人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆02:派遣社員、北へ-2

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「ちょ!?、本当?」
「池袋でライブをやって、そのまま打ち上げにいったんです。親に電話したら、無理に夜に帰ってくるよりは歌の先生のところに泊まっていった方がいいって」
「ああなんだ、そういうことね」

 と、向かいの真凛が冷たい目で睨んでいる。

「どういうことだと思ってたわけ?」
「イヤ別ニ」

 しかし、それならそれで早朝にわざわざ喫茶店に寄る必要はあるのだろうか。

「ついでだから借りてたマンガをまとめて返そうと思って。きのう待ち合わせしたんだ」

 真凛の席の隣には、なるほどトートバックにぱんぱんに詰まったマンガの単行本。確かにここまで膨れあがってしまっては学校に持ってくるわけにもいくまい。というかそもそもこうなる前にこまめに返せというに。

「けどなんというか、無秩序な……」

 トートバッグから覗くマンガは種々雑多だった。少女マンガに少年マンガ、青年マンガも一部ある。なんとなく女の子は少女マンガしか読まないものと思いこんでいたおれには、ちょっとした驚きだった。

「ふっふん、何をアナクロなこと言ってるんだよ陽司。今時は少女マンガだけしか読まない子の方がキショウなんだよ」

 アナクロに稀少ときたかい。ちゃんと言葉の意味を分かって使ってるんだろうな。

「とくにこれなんかね。最終巻で宿命のライバルが対決するシーン、行動の読み合いが凄いんだよね」
「そうだよね、二人がどれほどお互いのことを考えてるかが良くわかるよね」
「だよねー」

 仲が良くて結構なことだ。しかし微妙に二人の会話に齟齬があるような……まあいいか。

「それにしても多いな。そんな重いの引きずって帰るのは大変だろうに」
「あ。大丈夫です。ライブの機材よりは軽いですから」

 実はこの子、昼は名門女子高のお嬢様、夜はインディーズのバンドのボーカルという二つの顔を持っているのである。

 なんでも子供の頃から声楽を習っていたのだそうだが、そこの先生が面白い人で、クラシックとメタルを融合させてシンフォニック・メタル(……ものすごくぶった切って説明すると、ファンタジーRPGのボスキャラ戦のような曲)に傾倒し、その影響を受けて彼女もボーカルになったのだとか。

 世間では有名な音楽家の先生だそうなので、一人で帰らせるより確かに安心である。その教えを受けた彼女の実力も本物で、インディーズ業界でもめきめきと頭角を現しつつある。おれも社交辞令抜きでCDを買わせてもらい、『アル話ルド君』に突っ込んで良く聞いていた。

「そうそう、今度の新曲いいね。ソロでギターの代わりにバイオリンで早弾きするあたりがツボだったし。声も、初めて会ったときから凄かったけど、さらに綺麗になった。水晶みたいだ」
「本当ですか?」

 普段は優等生と言ってもよい子なのだが、こののんびりした子がひとたびステージでマイクを握れば、圧倒的な声量でライブのお客どころか会場ごと津波のように呑み込んでしまうのだから、人間というのはつくづくわからない。

 特筆すべきはその声で、高い音程で歌い上げる時に若干ハスキーが入ると、声自体は十六歳の少女のものでありながら、おそろしい程に威厳ある声になり、これが仰々しい曲と実に合う。

 バンド自体がシンフォニック・メタルで、特に北欧神話をモチーフにした曲が多いため、ファンの間では『ワルキューレ』のニックネームが定着しつつある。某バンドのカバー曲で、『In this bloody dawn, I will wash my soul to call the spirits of vengeance』とか歌われた時は、おれでも少しゾクっと来た。

 ちなみにこのバンドのメンバーというのも、ギターにベースにドラムにキーボードと全員が全員面白人間だし、ボーカル仲間にも奇人変人が多かったりするのだが、その紹介は長くなるので割愛させていただく。

「ああ、本当も本当。惚れちゃいそうだね」
「嬉しいです。亘理さんにそう言ってもらえると」
「はは、『ワルキューレ』のお役に立てれば光栄だ。お世辞でもねー」

 おれはからからと笑った。何しろ既にファンクラブまであるとの話である。メジャーデビューも間近と噂される、ある意味おれごときとは違う世界の住人である。

「お世辞なんかじゃ――」
「そ、それで!今日の仕事のことだけど、どんな内容なのかな」

 真凛が声を張り上げる。人の会話に割り込むとは作法を知らん奴だな。

「ああ、その件だがな……。と、その前にメシを食わせてくれ」

 おれは肩越しに振り返る。一流のバトラーを思わせる動きで、桜庭さんがたいそういい匂いを立てているトレイを運んでくるのが目に入った。
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