものは、今や苦い後悔へと変わりつつあった。やはり何としても煙に巻いておくべきだったかと。
あるいは、半年前コイツがウチの事務所にお粗末な履歴書を持って面接に来た時。どうせすぐに辞めるだろう、などと考えず、一人の方が気楽だからアシスタントなど要らねぇよ、と最後まで抵抗すべきだったのではないかと。
ま、今となってはどちらももう遅すぎる話だが。うつむく真凛に、おれは声をかける。
「つまりは、あのヤロウの言った事は本当だってことだ。だからお前も――」
「――ゼロ」
唐突に意味不明な単語をかぶせられて、おれは話の腰をキレイに折られた。
「……何だ?ゼロって」
「だからさっきのアンタの質問だよ。答えはゼロ。ボクの見立てるところ、アンタは一人も殺してない」
今度は、コイツの言葉がおれに染み渡るまでに時間がかかった。そして理解すると同時に、おれは何だか無性に腹立たしくなった。
「おい、お前おれの話聞いてるか?たった今ちゃんと答えを言っただろうが」
するとこの娘、顔を上げておれを真っ向からにらみ返してこう言ったものである。
「アンタの言うことなんて信じない」
おれは音高くコーヒー牛乳のビンを卓にたたき付けて立ち上がる。
「あのな真凛、お前がわからないはずないだろうが」
「わかるよ。だからゼロって言ってる」
「この……!」
頭の悪いループにはまりかけていることを自覚しつつ、抜け出すことが出来ない。わけのわからない腹立ちは収まらず、ついに激発しようとして、
「――だって。それをやったのは本当にアンタなの?陽司」
おれはその場ですべての動きを止めていた。
「ボク、あんな奴の言うこと信じてないからね、だから陽司も」
「――さてここでクイズです。お前の見立てる所、おれは何人殺してるでしょう?」
この娘が、自分自身に嘘をつくのは似合わない。おれは意地悪な質問で、敢えて逃げ道を塞いだ。……誰にとっての逃げ道なのかは知らないが。
この娘は相対した敵を良く読む。洞察力はまるで足りないくせに、些細な仕草や、攻撃における踏み込みの深さなどから、『なんとなくどんな人間か』を読み取るのだ。力量、士気、覚悟。
いざという時、人の命を奪うことが出来る種類の人間なのか。
奪った事がある人間なのか。
ならば――気づいていないわけがないのだ。亘理陽司がどういった類の人間なのか。
おれの質問に、真凛が顔をくしゃくしゃにする。どれだけ感情が否定しても、彼女の稀なる武術家としての資質は、間違いなく正しい判断を下しているのだろう。
二ヶ月程前ならどれだけ問い詰められようが、適当に煙に巻いてあしらう手もあった。
しかしコイツが本気でこの業界に踏み込もうと……いや、おれのアシスタントを務めようとしている以上、いずれは表面化する問題ではあったのだ。答えを待たず、おれは解答を口にする。
「ま。実際のところカウントしてないんで正確な人数はわからん。直接ならたぶん四桁に届くくらい。間接も含めても、たぶん五桁の大台には乗ってはいないと思うが自信がない。そんなとこだ」
ついこの間も、『毒竜』を処理している。今さらたいした感慨はない。一人殺すのも二人殺すのも同じ、という言葉は間違いだ。二人殺せば、間違いなく罪は倍重い。……だが、このルールを適用するならば。10,000人殺すのと10,001人殺すのでは、罪の総量はわずか0.01%しか違わない。つまりはそういうことなのだ。
機械的にコーヒー牛乳のビンを口元に運びながら、おれは自分の言葉が真凛に染み渡る時間を待つ。胸にわだかまっていた苦いものは、今や苦い後悔へと変わりつつあった。やはり何としても煙に巻いておくべきだったかと。
あるいは、半年前コイツがウチの事務所にお粗末な履歴書を持って面接に来た時。どうせすぐに辞めるだろう、などと考えず、一人の方が気楽だからアシスタントなど要らねぇよ、と最後まで抵抗すべきだったのではないかと。
ま、今となってはどちらももう遅すぎる話だが。うつむく真凛に、おれは声をかける。
「つまりは、あのヤロウの言った事は本当だってことだ。だからお前も――」
「――ゼロ」
唐突に意味不明な単語をかぶせられて、おれは話の腰をキレイに折られた。
「……何だ?ゼロって」
「だからさっきのアンタの質問だよ。答えはゼロ。ボクの見立てるところ、アンタは一人も殺してない」
今度は、コイツの言葉がおれに染み渡るまでに時間がかかった。そして理解すると同時に、おれは何だか無性に腹立たしくなった。
「おい、お前おれの話聞いてるか?たった今ちゃんと答えを言っただろうが」
するとこの娘、顔を上げておれを真っ向からにらみ返してこう言ったものである。
「アンタの言うことなんて信じない」
おれは音高くコーヒー牛乳のビンを卓にたたき付けて立ち上がる。
「あのな真凛、お前がわからないはずないだろうが」
「わかるよ。だからゼロって言ってる」
「この……!」
頭の悪いループにはまりかけていることを自覚しつつ、抜け出すことが出来ない。わけのわからない腹立ちは収まらず、ついに激発しようとして、
「――だって。それをやったのは本当にアンタなの?陽司」
おれはその場ですべての動きを止めていた。
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