人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第5話:『六本木ストックホルダー』

◆13:泡沫の果てに−2

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「深夜の病院てのはあまり気分のいいものじゃないな」

 東京にほど近い千葉西部の病院の三階、入院患者達の部屋がある棟におれ達はいた。露木氏の病室の扉の前に置かれたベンチに腰掛け、入り口を護っている。今、この扉の奥には露木氏と、そして水池氏が居る。十数年ぶりに対面した親子二人が、会話を交わしているのだろう。

「これが人捜しの番組なら、一番視聴率的に盛り上がるところなんだがな」
「水池さん、お父さんと仲直りできるのかな……」
「さあな」

 病室の中で、どんな会話が行われているのか、おれは知らない。知る必要もないことだった。十数年生き別れていた親子の仲を取り持つほどおれは図々しくはないし、義憤に駆られるほど熱血漢でもない。おれ達はあくまで傭兵――水池氏をここに連れてくることを請け負った、ただの派遣社員なのだから。

「しまった!」

 おれはろくでもないことを思い出して舌打ちした。

「どうしたの?」
「大学のレポート出すの、明日の朝イチまでだったんだよ」

 ザックからレポート用紙を取り出して、慌てて筆を走らせる。

「そんなの後にすればいいじゃない」
「馬鹿者、これにはおれの輝かしい卒業への道がかかっているのだぞ」

 というか、留年したら学費が足りなくなるのだ。

 いやホント、こんなバイトをやっていると、世間のオトナが一年にいくら稼いでいるのかがだいたいわかるようになってくる。すると、私立大学の学費ってのがいかに親にとって大きい負担かというのはイメージ出来るようになってくるのだ。

 まして地方から上京させて、家賃に仕送りまでつけてやるとなれば負担倍増しだ。花の大学生活、授業に行かずに気楽に遊び回るのも大いに結構だが。出してもらった学費分の何かを身につけないと親に申し訳ないよ、とバイト代と奨学金でまかなっている男は言ってみる。

「……もしかしてアンタ、意外と真面目な学生だったりする?」
「……オマエサンはおれを何だと思っていたのカネ?」

 ”サボって遊ぶ”と”効率よく勉強して残りはダラダラ遊ぶ”は違うのである。まあ、出る価値がないと判断した授業は代返してもらったりするし、最近は、このバイトのせいで平日の授業を落とすこともしばしばだが。

「お前もバイトで腕を磨くのはいい。だけど授業サボって親に迷惑はかけんなよ」

 いなくなって初めてわかるありがたみ、てな言葉もあったな。

「う……はい」

 なんだか三年ぶりくらいに真面目なことを言った気がする。深夜の病院では軽口を飛ばす気にもなれず、おれは話題を転じた。

「どうだ、真凛。周囲は」
「殺気、って言えばいいのかな。生き物じゃないのに、こっちを狙っている気配が、数えるのも嫌になるほどあるよ。ぐるっとこの病棟を二重三重に取り巻いているね」

 そうか、と呟いた。BMWでだいぶ引き離してやったが、『絞める蛇キガンジャ・ニョカ』ご一行様はもうしっかりこちらに追いついてきているらしい。直樹達には連絡を既に入れてある。どうやら仕事は終わりに近づいているようだ。

 その時、静かに病室の扉が開いた。

 中から歩み出てきたのは水池氏だった。おれ達は軽く会釈をして、尻をずらしてベンチに席を空けた。腰を下ろし、タバコ……タビドフ・マグナムに火をつける水池氏。

 
 
「――礼を言わなきゃならん、な」

 そう口を開いた。半分が灰になるほど深々と煙を吸い込み、一気に吐ききる。彼はおれの顔を見ると、どうだ、とタバコを差し出した。

「たまには頂きます」

 おれはタバコを受け取る。水池さんが手ずから点火してくれた。きつい匂いだが、一口吸うと、最高級のタバコだけが持つ、甘くて濃厚で深い香りがおれの鼻腔に充満する。

「……驚きました」
「美味いだろう?」

 若者で、タバコを美味いと思って吸っている奴が何人いることか。九割がカッコつけで吸い始めて、いつのまにかやめられなくなる類のものだ。おれも美味いと思ったことは一度もない。だが、これは別格だった。

「親父がよく書斎で吸っていてな。こいつが吸えるようになったら大人だとそう思ってた」

 吸えるようにはなったんだがな、と水池さんは言う。
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