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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆05:墓掘り夫達の憂鬱ー3
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その後、工場長と具体的な経費や期限その他の細かい打ち合わせを行った。
今回おれはチーフのアシスト兼、真凛の研修担当みたいな立場なので、チーフの交渉の条件を真凛にメモさせてそれをチェックする、なんて事をしていた。これは後々任務報告書の作成に必要なスキルなのである。
そして昂光の工場を辞して三人で駐車場へ戻る途中、チーフがゴールデンバット(多分今日本で買えるうちではもっとも安いタバコ)に火を付けながらおれに問うた。
「……で。どう思う、亘理?」
「どう思う、真凛?」
おれは飛んできた質問を華麗に横パス。
「は?え!?何を?」
不意打ちを受けた真凛がうろたえる。ったく、気構えのなってない奴だなあ。
「さっきのチーフと工場長との話し合いだよ。何か気づいたことはなかったか」
「ええ!?気づいたこと……?」
実際のところ、真凛が答えられるとは思っていない。まあ、ちょっと意地悪なレクチャーである。こういうところでただ依頼人の話を聞くだけでなく、観察眼を発揮できるようになると、今後何かと仕事が進めやすくなるワケだ。
「わからんか?じゃあ答えは――」
「えっと。同じ会社の人が死んだにしては、工場長さん、ちょっと冷たいんじゃないかなあと思った」
おれは口を「は」の形に開いたまま、間抜けに硬直してしまった。真凛はそれにも気づかず、メモを取った手帳に目を落とし、自分の考えをまとめなおすように説明をする。
「小田桐さんは行方不明だけど、まだ土砂に埋まったとも、死んだとも決まったわけじゃないんだよね。そんな人の幽霊が出たんだったら、普通、同じ会社の人なら『生きているかも知れないから確かめたい』とは思っても、『死んでいるかどうか確かめて欲しい』なんて言わないと思う。そこがヘンだと思ったんだけど……。ハズレ、かな?」
「……いや。当たりだ」
正直、驚いた。生物ってのは知らぬ間に進化するもんである。
そう、工場長の態度は明らかにおかしかった。仮にも自分の部下である。
例え彼が部下の面倒など一切見ない冷徹な性格だったり、日ごろ小田桐さんの事を嫌っていたのだとしても、仕事中に自分の部下を死なせたとなれば責任問題になる。間違っても「死んでいてくれ」などと考えるはずはないのだが。
「鋭いな真凛君は。この仕事、ひょっとしたら単なる幽霊騒ぎでは終わらないかも知れんよ」
ゴールデンバットを吹かしながらチーフ。工場長との会話時に比べると若干テンションが高い。つくづくこの人の脳細胞はニコチンで回転しているのだと思う。
「もう君がうちに来てから半年経ったのか。早いもんだな」
「すいません、仕事おぼえるのが遅くって……」
「全然そんなことはないさ。むしろ早いくらいだ。亘理なんか独り立ちするまで一年以上も手間がかかったからなあ」
「ええ?そんなに……すごかったんですか?」
真凛がおれとチーフの顔を交互に見やる。ンだよこの野郎。
「それはもうアシスタント時代のこいつと来たら、生意気だわ口答えするわ人の言うこと聞いたフリして全然従わないわでね。前に『野沢菜プリン事件』てのがあってそん時の亘理は、」
「ところでチーフ」
「何だ亘理」
「この敷地内、全面禁煙です」
「……」
チーフはまだ半分近く残っているゴールデンバットをしばし見つめると、悲しそうに携帯灰皿にねじ込んだ。なんだか悪いことをしたような気分になるのは何故だろう。
「とにかく、これで最初の方針は決まりましたね」
やや力技で会話の流れを変えて、おれは駐車場の柵に大きく身を乗り出す。その下にはなだらかな下りの斜面が広がっており、山の裾野と元城市を一望することが出来た。
「まずは現場検証から、だな」
チーフの言葉に頷く。おれの視線のずっと先には、山の裾野をぐるりと囲むように伸びる国道432号線。そしてその道路に斬りつけるかのように、今なお大きく鋭い土砂崩れの傷跡が残っていた。
土砂の下には何があるのか、あるいは何もないのか。確かめることで、何かがわかるはずだった。
「それにしても、土曜のお昼に墓掘り人をやらなきゃならんとはねぇ」
誰にともなく、おれは皮肉を込めて呟いた。
今回おれはチーフのアシスト兼、真凛の研修担当みたいな立場なので、チーフの交渉の条件を真凛にメモさせてそれをチェックする、なんて事をしていた。これは後々任務報告書の作成に必要なスキルなのである。
そして昂光の工場を辞して三人で駐車場へ戻る途中、チーフがゴールデンバット(多分今日本で買えるうちではもっとも安いタバコ)に火を付けながらおれに問うた。
「……で。どう思う、亘理?」
「どう思う、真凛?」
おれは飛んできた質問を華麗に横パス。
「は?え!?何を?」
不意打ちを受けた真凛がうろたえる。ったく、気構えのなってない奴だなあ。
「さっきのチーフと工場長との話し合いだよ。何か気づいたことはなかったか」
「ええ!?気づいたこと……?」
実際のところ、真凛が答えられるとは思っていない。まあ、ちょっと意地悪なレクチャーである。こういうところでただ依頼人の話を聞くだけでなく、観察眼を発揮できるようになると、今後何かと仕事が進めやすくなるワケだ。
「わからんか?じゃあ答えは――」
「えっと。同じ会社の人が死んだにしては、工場長さん、ちょっと冷たいんじゃないかなあと思った」
おれは口を「は」の形に開いたまま、間抜けに硬直してしまった。真凛はそれにも気づかず、メモを取った手帳に目を落とし、自分の考えをまとめなおすように説明をする。
「小田桐さんは行方不明だけど、まだ土砂に埋まったとも、死んだとも決まったわけじゃないんだよね。そんな人の幽霊が出たんだったら、普通、同じ会社の人なら『生きているかも知れないから確かめたい』とは思っても、『死んでいるかどうか確かめて欲しい』なんて言わないと思う。そこがヘンだと思ったんだけど……。ハズレ、かな?」
「……いや。当たりだ」
正直、驚いた。生物ってのは知らぬ間に進化するもんである。
そう、工場長の態度は明らかにおかしかった。仮にも自分の部下である。
例え彼が部下の面倒など一切見ない冷徹な性格だったり、日ごろ小田桐さんの事を嫌っていたのだとしても、仕事中に自分の部下を死なせたとなれば責任問題になる。間違っても「死んでいてくれ」などと考えるはずはないのだが。
「鋭いな真凛君は。この仕事、ひょっとしたら単なる幽霊騒ぎでは終わらないかも知れんよ」
ゴールデンバットを吹かしながらチーフ。工場長との会話時に比べると若干テンションが高い。つくづくこの人の脳細胞はニコチンで回転しているのだと思う。
「もう君がうちに来てから半年経ったのか。早いもんだな」
「すいません、仕事おぼえるのが遅くって……」
「全然そんなことはないさ。むしろ早いくらいだ。亘理なんか独り立ちするまで一年以上も手間がかかったからなあ」
「ええ?そんなに……すごかったんですか?」
真凛がおれとチーフの顔を交互に見やる。ンだよこの野郎。
「それはもうアシスタント時代のこいつと来たら、生意気だわ口答えするわ人の言うこと聞いたフリして全然従わないわでね。前に『野沢菜プリン事件』てのがあってそん時の亘理は、」
「ところでチーフ」
「何だ亘理」
「この敷地内、全面禁煙です」
「……」
チーフはまだ半分近く残っているゴールデンバットをしばし見つめると、悲しそうに携帯灰皿にねじ込んだ。なんだか悪いことをしたような気分になるのは何故だろう。
「とにかく、これで最初の方針は決まりましたね」
やや力技で会話の流れを変えて、おれは駐車場の柵に大きく身を乗り出す。その下にはなだらかな下りの斜面が広がっており、山の裾野と元城市を一望することが出来た。
「まずは現場検証から、だな」
チーフの言葉に頷く。おれの視線のずっと先には、山の裾野をぐるりと囲むように伸びる国道432号線。そしてその道路に斬りつけるかのように、今なお大きく鋭い土砂崩れの傷跡が残っていた。
土砂の下には何があるのか、あるいは何もないのか。確かめることで、何かがわかるはずだった。
「それにしても、土曜のお昼に墓掘り人をやらなきゃならんとはねぇ」
誰にともなく、おれは皮肉を込めて呟いた。
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