193 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆02:派遣社員、北へ-2
しおりを挟む「ちょ!?、本当?」
「池袋でライブをやって、そのまま打ち上げにいったんです。親に電話したら、無理に夜に帰ってくるよりは歌の先生のところに泊まっていった方がいいって」
「ああなんだ、そういうことね」
と、向かいの真凛が冷たい目で睨んでいる。
「どういうことだと思ってたわけ?」
「イヤ別ニ」
しかし、それならそれで早朝にわざわざ喫茶店に寄る必要はあるのだろうか。
「ついでだから借りてたマンガをまとめて返そうと思って。きのう待ち合わせしたんだ」
真凛の席の隣には、なるほどトートバックにぱんぱんに詰まったマンガの単行本。確かにここまで膨れあがってしまっては学校に持ってくるわけにもいくまい。というかそもそもこうなる前にこまめに返せというに。
「けどなんというか、無秩序な……」
トートバッグから覗くマンガは種々雑多だった。少女マンガに少年マンガ、青年マンガも一部ある。なんとなく女の子は少女マンガしか読まないものと思いこんでいたおれには、ちょっとした驚きだった。
「ふっふん、何をアナクロなこと言ってるんだよ陽司。今時は少女マンガだけしか読まない子の方がキショウなんだよ」
アナクロに稀少ときたかい。ちゃんと言葉の意味を分かって使ってるんだろうな。
「とくにこれなんかね。最終巻で宿命のライバルが対決するシーン、行動の読み合いが凄いんだよね」
「そうだよね、二人がどれほどお互いのことを考えてるかが良くわかるよね」
「だよねー」
仲が良くて結構なことだ。しかし微妙に二人の会話に齟齬があるような……まあいいか。
「それにしても多いな。そんな重いの引きずって帰るのは大変だろうに」
「あ。大丈夫です。ライブの機材よりは軽いですから」
実はこの子、昼は名門女子高のお嬢様、夜はインディーズのバンドのボーカルという二つの顔を持っているのである。
なんでも子供の頃から声楽を習っていたのだそうだが、そこの先生が面白い人で、クラシックとメタルを融合させてシンフォニック・メタル(……ものすごくぶった切って説明すると、ファンタジーRPGのボスキャラ戦のような曲)に傾倒し、その影響を受けて彼女もボーカルになったのだとか。
世間では有名な音楽家の先生だそうなので、一人で帰らせるより確かに安心である。その教えを受けた彼女の実力も本物で、インディーズ業界でもめきめきと頭角を現しつつある。おれも社交辞令抜きでCDを買わせてもらい、『アル話ルド君』に突っ込んで良く聞いていた。
「そうそう、今度の新曲いいね。ソロでギターの代わりにバイオリンで早弾きするあたりがツボだったし。声も、初めて会ったときから凄かったけど、さらに綺麗になった。水晶みたいだ」
「本当ですか?」
普段は優等生と言ってもよい子なのだが、こののんびりした子がひとたびステージでマイクを握れば、圧倒的な声量でライブのお客どころか会場ごと津波のように呑み込んでしまうのだから、人間というのはつくづくわからない。
特筆すべきはその声で、高い音程で歌い上げる時に若干ハスキーが入ると、声自体は十六歳の少女のものでありながら、おそろしい程に威厳ある声になり、これが仰々しい曲と実に合う。
バンド自体がシンフォニック・メタルで、特に北欧神話をモチーフにした曲が多いため、ファンの間では『ワルキューレ』のニックネームが定着しつつある。某バンドのカバー曲で、『In this bloody dawn, I will wash my soul to call the spirits of vengeance』とか歌われた時は、おれでも少しゾクっと来た。
ちなみにこのバンドのメンバーというのも、ギターにベースにドラムにキーボードと全員が全員面白人間だし、ボーカル仲間にも奇人変人が多かったりするのだが、その紹介は長くなるので割愛させていただく。
「ああ、本当も本当。惚れちゃいそうだね」
「嬉しいです。亘理さんにそう言ってもらえると」
「はは、『ワルキューレ』のお役に立てれば光栄だ。お世辞でもねー」
おれはからからと笑った。何しろ既にファンクラブまであるとの話である。メジャーデビューも間近と噂される、ある意味おれごときとは違う世界の住人である。
「お世辞なんかじゃ――」
「そ、それで!今日の仕事のことだけど、どんな内容なのかな」
真凛が声を張り上げる。人の会話に割り込むとは作法を知らん奴だな。
「ああ、その件だがな……。と、その前にメシを食わせてくれ」
おれは肩越しに振り返る。一流のバトラーを思わせる動きで、桜庭さんがたいそういい匂いを立てているトレイを運んでくるのが目に入った。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。



『五十年目の理解』
小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる