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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆12:スポンサーズジャッジ(謀略)−1
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おれ、直樹、門宮さん、水池氏。四対の視線が集中する中、不気味に電話は鳴り続ける。
「脅迫の電話かも知れません。スピーカーボタンを」
この手の状況には慣れているのだろう、門宮さんが落ち着いたトーンで声をかける。受話器を取った水池氏はその指示に従った。部屋の中に、向こう側の声が響く。
「もしもし」
『やあ恭介。元気だったかい?』
だが聞こえてきたのは、歯切れの良い日本語だった。『蛇』ではないのだろうか?
「……サイモンか」
おれ達は思わず互いの顔を見合わせた。
「サイモンとは、まさか、」
「しっ」
門宮さんに目配せするおれ。こちらに声が聞こえていることを知られたくはない。
『恭介。例の件だがね』
「ああ、わかってる。わかってるよ、金は……」
『だから。もうそれはいいんだ』
耳を疑うような台詞だった。それが脅迫者を雇ってまで借金を催促する人間の言う言葉だろうか。水池氏は、借金をチャラにしてくれると言われて、かえってまずい方向に考えたらしい。慌てて言葉を続ける。
「当てが出来た、ちゃんと返す、だからもう」
『当て?』
脅しはやめてくれ、と続けようとした言葉は、だが口にすることは出来なかった。
『ああ。あのつぶれる合併話の事かね?』
「つぶれる?何を言って――」
――何だ、このイヤな声。
口調の裏ににじみ出ている優越感。
まるで、誰もが知らない真理を自分だけが知っているかのようなこの口ぶり。
『おやおや。情報の最先端を行く男にしては随分と鈍いな。三時間前だったかな。ウェブに君のところの議事録がなぜか流出したみたいでね。個人投資家の掲示板はちょっとした火事場騒ぎだよ。もう機関投資家にも飛び火したんじゃないかな。少なくとも今朝のウォール街は日本売り一色だね』
その台詞が水池氏の脳裏に弾け、反射的にこっちを振り返った。おれは愕然として首を横に振る。リークしたのはおれじゃない。頭の中で検算する。そうなると、計算の行き着くところはここしかなかった。
「まさか……サイモン。あんた、か?」
沈黙。それは断じて、否定を含むものではなかった。
「何を考えているんだ!?確かに金を返せなかったのは悪かった。だが現にもう一歩で返す当てがつくんだぞ!?何故こんな事を、」
『すまないな、恭介。バランスだよ』
「バラン……ス?」
『君に言わないのはアンフェアだからな。先日上海で星竜銀行の格付けが大幅に見直されただろう?あれで星竜銀行はつぶれることになるわけだが、ここで問題が起こった』
電話口の相手は、確かにこう言った。星竜銀行がつぶれることになると。それは……。
『あんまり中国がここで派手にこけると困る、という苦情がロシアの方から来てね。日本も少し景気を押さえてもらおうと思ったわけだ。とはいえ先日、メガバンクのヤヅミが派手に失態を晒したこともあるし。銀行に手をつけるのは控えたい』
「それで……俺、だとでも言うのか?」
『good。飲み込みが早くて助かるね。今にも割れそうなバブルの王座に座る、注目度ナンバー1のカリスマ。日本経済を無駄に傷つけることなく、日本人の投資熱を冷まして景気を押さえるには、君ほど適任の羊は居ないよ。何しろ引き金として、説得力ある資料を揃えてこう言うだけでいい。『本当にその株価、実態と釣り合っているのか?』ってね。ま、君には期日までに借金を返せてもらえなかったし。別の形で役に立ってもらおうと思ってね。だからもう、借金は返してくれなくていいんだ』
つまり。水池氏は借金の代わりに、会社を潰されたのだ。
「ま、待て!ならば俺を狙っている『蛇』とやらはどうなるんだ」
『そう、それなんだけどね』
電話の向こうの男。サイモン・ブラックストンと名乗る男は、実にはきはきとした口調で続ける。まるでマナーだけは完璧な営業マンのような、心のこもらない一見優しげな口調。
『ついでに命令しておいたよ。君をもう消してかまわない、と』
「……っ、おい!」
スピーカーから、無機質な音が断続的に鳴り響く。そして、それとは別の、徐々に近づいてくるような海鳴りめいた轟き。
「馬鹿な、なんで俺を、消すなんて……そんな」
この場にいた残り全員が、ほぼ同時に叫んだ。
「「来るぞ!!」」
そして、それは来た。キッチンの蛇口が。風呂の給湯器が。洗面所の配水管が。天井のスプリンクラーが。
ありとあらゆる上下水道の管がいっぺんに吹き飛び、そこから大量の水が、いいや、水で出来た何か別のモノが、一斉に部屋に侵入を開始したのだ。
おれが水池氏を玄関へ向けて突き飛ばし、そのままおれも続く。だが、それ以上の行動は許されなかった。
「『絞める蛇』!!」
分厚い図体をくねらせて襲ってきたのは、紛れもなく先日六本木でおれ達を襲ったあの水の蛇だった。その周囲には、数えるのもうんざりするほどの膨大な小さな水の蛇。
回りくどい攻撃を止め、一気に殲滅戦をしかけてきたことは明白だった。豪奢な六本木のマンションは、気がつけば児童向けの市民プールよりも乱雑な、水の踊り場と化していた。
「脅迫の電話かも知れません。スピーカーボタンを」
この手の状況には慣れているのだろう、門宮さんが落ち着いたトーンで声をかける。受話器を取った水池氏はその指示に従った。部屋の中に、向こう側の声が響く。
「もしもし」
『やあ恭介。元気だったかい?』
だが聞こえてきたのは、歯切れの良い日本語だった。『蛇』ではないのだろうか?
「……サイモンか」
おれ達は思わず互いの顔を見合わせた。
「サイモンとは、まさか、」
「しっ」
門宮さんに目配せするおれ。こちらに声が聞こえていることを知られたくはない。
『恭介。例の件だがね』
「ああ、わかってる。わかってるよ、金は……」
『だから。もうそれはいいんだ』
耳を疑うような台詞だった。それが脅迫者を雇ってまで借金を催促する人間の言う言葉だろうか。水池氏は、借金をチャラにしてくれると言われて、かえってまずい方向に考えたらしい。慌てて言葉を続ける。
「当てが出来た、ちゃんと返す、だからもう」
『当て?』
脅しはやめてくれ、と続けようとした言葉は、だが口にすることは出来なかった。
『ああ。あのつぶれる合併話の事かね?』
「つぶれる?何を言って――」
――何だ、このイヤな声。
口調の裏ににじみ出ている優越感。
まるで、誰もが知らない真理を自分だけが知っているかのようなこの口ぶり。
『おやおや。情報の最先端を行く男にしては随分と鈍いな。三時間前だったかな。ウェブに君のところの議事録がなぜか流出したみたいでね。個人投資家の掲示板はちょっとした火事場騒ぎだよ。もう機関投資家にも飛び火したんじゃないかな。少なくとも今朝のウォール街は日本売り一色だね』
その台詞が水池氏の脳裏に弾け、反射的にこっちを振り返った。おれは愕然として首を横に振る。リークしたのはおれじゃない。頭の中で検算する。そうなると、計算の行き着くところはここしかなかった。
「まさか……サイモン。あんた、か?」
沈黙。それは断じて、否定を含むものではなかった。
「何を考えているんだ!?確かに金を返せなかったのは悪かった。だが現にもう一歩で返す当てがつくんだぞ!?何故こんな事を、」
『すまないな、恭介。バランスだよ』
「バラン……ス?」
『君に言わないのはアンフェアだからな。先日上海で星竜銀行の格付けが大幅に見直されただろう?あれで星竜銀行はつぶれることになるわけだが、ここで問題が起こった』
電話口の相手は、確かにこう言った。星竜銀行がつぶれることになると。それは……。
『あんまり中国がここで派手にこけると困る、という苦情がロシアの方から来てね。日本も少し景気を押さえてもらおうと思ったわけだ。とはいえ先日、メガバンクのヤヅミが派手に失態を晒したこともあるし。銀行に手をつけるのは控えたい』
「それで……俺、だとでも言うのか?」
『good。飲み込みが早くて助かるね。今にも割れそうなバブルの王座に座る、注目度ナンバー1のカリスマ。日本経済を無駄に傷つけることなく、日本人の投資熱を冷まして景気を押さえるには、君ほど適任の羊は居ないよ。何しろ引き金として、説得力ある資料を揃えてこう言うだけでいい。『本当にその株価、実態と釣り合っているのか?』ってね。ま、君には期日までに借金を返せてもらえなかったし。別の形で役に立ってもらおうと思ってね。だからもう、借金は返してくれなくていいんだ』
つまり。水池氏は借金の代わりに、会社を潰されたのだ。
「ま、待て!ならば俺を狙っている『蛇』とやらはどうなるんだ」
『そう、それなんだけどね』
電話の向こうの男。サイモン・ブラックストンと名乗る男は、実にはきはきとした口調で続ける。まるでマナーだけは完璧な営業マンのような、心のこもらない一見優しげな口調。
『ついでに命令しておいたよ。君をもう消してかまわない、と』
「……っ、おい!」
スピーカーから、無機質な音が断続的に鳴り響く。そして、それとは別の、徐々に近づいてくるような海鳴りめいた轟き。
「馬鹿な、なんで俺を、消すなんて……そんな」
この場にいた残り全員が、ほぼ同時に叫んだ。
「「来るぞ!!」」
そして、それは来た。キッチンの蛇口が。風呂の給湯器が。洗面所の配水管が。天井のスプリンクラーが。
ありとあらゆる上下水道の管がいっぺんに吹き飛び、そこから大量の水が、いいや、水で出来た何か別のモノが、一斉に部屋に侵入を開始したのだ。
おれが水池氏を玄関へ向けて突き飛ばし、そのままおれも続く。だが、それ以上の行動は許されなかった。
「『絞める蛇』!!」
分厚い図体をくねらせて襲ってきたのは、紛れもなく先日六本木でおれ達を襲ったあの水の蛇だった。その周囲には、数えるのもうんざりするほどの膨大な小さな水の蛇。
回りくどい攻撃を止め、一気に殲滅戦をしかけてきたことは明白だった。豪奢な六本木のマンションは、気がつけば児童向けの市民プールよりも乱雑な、水の踊り場と化していた。
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