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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆09:『派遣社員』VS『派遣社員』−3
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清音にはこの霊の言っている言葉の意味がまったくわからなかった。というより、行動そのものが理解できない。錯乱して意味のわからない言葉を叫ぶ霊や、狂気に触れた霊と相対したことはある。だが、この霊には、むしろ冷静極まりない理性が感じられる。だからこそこの霊の言っていることが理解できなかった。
「でも。貴方の霊がここにこうして居るということ自体が、貴方の死亡を、」
”なぜそう言いきれるのかね”
「なぜって、それは、」
”幽霊、という存在は所詮、科学的にも、あるいは君の使うような特殊な能力においても、正式に証明された存在ではない。今ここにいる私は、その小田桐剛史とやらのただの残留思念かも知れない。あるいは、そうだな、君自身の意識が作り出した妄想かも知れない”
「そんなことはありません!」
自分の能力を妄想と否定されたのでは、巫女として清音の立つ瀬がない。だが反面、以前、土直神が言っていたことも思い出す。”もしかしたら、霊との会話は、実際は鏡のように、霊に話しかける形を取りながら自分の予知能力を発揮しているだけなのかも”と。
清音が戸惑ったのを感じてか、霊の気配がすこし和らいだ。
”……すまない。たしかにそうだな。君の能力は本物だ。私が言いたいのはね。死んだ人間の魂が幽霊になる、などという証明は、誰もしてみせたことはないということだよ”
「そ、それでは。小田桐さん、貴方は今、どこにいるのですか?」
”探してみるといい。意外と、近くにいるかも知れないぞ”
チューニングがずれた。ひとつ風を震わせると、小田桐剛史であるはずの見えない”霊”の気配は、急速にノイズ混じりのものになって溶けていった。
「小田桐さん?、小田桐さん!!」
しかし返事は、なかった。森の中に清音の声だけが虚しく響く。
「……いったいどうなっているんでしょう?」
よりにもよって最も肝心な、亡骸のある場所を教えてくれないということは、清音にとっては完全に想定外の事態である。
こういった仕事はすでに何度か請け負ったことがあるが、通常、不慮の死に遭った人の霊には、圧倒的な”孤独”の思念が焼きついている。彼らは例外なく、親しい人に今一度会いたいと思っている。そして、人の通らない事故現場ではなく、自らのかつて知ったる場所や、祖先の隣で眠りにつきたいと、そう望んでいるのだ。
だから彼らから「早く俺を見つけてくれ」と急かされることはあっても、「見つけたければ探してみろ」などと言われることは、まずありえない。
冷たく暗い土中に何ヶ月も、あるいは何十年も取り残される孤独は、想像すら及ばぬ苦痛だと思う。それを圧してまで、自分の遺体を見つけてほしくない理由があるとでもいうのか。はたまた――本当に、死んではいないのだろうか?
「小田桐さん、どういうことですか?事情があれば、私に話していただければ――」
とにかくもう一度、聞かなければ。そう思ったとき、不意に清音の意識に強いノイズが走った。
「……ぅあっ!!」
耳元でいきなりガラスを引っかく音を聞かされたような不快感。たまらず集中が途切れてしまった。異変を察知した土直神が、すぐに駆け寄ってくる。
「どうしたん!?清音ちゃん」
「……気が乱れています。この近くで、何か強く激しい感情が渦巻いて……」
清音が正座を解いて立ち上がる。それを契機としたのか、二つある気配のうち、自らを小田桐と名乗った方は、完全に存在感が消失した。立ち上がる際に、儀式を妨害されたフィードバックが一気に押し寄せてきて、軽くよろける。
「おいおいなんだあ?ハイキングの団体さんでも押し寄せて来たってかい」
舌打ちする土直神。清音の霊との会話――神下ろしは、風という形の定まらないものを媒介にして行われる。その利点として、死者がどこにいるかわからなくとも、あるいは亡骸や遺品などの直接の接点を持たなくても、だいたいの位置さえわかれば会話が可能になる。
その反面、近くに騒がしいもの……騒音や電子機器、あるいは誰かの強い感情といったものが近くにあると、途端にその効力が落ちてしまうのだった。だからこそ土直神達は沈黙を保っていたというのに。だが、清音はかぶりを振った。
「いえ……そんな生易しくありません。これ、近くで戦いが起こっているんじゃないでしょうか」
全員が顔を見合わせる。今回はあくまで調査だ。こんな山奥で突発的に戦闘が発生する事などありえないはずなのだが。
「もしかして、四堂さん?」
斜面の方角へ視線を転じる土直神。森の奥、土砂によって切り裂かれた一本道は昼なお暗く、まるで洞穴のようにぽっかりとその口を開いていた。
「でも。貴方の霊がここにこうして居るということ自体が、貴方の死亡を、」
”なぜそう言いきれるのかね”
「なぜって、それは、」
”幽霊、という存在は所詮、科学的にも、あるいは君の使うような特殊な能力においても、正式に証明された存在ではない。今ここにいる私は、その小田桐剛史とやらのただの残留思念かも知れない。あるいは、そうだな、君自身の意識が作り出した妄想かも知れない”
「そんなことはありません!」
自分の能力を妄想と否定されたのでは、巫女として清音の立つ瀬がない。だが反面、以前、土直神が言っていたことも思い出す。”もしかしたら、霊との会話は、実際は鏡のように、霊に話しかける形を取りながら自分の予知能力を発揮しているだけなのかも”と。
清音が戸惑ったのを感じてか、霊の気配がすこし和らいだ。
”……すまない。たしかにそうだな。君の能力は本物だ。私が言いたいのはね。死んだ人間の魂が幽霊になる、などという証明は、誰もしてみせたことはないということだよ”
「そ、それでは。小田桐さん、貴方は今、どこにいるのですか?」
”探してみるといい。意外と、近くにいるかも知れないぞ”
チューニングがずれた。ひとつ風を震わせると、小田桐剛史であるはずの見えない”霊”の気配は、急速にノイズ混じりのものになって溶けていった。
「小田桐さん?、小田桐さん!!」
しかし返事は、なかった。森の中に清音の声だけが虚しく響く。
「……いったいどうなっているんでしょう?」
よりにもよって最も肝心な、亡骸のある場所を教えてくれないということは、清音にとっては完全に想定外の事態である。
こういった仕事はすでに何度か請け負ったことがあるが、通常、不慮の死に遭った人の霊には、圧倒的な”孤独”の思念が焼きついている。彼らは例外なく、親しい人に今一度会いたいと思っている。そして、人の通らない事故現場ではなく、自らのかつて知ったる場所や、祖先の隣で眠りにつきたいと、そう望んでいるのだ。
だから彼らから「早く俺を見つけてくれ」と急かされることはあっても、「見つけたければ探してみろ」などと言われることは、まずありえない。
冷たく暗い土中に何ヶ月も、あるいは何十年も取り残される孤独は、想像すら及ばぬ苦痛だと思う。それを圧してまで、自分の遺体を見つけてほしくない理由があるとでもいうのか。はたまた――本当に、死んではいないのだろうか?
「小田桐さん、どういうことですか?事情があれば、私に話していただければ――」
とにかくもう一度、聞かなければ。そう思ったとき、不意に清音の意識に強いノイズが走った。
「……ぅあっ!!」
耳元でいきなりガラスを引っかく音を聞かされたような不快感。たまらず集中が途切れてしまった。異変を察知した土直神が、すぐに駆け寄ってくる。
「どうしたん!?清音ちゃん」
「……気が乱れています。この近くで、何か強く激しい感情が渦巻いて……」
清音が正座を解いて立ち上がる。それを契機としたのか、二つある気配のうち、自らを小田桐と名乗った方は、完全に存在感が消失した。立ち上がる際に、儀式を妨害されたフィードバックが一気に押し寄せてきて、軽くよろける。
「おいおいなんだあ?ハイキングの団体さんでも押し寄せて来たってかい」
舌打ちする土直神。清音の霊との会話――神下ろしは、風という形の定まらないものを媒介にして行われる。その利点として、死者がどこにいるかわからなくとも、あるいは亡骸や遺品などの直接の接点を持たなくても、だいたいの位置さえわかれば会話が可能になる。
その反面、近くに騒がしいもの……騒音や電子機器、あるいは誰かの強い感情といったものが近くにあると、途端にその効力が落ちてしまうのだった。だからこそ土直神達は沈黙を保っていたというのに。だが、清音はかぶりを振った。
「いえ……そんな生易しくありません。これ、近くで戦いが起こっているんじゃないでしょうか」
全員が顔を見合わせる。今回はあくまで調査だ。こんな山奥で突発的に戦闘が発生する事などありえないはずなのだが。
「もしかして、四堂さん?」
斜面の方角へ視線を転じる土直神。森の奥、土砂によって切り裂かれた一本道は昼なお暗く、まるで洞穴のようにぽっかりとその口を開いていた。
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