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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆08:凶蛇猛襲−4
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「下がっていろ」
その背後から躍り出たのが直樹。人外の膂力にものを言わせて、真っ二つに割れている応接テーブルの破片を持ち上げ蛇の頭部に叩きつける。臓器はないくせに頭部の概念はあるのか、奴は怯み動きを止めた。
「ハイそこまで」
おれは手に持ったコードを、『絞める蛇』の尻尾がつながっているホームバーの蛇口に巻き付けた。このコード、先ほど奴に吹っ飛ばされた冷凍庫のケーブルを手持ちのツールナイフで切断したもの。しかもこのコード三相じゃないか。いいのかコレ。
「くくらららええ必殺業務用二百ボボルトト」
台詞が変なのは巻き付けた時におれも感電したからなのでカンベンしてもらいたい。一応上着で手を被っており、またすぐに手を離したから出来たものの、両腕が痺れるし脳裏に衝撃がバチバチくる(良い子は絶対マネすんな)。
おれの方はギャグですんだが、尻尾に即席のスタンガンを取り付けられた蛇の方はたまったものではなかった。何しろ全身伝導体、その上電圧は低くとも電流の量はスタンガンなど比べものにならない。
漫画のように火花が弾けたりはしないが、体内を走るすさまじいショックに『絞める蛇』は明らかに苦悶していた。元来た蛇口に逃げ込もうにも、そここそが電気を送り込まれているポイントである。すると奴の取り得る選択は、
「ふげっ!」
この無様な悲鳴は、『絞める蛇』が蛇口から切り離した尻尾に顔面を引っぱたかれたおれの台詞だ。奴は自由になると、一直線に部屋の外に向かって逃げ出した。ここでようやく、ターゲットの安否を確認する余裕が戻った。
「水池さん、大丈夫ですか!?」
初めておれ達エージェントのトンデモぶりを目にした水池氏は、若干放心状態にあるようだった。まあムリもない。何しろ命まで狙われてたんだから。
「ウソだろ……いくらなんでも、これはやり過ぎだ……」
……そんなようなことを呟いている。一方、逃げた蛇を追う直樹。
「逃がすか!」
「待ってください!」
外へ走り出そうとする直樹を制する門宮さん。
「何だ」
「水に仮初めの知能を与えただけの使い魔をこれほど操るには、術者がこちらの情報を逐一把握していなければならないはずです」
さすがに同系統の能力者らしく、彼女は敵の正体を見破っていたようだ。
「操り主がこの近くに?」
だが、あれほどのセキュリティをかいくぐってこのフロアに潜入するのは不可能に近い。また、そこまで近づけるならわざわざ使い魔を仕掛けてくる必要はない。となると。
「外か!?」
壊滅状態の部屋を突っ切り、まだ痺れている脚を動かして東京湾まで見通せるガラス窓に走り寄る。この四十七階の様子を奥まで把握するならば、同程度の高さをもった建物が必要だ。だがぱっと見た限り、そんなものは見あたらなかった。残る二人も駆け寄ってくる。
「直樹、見えるか?」
腐っても吸血鬼、奴の眼は色々と特別仕様なのだ。
「昼では今ひとつだが……。この方向周囲五百メートルにはまずそれらしいものはないぞ」
となると盗撮カメラでも事前に仕掛けたか。そう思って目を転じようとした時、ようやくそれに気づいた。
「五百メートルよりもっと遠くなら?」
「何だと?」
およそ直線距離にして千五百メートル。一つだけ、このフロアを見渡せる場所があった。
「あそこか!!」
そこにはこの『バベル・タワー』よりも遙かに高く、また歴史ある高層建築が、その紅い雄姿をたたえていた。全長三百三十三メートル、日本の象徴たる電波塔、東京タワー。その大展望台はちょうど、この四十七階と水平の位置にあった。
存外にいい勘をしている。
『蛇』が覗き込んだ手持ちの望遠鏡の向こうでは、銀髪の青年と日本人の若者、そして警備員と思われる女性がそろってこちらに視線を向けていた。もっとも、こちらの顔まではわからないだろうが。
東京タワー大展望台。地上百五十メートルに位置する欄干に身体を預けて、窓のはるか向こうを見つめている。ここでは『蛇』がそのような仕草をしていても、観光気分の外国人としか思われないだろう。
悠々と伸縮式の望遠鏡をポケットにしまい、エレベーターへと向かう。彼らがどう足掻いても、今立ち去ろうとする『蛇』の足取りをつかむことは不可能だ。
右手でボタンを押そうとして、自分が指に傷……噛み傷と、そして、火傷を負っていたことに気づき苦笑する。左手でボタンを押して待つ。やがてやってきたエレベーターに乗り込み、下降する。
さて、準備は完了した。
後は愚かな草蛇が、己の身の程を弁えることを願うばかりだ。
その背後から躍り出たのが直樹。人外の膂力にものを言わせて、真っ二つに割れている応接テーブルの破片を持ち上げ蛇の頭部に叩きつける。臓器はないくせに頭部の概念はあるのか、奴は怯み動きを止めた。
「ハイそこまで」
おれは手に持ったコードを、『絞める蛇』の尻尾がつながっているホームバーの蛇口に巻き付けた。このコード、先ほど奴に吹っ飛ばされた冷凍庫のケーブルを手持ちのツールナイフで切断したもの。しかもこのコード三相じゃないか。いいのかコレ。
「くくらららええ必殺業務用二百ボボルトト」
台詞が変なのは巻き付けた時におれも感電したからなのでカンベンしてもらいたい。一応上着で手を被っており、またすぐに手を離したから出来たものの、両腕が痺れるし脳裏に衝撃がバチバチくる(良い子は絶対マネすんな)。
おれの方はギャグですんだが、尻尾に即席のスタンガンを取り付けられた蛇の方はたまったものではなかった。何しろ全身伝導体、その上電圧は低くとも電流の量はスタンガンなど比べものにならない。
漫画のように火花が弾けたりはしないが、体内を走るすさまじいショックに『絞める蛇』は明らかに苦悶していた。元来た蛇口に逃げ込もうにも、そここそが電気を送り込まれているポイントである。すると奴の取り得る選択は、
「ふげっ!」
この無様な悲鳴は、『絞める蛇』が蛇口から切り離した尻尾に顔面を引っぱたかれたおれの台詞だ。奴は自由になると、一直線に部屋の外に向かって逃げ出した。ここでようやく、ターゲットの安否を確認する余裕が戻った。
「水池さん、大丈夫ですか!?」
初めておれ達エージェントのトンデモぶりを目にした水池氏は、若干放心状態にあるようだった。まあムリもない。何しろ命まで狙われてたんだから。
「ウソだろ……いくらなんでも、これはやり過ぎだ……」
……そんなようなことを呟いている。一方、逃げた蛇を追う直樹。
「逃がすか!」
「待ってください!」
外へ走り出そうとする直樹を制する門宮さん。
「何だ」
「水に仮初めの知能を与えただけの使い魔をこれほど操るには、術者がこちらの情報を逐一把握していなければならないはずです」
さすがに同系統の能力者らしく、彼女は敵の正体を見破っていたようだ。
「操り主がこの近くに?」
だが、あれほどのセキュリティをかいくぐってこのフロアに潜入するのは不可能に近い。また、そこまで近づけるならわざわざ使い魔を仕掛けてくる必要はない。となると。
「外か!?」
壊滅状態の部屋を突っ切り、まだ痺れている脚を動かして東京湾まで見通せるガラス窓に走り寄る。この四十七階の様子を奥まで把握するならば、同程度の高さをもった建物が必要だ。だがぱっと見た限り、そんなものは見あたらなかった。残る二人も駆け寄ってくる。
「直樹、見えるか?」
腐っても吸血鬼、奴の眼は色々と特別仕様なのだ。
「昼では今ひとつだが……。この方向周囲五百メートルにはまずそれらしいものはないぞ」
となると盗撮カメラでも事前に仕掛けたか。そう思って目を転じようとした時、ようやくそれに気づいた。
「五百メートルよりもっと遠くなら?」
「何だと?」
およそ直線距離にして千五百メートル。一つだけ、このフロアを見渡せる場所があった。
「あそこか!!」
そこにはこの『バベル・タワー』よりも遙かに高く、また歴史ある高層建築が、その紅い雄姿をたたえていた。全長三百三十三メートル、日本の象徴たる電波塔、東京タワー。その大展望台はちょうど、この四十七階と水平の位置にあった。
存外にいい勘をしている。
『蛇』が覗き込んだ手持ちの望遠鏡の向こうでは、銀髪の青年と日本人の若者、そして警備員と思われる女性がそろってこちらに視線を向けていた。もっとも、こちらの顔まではわからないだろうが。
東京タワー大展望台。地上百五十メートルに位置する欄干に身体を預けて、窓のはるか向こうを見つめている。ここでは『蛇』がそのような仕草をしていても、観光気分の外国人としか思われないだろう。
悠々と伸縮式の望遠鏡をポケットにしまい、エレベーターへと向かう。彼らがどう足掻いても、今立ち去ろうとする『蛇』の足取りをつかむことは不可能だ。
右手でボタンを押そうとして、自分が指に傷……噛み傷と、そして、火傷を負っていたことに気づき苦笑する。左手でボタンを押して待つ。やがてやってきたエレベーターに乗り込み、下降する。
さて、準備は完了した。
後は愚かな草蛇が、己の身の程を弁えることを願うばかりだ。
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