人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
165 / 368
第5話:『六本木ストックホルダー』

◆08:凶蛇猛襲−3

しおりを挟む
「おい!『スケアクロウ』!?」

 細長い体躯で胸板を貫いた『絞める蛇』はそのままの状態で、背中に抜けた上半分をスケアクロウの右腕に、胸板に埋まっている下半分をその腰に巻き付けた。次の瞬間、胸が悪くなるような光景が展開された。

 けたたましい金属音が鳴り響く。『絞める蛇』が巻き付いた『スケアクロウ』の右腕を締め上げ、右腕と、支点となった胸の穴と腰とをいっぺんにねじ切ったのだ。

「…………!!」

 悲鳴を上げることすら出来ず、右腕と胴を切断された『スケアクロウ』は絨毯の上に転がった。ここでようやく、おれが突き飛ばされた水池氏と『絞める蛇』との間に割り込むことに成功する。

「なんだ!なんなんだこれは一体!?」

 その疑問を発したくなる気持ちはよくわかるがとりあえず放置。

「蛇口を閉めろ!こいつは水があればあるほど強くなる!!」

 おれの指示は、だが遅きに失した。すでに潜む必要がなくなったと判断したのか、『絞める蛇』はその身をぶるりと震わせる。

 蛇口、とはよく言ったもので、はじけ飛んだそこから勢いよく水が噴出……せずに、そのまま蛇の尻尾へと変じてゆく。みるみる巨大になってゆく『絞める蛇』。最初はロープ程度の太さしかなかった胴体が、あっという間に人間の腕くらいの太さに成長し、体長はすでに十メートルを優に超える。

 『絞める蛇』の頭がこちらを向く。そこに目や鼻などないのだが、おれはまさしく蛇に睨まれた蛙だった。とたん、『絞める蛇』はその胴体をくねらせ、おれと水池氏双方にしゅるしゅると巻き付いてくる。

 透明な水の、ぞっとする冷たさ。その胴体は水のくせに異様な弾力と、そして圧力に富んでいた。消防用の放水ホースを使った事がある人なら、この感覚は理解できるかも知れない。

 あいにくとこちとら生身の体である。こんなもので締め上げられて腸詰め肉ソーセージならぬ肉詰め腸になるのはごめんこうむる。

「水池さん!」

 門宮さんの声が飛ぶ。見れば、長い胴体で締め上げたまま、音もなく『絞める蛇』の頭が水池氏の肩に噛みつこうとしていた。

「直樹!」

 おれが叫ぶ前に、奴は動いていた。

「世話の焼ける!」

 無愛想な呟きとともに、直樹が吸血鬼の膂力を解放し、蛇の胴体に遠慮ない蹴りをたたき込む。人外の力で蹴り飛ばされさすがに応えたか、おれと水池氏の拘束を解放する。

「大丈夫ですか!?」
「肩が、肩が!」

 見ると、肩のあたりにうっすらと血がにじんでいる。傷は浅いようだが……噛まれたのか!?確認するまもなく、今度は蛇の頭がおれを狙って来た。

「――穿うがて。『紙飛行機』!」

 そのタイミングを見計らって、門宮さんの呪が飛ぶ。鋭く折り上げられた紙片は一つの剛弓と化し、『絞める蛇』の頭部に深々と突きたった。だが。
「効いていない!?」

 門宮さんの声にわずかに動揺が走る。突き刺さった紙飛行機は、だがそのまま水を吸って形を失い、奴の内部に取り込まれつつあった。

「こいつに内蔵や器官はありません!形状そのものを崩す攻撃を!」

 おれは叫びつつ、腰を抜かした水池氏を壁際にひっぱる。くそ、重いなこのオッサン。引き続き直樹がその胴体を殴りつけ、蛇を退ける。『スケアクロウ』が倒れた今、唯一この蛇に力負けしていないのが直樹だ。だが、奴の冷気を発動するにはここは狭すぎる。どうする?

 一瞬こちらを振り返った直樹と眼が合う。……了解。おれは壁沿いを走る。

 今や二十畳の部屋全体を取り巻くほどの大きさに成長した水の蛇。それは海竜とも思える偉容だった。

 壁際の水池氏と、それを庇う直樹達の前で、奴はうねうねと不気味に体をくねらせた。胴体は動かぬまま、頭部だけが右に回転し、結果その細長い蛇身はねじれ上がっていく。凄まじい圧力を、その内に蓄えながら。そしてそのいびつな身体のよじれが、限界まで達した時。

「伏せろっ!!」

 直樹が叫ぶ。ねじり上げたゴム紐を解放する要領で、『絞める蛇』の身体が長さ十五メートルの巨大な鞭と化し、部屋中を縦横無尽に乱打した。圧倒的な水の質量と、解放された圧力による凄まじい速度が、純粋な凶器と化して室内を荒れ狂う。

 巨大な爆竹に点火したような連続破裂音。デンマーク製のキャビネットが、冷蔵庫が、マホガニーのデスクが、ノートPCが。塵芥のように軽々と吹き飛び、空中で粉砕される光景はもはや悪夢としか思えなかった。

「――啄め。『鶴』!」

 吹き荒れる水の嵐の隙を突いて門宮さんが攻撃。

 おそらくは『紙飛行機』に並ぶ彼女の必殺の攻撃だったであろう折り鶴の吹雪は、だがいずれも『絞める蛇』の身体に弾かれ傷をつけることが出来ない。広範囲を補足する攻撃の代償として、一撃一撃の威力が低いのが裏目に出たのだ。わずかに舌打ちし、英語で呟く門宮さん。

『固けりゃいいってもんじゃないんですよこのポ○モン野郎』

 ……なんかちょっとスラングが混じったような気がするけど、気のせいだよね?(pocket monsterをポケ○ンと訳したおれは間違ってないよな?)ああきっと気のせいだ。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

私がこの株を買った訳 2024

ゆきりん(安室 雪)
経済・企業
2024もチマチマと株主優待や新たに買った株の話し、貧乏作者の貧乏話しを書いて行きたいなぁ〜と思います。 株の売買は自己責任でお願いします。 よろしくお願いします。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

私、事務ですけど?

フルーツパフェ
経済・企業
自動車業界変革の煽りを受けてリストラに追い込まれた事務のOL、霜月初香。 再就職先は電気部品の受注生産を手掛ける、とある中小企業だった。 前職と同じ事務職に就いたことで落ち着いた日常を取り戻すも、突然社長から玩具ロボットの組込みソフトウェア開発を任される。 エクセルマクロのプログラミングしか経験のない元OLは、組込みソフトウェアを開発できるのか。 今話題のIoT、DX、CASE――における日本企業の現状。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

JOKER

札幌5R
経済・企業
この物語は主人公の佐伯承夏と水森警察署の仲間との対話中心で進んでいきます。 全体的に、アクション、仲間意識、そして少しのユーモアが組み合わさった物語であり、水森警察署の警察官が日常的に直面する様々な挑戦を描いています。 初めて書いた作品ですのでお手柔らかに。 なんかの間違えでバズらないかな

処理中です...