176 / 368
第5話:『六本木ストックホルダー』
◆11:『ヨルムンガンド』−2
しおりを挟む
水池氏は本日初めて、上機嫌になっているようだった。
「ミストルテインの連中が屈服した。これで過半数だ」
当然、専門的な話をおれ達にするはずはない。だが、どうやら例の買収話の決着がついたのは間違いないようだった。大仕事が片付いた達成感からだろう、アルコールの力を借りずとも、水池氏は随分とハイになっている。
「お前もどうだ。大学二年ならそろそろ就職活動を考えなければいかん時期だろう」
おれの肩を叩いて気さくに述べてくださった。
「ウチの会社にくるか?異能力だったか。あれだけでも充分価値はあるし、お前ならそれ無しでも中々仕込みがいが――」
「もうすぐ潰れるような会社は遠慮しておきますよ」
おれのコメントはどう取り繕ってもマイナスの温度であり、浮かれはしゃぐ実業家への冷や水以外の何物でもなかった。
「……何だと?」
「ウチのスタッフからね。御社の詳細なレポートがあがってきたんですよ」
知りたくもなかったのだが。実際のところ、ここまで酷いとは思っていなかった。
『アル話ルド君』に先ほど転送されてきたデータは、我が事務所が誇るブレーン、石動、笠桐両氏の芸術的なコンビネーションの賜物だった。
来音さんが過去のヨルムンガンドの業績を調べ上げ、個々のプロジェクトで使用されたであろうファイルを推測。それを羽美さんがサーバーに侵入して拾い集めるという作業により、ヨルムンガンド社の『丸呑み』の実態をほとんど完璧にさらけ出していた。
「ヨルムンガンド社を冷静に一つの会社と見れば、はっきり言って赤字続きです。とはいえそれはベンチャー企業には良くあること。言うならば、成長期の子供がたらふくメシを食べても、全部身体を作るために使われてしまっていつも腹をすかせてるようなものであり、健康さの証明でもあります」
決算のデータなどは、書店やネットで四季報を見ればすぐに調べられる。しかし、誰もが『今は成長期。いずれ安定したら利益が出るから』と思い、株を買い続けているのである。
「でもね。ここ数期の決算データは明らかに異常です。利益の殆どが合意もしくは敵対的買収……『丸呑み』に費やされてます。御社らしい、極めて積極的な拡大路線と取れなくもありませんが、このデータをつき合わせてみると、もう少し説得力のある仮説が浮かび上がってきます」
おれは一気にここまでしゃべり倒して、水、はなかったのでコーラを口に含んだ。
「御社の『丸呑み』、そして数々の強力な活動を支える豊富な資金。全ては『高い株価』という裏付けあってのものです。でもね。株価、ってのは本来上がったら下がるもの。上がり続ける株価なんて本来ないはずなんです」
ちなみにこんなにペラペラ流暢にしゃべっているが、全ては送られたファイルに添付されていた来音さんと羽美さんの共著レポートを脳裏に焼き付けて読み上げているだけだったりする。
「そこで調べてみると、株価が上昇期を過ぎて下降期に入ろうとすると、はかったようにヨルムンガンドが他社買収の発表を打ち上げている。そうすると、投資家達はそろって『またヨルムンガンドの株が上がるぞ』と買いに走り、結果として株価がまた上がる。最初の頃はもちろん、買収話があって、株価があがっていたのでしょう。……でも。それが、いつしか株価を維持するために買収話を打ち上げるようになった」
高い株価に裏打ちされた強気の経営。それはすなわち、株価が下がれば一巻の終わりということだ。そして、気がつけば、ヨルムンガンドは『高い株価』を前提にして全ての戦略を立てるようになっていたのだ。すなわち、それが意味することは。
「まあ、おれの経済知識なんて聞きかじりですし、そもそもこんな話を貴方にしたって釈迦に説法でしょう。ややこしい話は抜きにして、簡単に要約すればこういう事です。ヨルムンガンド社は、『他社を丸呑みして大きくなっている』んじゃない。『他社を丸呑みし続けないと死んでしまう』んだ」
門宮さんは数歩退いて、直樹は黙々と、おれ達を見守っている。
「それはこういう事か?ウチが自社の株価をつり上げるための工作として買収を行っている、と」
「推測にしか過ぎませんが。結局『丸呑み』した会社との相乗効果はほとんど現れていませんしね。それと。前期の決算書、ウチのスタッフによると粉飾の痕跡が――」
「口の利き方に気をつけろよ小僧」
もう部屋の中にはうかれムードなどどこにもなく、季節は既に冬に入ったかと錯覚しそうだった。
「だいたいお前ごときに俺の会社のことをどうこう論評される謂われはない。お前の役目は俺の護衛だ。余計な事まで出しゃばるな」
「……失礼しました。おれが言いたいのは、ウチのスタッフが疑問に思う程度の事、経済と投資のプロ中のプロである貴方の会社の役員が気づかないはずはない、ってことです」
「会社の役員だと?」
直樹の言葉に頷く。
「先日、貴方がおれ達を雇ったとき、あなたはこう言いましたよね。『俺を守れ』と。『犯人を見つけろ』じゃなかった。となれば貴方は当然、自分が何故脅迫されているか知っていたわけです。そして脅迫者の名前をおれ達に言わなかったのは、知られてはまずいからだ」
社会人未満の学生とて、その程度の知恵は回る。
「このレポートを作成していくうちに、だいたいの話の構成は見えてきました。貴方を脅迫していたのは、ミストルテインなんかじゃない。貴方の会社の役員、不動産王サイモン・ブラックストンその人だ。……違いますか?」
「ミストルテインの連中が屈服した。これで過半数だ」
当然、専門的な話をおれ達にするはずはない。だが、どうやら例の買収話の決着がついたのは間違いないようだった。大仕事が片付いた達成感からだろう、アルコールの力を借りずとも、水池氏は随分とハイになっている。
「お前もどうだ。大学二年ならそろそろ就職活動を考えなければいかん時期だろう」
おれの肩を叩いて気さくに述べてくださった。
「ウチの会社にくるか?異能力だったか。あれだけでも充分価値はあるし、お前ならそれ無しでも中々仕込みがいが――」
「もうすぐ潰れるような会社は遠慮しておきますよ」
おれのコメントはどう取り繕ってもマイナスの温度であり、浮かれはしゃぐ実業家への冷や水以外の何物でもなかった。
「……何だと?」
「ウチのスタッフからね。御社の詳細なレポートがあがってきたんですよ」
知りたくもなかったのだが。実際のところ、ここまで酷いとは思っていなかった。
『アル話ルド君』に先ほど転送されてきたデータは、我が事務所が誇るブレーン、石動、笠桐両氏の芸術的なコンビネーションの賜物だった。
来音さんが過去のヨルムンガンドの業績を調べ上げ、個々のプロジェクトで使用されたであろうファイルを推測。それを羽美さんがサーバーに侵入して拾い集めるという作業により、ヨルムンガンド社の『丸呑み』の実態をほとんど完璧にさらけ出していた。
「ヨルムンガンド社を冷静に一つの会社と見れば、はっきり言って赤字続きです。とはいえそれはベンチャー企業には良くあること。言うならば、成長期の子供がたらふくメシを食べても、全部身体を作るために使われてしまっていつも腹をすかせてるようなものであり、健康さの証明でもあります」
決算のデータなどは、書店やネットで四季報を見ればすぐに調べられる。しかし、誰もが『今は成長期。いずれ安定したら利益が出るから』と思い、株を買い続けているのである。
「でもね。ここ数期の決算データは明らかに異常です。利益の殆どが合意もしくは敵対的買収……『丸呑み』に費やされてます。御社らしい、極めて積極的な拡大路線と取れなくもありませんが、このデータをつき合わせてみると、もう少し説得力のある仮説が浮かび上がってきます」
おれは一気にここまでしゃべり倒して、水、はなかったのでコーラを口に含んだ。
「御社の『丸呑み』、そして数々の強力な活動を支える豊富な資金。全ては『高い株価』という裏付けあってのものです。でもね。株価、ってのは本来上がったら下がるもの。上がり続ける株価なんて本来ないはずなんです」
ちなみにこんなにペラペラ流暢にしゃべっているが、全ては送られたファイルに添付されていた来音さんと羽美さんの共著レポートを脳裏に焼き付けて読み上げているだけだったりする。
「そこで調べてみると、株価が上昇期を過ぎて下降期に入ろうとすると、はかったようにヨルムンガンドが他社買収の発表を打ち上げている。そうすると、投資家達はそろって『またヨルムンガンドの株が上がるぞ』と買いに走り、結果として株価がまた上がる。最初の頃はもちろん、買収話があって、株価があがっていたのでしょう。……でも。それが、いつしか株価を維持するために買収話を打ち上げるようになった」
高い株価に裏打ちされた強気の経営。それはすなわち、株価が下がれば一巻の終わりということだ。そして、気がつけば、ヨルムンガンドは『高い株価』を前提にして全ての戦略を立てるようになっていたのだ。すなわち、それが意味することは。
「まあ、おれの経済知識なんて聞きかじりですし、そもそもこんな話を貴方にしたって釈迦に説法でしょう。ややこしい話は抜きにして、簡単に要約すればこういう事です。ヨルムンガンド社は、『他社を丸呑みして大きくなっている』んじゃない。『他社を丸呑みし続けないと死んでしまう』んだ」
門宮さんは数歩退いて、直樹は黙々と、おれ達を見守っている。
「それはこういう事か?ウチが自社の株価をつり上げるための工作として買収を行っている、と」
「推測にしか過ぎませんが。結局『丸呑み』した会社との相乗効果はほとんど現れていませんしね。それと。前期の決算書、ウチのスタッフによると粉飾の痕跡が――」
「口の利き方に気をつけろよ小僧」
もう部屋の中にはうかれムードなどどこにもなく、季節は既に冬に入ったかと錯覚しそうだった。
「だいたいお前ごときに俺の会社のことをどうこう論評される謂われはない。お前の役目は俺の護衛だ。余計な事まで出しゃばるな」
「……失礼しました。おれが言いたいのは、ウチのスタッフが疑問に思う程度の事、経済と投資のプロ中のプロである貴方の会社の役員が気づかないはずはない、ってことです」
「会社の役員だと?」
直樹の言葉に頷く。
「先日、貴方がおれ達を雇ったとき、あなたはこう言いましたよね。『俺を守れ』と。『犯人を見つけろ』じゃなかった。となれば貴方は当然、自分が何故脅迫されているか知っていたわけです。そして脅迫者の名前をおれ達に言わなかったのは、知られてはまずいからだ」
社会人未満の学生とて、その程度の知恵は回る。
「このレポートを作成していくうちに、だいたいの話の構成は見えてきました。貴方を脅迫していたのは、ミストルテインなんかじゃない。貴方の会社の役員、不動産王サイモン・ブラックストンその人だ。……違いますか?」
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。


『五十年目の理解』
小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる