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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆07:遭遇-encounter!- −1
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「~~~~ぁいでででででででっ!!」
二十メートルの高さから、地肌が剥き出しの急斜面を一気に滑落する。なかなか得難い経験ではあるが、もちろん、好きでやっているわけではない。
「陽司!手を離すと死ぬよ!?」
上から響く真凛の声。おれは矢も盾もたまらず、斜面に垂らされた一本の縄――ワンアクションで縄バシゴや多節棍にも変形する万能縄バシゴ『ハン荷バル君』を必死でつかみなおす。
落下で加速された体重が衝撃となって、腕、肩、掌に一気にのしかかった。掌に線状に走る熱い感覚。
「がががっ……って、お、落ちる!落ちる落ちる!!」
とっさに斜面に足と膝をついて踏ん張るが、砂と土の脆い斜面は容易く崩れ、おれはさらに下へと滑り落ちてゆく。そのままさらに十メートルほど滑落し、
「ぐがっ!」
盛大に尾てい骨を打ったところで、ようやくおれは一番下に辿りつくことが出来た。と、追いかけるように落ちてきた砂と小石が、シャワーとなって顔面に降り注ぐ。
「ぶぇっ!」
口に入った砂を吐き出し、天井を遮る枝のカーテンの向こうに眼をこらす。崖の上、つまり先ほどまでおれが居た県道432号沿いのガードレールから、真凛がひょいと顔を出し、声を張り上げる。
「生きてる~!?」
「……ああ。何とか大丈夫だ~!」
こちらも声を張り上げて手を振る。
「……びっくりしたよ~!。そんなくらいで足を滑らさないでよ~!」
お前の基準で物事を判断するんじゃねーよ~、と叫ぼうとして砂を吸い込んでしまい、おれはむせた。
三十メートルの急斜面をロープ一本(安全ベルトなし)で降りるのは、救命レンジャーや軍人さんのお仕事である。運動嫌いの学生にはいささかハードルが高すぎるというものだ。ああくそ、ジャケットがボロボロになっちまった。
「お~い!俺達も行くから、しばらくそこで待っていろよ~!」
降り注ぐチーフの声に、「了解~!」と返事をして、おれは尻をさすりながら立ち上がった。ちくしょう、掌の皮がひどいことになってやがる。
発生した土砂崩れは県道432号を横断し、そのまま下の森まで流れ込んだという。
最も遺体が埋まっている可能性が高いポイントに向かうには、一度街まで戻って板東川を数時間かけて登るか、あるいは直接、県道の事故現場から崖を降りるかのどちらかしかない。
結局、おれ達は『ハン荷バル君』だのみの逆ロッククライミングに挑戦することにしたのだった。
「沢登りなんぞ時間がかかって疲れるからイヤだ、と主張しやがった阿呆は……おれか、くそ」
ここまで斜面が急だとは思っていなかったんだよなあ。
改めて周囲を見回すと、そこは完全な森の中だった。本来は人が歩くのはかなり難しいのだろうが、土砂崩れに切り裂かれた箇所が、一本の道となって緩やかに坂の下へと続いていた。
真凛達が追いついてくるまではやることもない。何の気無しに森の奥に目を凝らしていると、不意にがさり、と木々が鳴った。ネズミや蛇じゃあない。猿や犬、よりもさらに大きい。……おいおい。熊は勘弁して欲しいぜ?
と、敵意の無さを示すかのように森の奥から姿を現したのは、熊、ではなく、安っぽい背広姿の一人の男だった。ただしその体格は、熊と見間違えそうに大きい。男もおれに気づいたようで、しばし視線が交錯する。
片や、カジュアルな格好。片や、背広姿。どちらも荷物らしい荷物は持っていない。少なくとも、人気のない山奥の森で遭遇する相手ではなかった。
「自殺志願っすか?こういうところで首を吊ると地元に迷惑がかかるから――」
「学生か?ここはまだ崩落の危険がある。沢伝いに街へ――」
おれ達は互いに言葉を交わそうとし。
――そこで。
ようやく互いの正体に気づいた。
「……ワタリ。貴様、あのワタリ……か?」
「まさか……シドウ。シドウ・クロードか?」
すでに正午を過ぎて、晴天に陽は高く。だが鬱蒼とおい茂る森の枝に遮られ、光はほとんど届かない。土砂崩れの傷跡を吹き抜ける風が、葉を枝を、ざわざわとかき鳴らした。
二十メートルの高さから、地肌が剥き出しの急斜面を一気に滑落する。なかなか得難い経験ではあるが、もちろん、好きでやっているわけではない。
「陽司!手を離すと死ぬよ!?」
上から響く真凛の声。おれは矢も盾もたまらず、斜面に垂らされた一本の縄――ワンアクションで縄バシゴや多節棍にも変形する万能縄バシゴ『ハン荷バル君』を必死でつかみなおす。
落下で加速された体重が衝撃となって、腕、肩、掌に一気にのしかかった。掌に線状に走る熱い感覚。
「がががっ……って、お、落ちる!落ちる落ちる!!」
とっさに斜面に足と膝をついて踏ん張るが、砂と土の脆い斜面は容易く崩れ、おれはさらに下へと滑り落ちてゆく。そのままさらに十メートルほど滑落し、
「ぐがっ!」
盛大に尾てい骨を打ったところで、ようやくおれは一番下に辿りつくことが出来た。と、追いかけるように落ちてきた砂と小石が、シャワーとなって顔面に降り注ぐ。
「ぶぇっ!」
口に入った砂を吐き出し、天井を遮る枝のカーテンの向こうに眼をこらす。崖の上、つまり先ほどまでおれが居た県道432号沿いのガードレールから、真凛がひょいと顔を出し、声を張り上げる。
「生きてる~!?」
「……ああ。何とか大丈夫だ~!」
こちらも声を張り上げて手を振る。
「……びっくりしたよ~!。そんなくらいで足を滑らさないでよ~!」
お前の基準で物事を判断するんじゃねーよ~、と叫ぼうとして砂を吸い込んでしまい、おれはむせた。
三十メートルの急斜面をロープ一本(安全ベルトなし)で降りるのは、救命レンジャーや軍人さんのお仕事である。運動嫌いの学生にはいささかハードルが高すぎるというものだ。ああくそ、ジャケットがボロボロになっちまった。
「お~い!俺達も行くから、しばらくそこで待っていろよ~!」
降り注ぐチーフの声に、「了解~!」と返事をして、おれは尻をさすりながら立ち上がった。ちくしょう、掌の皮がひどいことになってやがる。
発生した土砂崩れは県道432号を横断し、そのまま下の森まで流れ込んだという。
最も遺体が埋まっている可能性が高いポイントに向かうには、一度街まで戻って板東川を数時間かけて登るか、あるいは直接、県道の事故現場から崖を降りるかのどちらかしかない。
結局、おれ達は『ハン荷バル君』だのみの逆ロッククライミングに挑戦することにしたのだった。
「沢登りなんぞ時間がかかって疲れるからイヤだ、と主張しやがった阿呆は……おれか、くそ」
ここまで斜面が急だとは思っていなかったんだよなあ。
改めて周囲を見回すと、そこは完全な森の中だった。本来は人が歩くのはかなり難しいのだろうが、土砂崩れに切り裂かれた箇所が、一本の道となって緩やかに坂の下へと続いていた。
真凛達が追いついてくるまではやることもない。何の気無しに森の奥に目を凝らしていると、不意にがさり、と木々が鳴った。ネズミや蛇じゃあない。猿や犬、よりもさらに大きい。……おいおい。熊は勘弁して欲しいぜ?
と、敵意の無さを示すかのように森の奥から姿を現したのは、熊、ではなく、安っぽい背広姿の一人の男だった。ただしその体格は、熊と見間違えそうに大きい。男もおれに気づいたようで、しばし視線が交錯する。
片や、カジュアルな格好。片や、背広姿。どちらも荷物らしい荷物は持っていない。少なくとも、人気のない山奥の森で遭遇する相手ではなかった。
「自殺志願っすか?こういうところで首を吊ると地元に迷惑がかかるから――」
「学生か?ここはまだ崩落の危険がある。沢伝いに街へ――」
おれ達は互いに言葉を交わそうとし。
――そこで。
ようやく互いの正体に気づいた。
「……ワタリ。貴様、あのワタリ……か?」
「まさか……シドウ。シドウ・クロードか?」
すでに正午を過ぎて、晴天に陽は高く。だが鬱蒼とおい茂る森の枝に遮られ、光はほとんど届かない。土砂崩れの傷跡を吹き抜ける風が、葉を枝を、ざわざわとかき鳴らした。
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