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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆09:「どちらが強いの?」−3
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その日はなんのかんので夜になってしまい、明けて翌日も動きは無し。時刻はようやく夕方になりつつあった。
「脅迫専門の呪術師か……」
「ボクはこういう、遠回しな攻撃の人は苦手だよ……」
おれが情報を伝えると、真凛も直樹もむっつりと押し黙ってしまった。ちなみにこの小娘は授業帰りでそのまま合流しているため制服である。
「なんかややこしい話になっちまったけど、おれ達の仕事は、水池氏を露木氏に引き合わせること、これに変更はない。ところが、肝心の水池氏はどうしても会いたくないと言っている」
頷く二人。
「となると、だ。脅迫者から助けてやることで恩を売り、その代価として面会をさせるという方法はどうだろう」
「そう上手くいくか?何しろ”脅迫に屈しない”男なのだろう。その手の取引が通じるとは思えんが」
確かに。おれ自身もそう思っていたので、奴の言葉には反論せず黙り込んだ。
「しかし、『蛇』とやらをわざわざアメリカから呼び寄せたとあれば、雇い主は相当に水池氏に恨みを持っていると考えるべきだろうか」
「候補としてまず一番に考えられるのは『ミストルテイン』だが」
「えぇっと、水池さんのヨルムンガンド社が、今度合併しようとしている会社……だよね?」
ここ数日それなりに勉強してきたのだろう、自信なげに問う真凛。
「八十点てところだな。正確には買収だ。事業の内容については……ホレ語れ、ITオタク」
「別にパソコンは得意ではあってもさほど好きというわけではないのだが」
ぶつぶつ文句を垂れながらも直樹が語る。ミストルテインとは近頃主流になりつつあるIP電話のソフトを開発している会社である。
IP電話とは大雑把に言えば、既存の電話回線ではなく、インターネットを経由して音声情報をやりとりする電話である。なによりのメリットは、ネットに常時接続しているのであればそれ以上の料金が発生しないということだ(たとえ相手が海の向こうに居ようとも、だ)。
つまりは電話代ほとんどタダ。現在、多くの企業では社内や会社間の連絡はほとんどこれに置き換わっているし、一般ユーザーにも確実に普及しつつある。通信業界では、あと数年で従来の固定電話はその役目を終え、「どこでもつながる携帯電話」と「無料で話せるIP電話」へと吸収されていくとの予想が大勢を占めている。
そのIP電話をパソコン上で起動するために必要なソフトを作っているのが『ミストルテイン』社であり、世界的に大きなシェアを誇っている。
ヨルムンガンド社はネット上でのブログ、株、保険やオークション等のサービスを展開しており、これにIP電話のサービスが加わることで、たとえばネットオークションで入札しながら相手と電話で交渉したり、保険の見積もりを直接オペレーターと話しながら申し込める事も可能になり、とても便利になる。
……というのが、ヨルムンガンド側の描く理想の未来である。
「う――ん。とにかく。ミストルテインをお金で買い占めて自分のものにすると、水池さんのヨルムンガンドにすごくいい事があるってこと?」
「まぁ、そうだな」
今はくどくど裏事情を説明してもしかたがない。事態を簡略化して本質を把握しておくことは、仕事の重要テクニックである。そうすることで、
「でもそれは、ミストルテインにとってはいい事なの?」
シンプルにして重要な問題を見つけることが出来るわけだ。おれは首を横に振る。
「ミストルテインは、買収どころか業務提携も嫌がっていたみたいだな。今回のは株式の敵対的な買収……ぶっちゃけて言えば、『お前を買ってやるから俺のモノになれ』ってとこだ。TOBこそ発動してないものの、ミストルテインの役員連中を随分と抱き込むことに成功してるみたいだし、過半数を突破するのは時間の問題だろうな」
そう、会社とは『買う』ことが出来るのだ。それが株を買うということであり、一株を所有すると言うことは、その会社の何万分の一かを所有することに他ならない。
「相手は今昇り調子真っ最中のヨルムンガンド。カネの勝負では勝ち目があるまい。となれば残された手段は……」
「ヨルムンガンドの頭である水池氏を後ろからズドン、ってとこか?」
巨大企業ヨルムンガンドとて、実質はほとんど水池氏のワンマンチームだ。トップが倒れれば、針でつついた風船のようにしぼんでしまうだろう。
「考えられないでもないが。ミストルテインの社長は生粋のエンジニア畑の出身者と聞いている。そのような生臭い方法を考えつくものだろうか?」
腕を組んで考え込んでしまうおれ達。
「脅迫専門の呪術師か……」
「ボクはこういう、遠回しな攻撃の人は苦手だよ……」
おれが情報を伝えると、真凛も直樹もむっつりと押し黙ってしまった。ちなみにこの小娘は授業帰りでそのまま合流しているため制服である。
「なんかややこしい話になっちまったけど、おれ達の仕事は、水池氏を露木氏に引き合わせること、これに変更はない。ところが、肝心の水池氏はどうしても会いたくないと言っている」
頷く二人。
「となると、だ。脅迫者から助けてやることで恩を売り、その代価として面会をさせるという方法はどうだろう」
「そう上手くいくか?何しろ”脅迫に屈しない”男なのだろう。その手の取引が通じるとは思えんが」
確かに。おれ自身もそう思っていたので、奴の言葉には反論せず黙り込んだ。
「しかし、『蛇』とやらをわざわざアメリカから呼び寄せたとあれば、雇い主は相当に水池氏に恨みを持っていると考えるべきだろうか」
「候補としてまず一番に考えられるのは『ミストルテイン』だが」
「えぇっと、水池さんのヨルムンガンド社が、今度合併しようとしている会社……だよね?」
ここ数日それなりに勉強してきたのだろう、自信なげに問う真凛。
「八十点てところだな。正確には買収だ。事業の内容については……ホレ語れ、ITオタク」
「別にパソコンは得意ではあってもさほど好きというわけではないのだが」
ぶつぶつ文句を垂れながらも直樹が語る。ミストルテインとは近頃主流になりつつあるIP電話のソフトを開発している会社である。
IP電話とは大雑把に言えば、既存の電話回線ではなく、インターネットを経由して音声情報をやりとりする電話である。なによりのメリットは、ネットに常時接続しているのであればそれ以上の料金が発生しないということだ(たとえ相手が海の向こうに居ようとも、だ)。
つまりは電話代ほとんどタダ。現在、多くの企業では社内や会社間の連絡はほとんどこれに置き換わっているし、一般ユーザーにも確実に普及しつつある。通信業界では、あと数年で従来の固定電話はその役目を終え、「どこでもつながる携帯電話」と「無料で話せるIP電話」へと吸収されていくとの予想が大勢を占めている。
そのIP電話をパソコン上で起動するために必要なソフトを作っているのが『ミストルテイン』社であり、世界的に大きなシェアを誇っている。
ヨルムンガンド社はネット上でのブログ、株、保険やオークション等のサービスを展開しており、これにIP電話のサービスが加わることで、たとえばネットオークションで入札しながら相手と電話で交渉したり、保険の見積もりを直接オペレーターと話しながら申し込める事も可能になり、とても便利になる。
……というのが、ヨルムンガンド側の描く理想の未来である。
「う――ん。とにかく。ミストルテインをお金で買い占めて自分のものにすると、水池さんのヨルムンガンドにすごくいい事があるってこと?」
「まぁ、そうだな」
今はくどくど裏事情を説明してもしかたがない。事態を簡略化して本質を把握しておくことは、仕事の重要テクニックである。そうすることで、
「でもそれは、ミストルテインにとってはいい事なの?」
シンプルにして重要な問題を見つけることが出来るわけだ。おれは首を横に振る。
「ミストルテインは、買収どころか業務提携も嫌がっていたみたいだな。今回のは株式の敵対的な買収……ぶっちゃけて言えば、『お前を買ってやるから俺のモノになれ』ってとこだ。TOBこそ発動してないものの、ミストルテインの役員連中を随分と抱き込むことに成功してるみたいだし、過半数を突破するのは時間の問題だろうな」
そう、会社とは『買う』ことが出来るのだ。それが株を買うということであり、一株を所有すると言うことは、その会社の何万分の一かを所有することに他ならない。
「相手は今昇り調子真っ最中のヨルムンガンド。カネの勝負では勝ち目があるまい。となれば残された手段は……」
「ヨルムンガンドの頭である水池氏を後ろからズドン、ってとこか?」
巨大企業ヨルムンガンドとて、実質はほとんど水池氏のワンマンチームだ。トップが倒れれば、針でつついた風船のようにしぼんでしまうだろう。
「考えられないでもないが。ミストルテインの社長は生粋のエンジニア畑の出身者と聞いている。そのような生臭い方法を考えつくものだろうか?」
腕を組んで考え込んでしまうおれ達。
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