人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
181 / 368
第5話:『六本木ストックホルダー』

◆13:泡沫の果てに−2

しおりを挟む
「深夜の病院てのはあまり気分のいいものじゃないな」

 東京にほど近い千葉西部の病院の三階、入院患者達の部屋がある棟におれ達はいた。露木氏の病室の扉の前に置かれたベンチに腰掛け、入り口を護っている。今、この扉の奥には露木氏と、そして水池氏が居る。十数年ぶりに対面した親子二人が、会話を交わしているのだろう。

「これが人捜しの番組なら、一番視聴率的に盛り上がるところなんだがな」
「水池さん、お父さんと仲直りできるのかな……」
「さあな」

 病室の中で、どんな会話が行われているのか、おれは知らない。知る必要もないことだった。十数年生き別れていた親子の仲を取り持つほどおれは図々しくはないし、義憤に駆られるほど熱血漢でもない。おれ達はあくまで傭兵――水池氏をここに連れてくることを請け負った、ただの派遣社員なのだから。

「しまった!」

 おれはろくでもないことを思い出して舌打ちした。

「どうしたの?」
「大学のレポート出すの、明日の朝イチまでだったんだよ」

 ザックからレポート用紙を取り出して、慌てて筆を走らせる。

「そんなの後にすればいいじゃない」
「馬鹿者、これにはおれの輝かしい卒業への道がかかっているのだぞ」

 というか、留年したら学費が足りなくなるのだ。

 いやホント、こんなバイトをやっていると、世間のオトナが一年にいくら稼いでいるのかがだいたいわかるようになってくる。すると、私立大学の学費ってのがいかに親にとって大きい負担かというのはイメージ出来るようになってくるのだ。

 まして地方から上京させて、家賃に仕送りまでつけてやるとなれば負担倍増しだ。花の大学生活、授業に行かずに気楽に遊び回るのも大いに結構だが。出してもらった学費分の何かを身につけないと親に申し訳ないよ、とバイト代と奨学金でまかなっている男は言ってみる。

「……もしかしてアンタ、意外と真面目な学生だったりする?」
「……オマエサンはおれを何だと思っていたのカネ?」

 ”サボって遊ぶ”と”効率よく勉強して残りはダラダラ遊ぶ”は違うのである。まあ、出る価値がないと判断した授業は代返してもらったりするし、最近は、このバイトのせいで平日の授業を落とすこともしばしばだが。

「お前もバイトで腕を磨くのはいい。だけど授業サボって親に迷惑はかけんなよ」

 いなくなって初めてわかるありがたみ、てな言葉もあったな。

「う……はい」

 なんだか三年ぶりくらいに真面目なことを言った気がする。深夜の病院では軽口を飛ばす気にもなれず、おれは話題を転じた。

「どうだ、真凛。周囲は」
「殺気、って言えばいいのかな。生き物じゃないのに、こっちを狙っている気配が、数えるのも嫌になるほどあるよ。ぐるっとこの病棟を二重三重に取り巻いているね」

 そうか、と呟いた。BMWでだいぶ引き離してやったが、『絞める蛇キガンジャ・ニョカ』ご一行様はもうしっかりこちらに追いついてきているらしい。直樹達には連絡を既に入れてある。どうやら仕事は終わりに近づいているようだ。

 その時、静かに病室の扉が開いた。

 中から歩み出てきたのは水池氏だった。おれ達は軽く会釈をして、尻をずらしてベンチに席を空けた。腰を下ろし、タバコ……タビドフ・マグナムに火をつける水池氏。

 
 
「――礼を言わなきゃならん、な」

 そう口を開いた。半分が灰になるほど深々と煙を吸い込み、一気に吐ききる。彼はおれの顔を見ると、どうだ、とタバコを差し出した。

「たまには頂きます」

 おれはタバコを受け取る。水池さんが手ずから点火してくれた。きつい匂いだが、一口吸うと、最高級のタバコだけが持つ、甘くて濃厚で深い香りがおれの鼻腔に充満する。

「……驚きました」
「美味いだろう?」

 若者で、タバコを美味いと思って吸っている奴が何人いることか。九割がカッコつけで吸い始めて、いつのまにかやめられなくなる類のものだ。おれも美味いと思ったことは一度もない。だが、これは別格だった。

「親父がよく書斎で吸っていてな。こいつが吸えるようになったら大人だとそう思ってた」

 吸えるようにはなったんだがな、と水池さんは言う。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...