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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆07:オフィスビルで昼食を−2
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ヨルムンガンド社の実際の仕事場は四十六階に集中しており、四十七階は応接室、食堂、そして社長室など、お客向けの施設が収まっていた。スケアクロウと門宮さんに先導されるまま自動のガラス扉をくぐる。途中二回もIDカードを要求する扉があり、その都度ゲストコードを入力しなければならないため、えらく時間がかかった。
そうして辿り着いた社長室は、実に二十畳の広さを持ち(おれの部屋が風呂トイレ台所を含めてすっぽり収まって余りある)、毛足の長いカーペット、どっしりとしたマホガニーのデスク、多分デンマークあたりの産であろうキャビネットが壁に並んでおり、『いかにも』と言った雰囲気だった。
ついでに言うと、キャビネットの裏には小さいながらもホームバーまで備え付けられている。
真中には来客用の応接セット。突き当たりの東南の壁は一面ガラス張りとなっており、高くそびえる東京タワーや浜離宮、その向こうに広がる東京湾が一望できる。これがホテルの一室ならば、このロケーションだけで料金二割増しは確定と言ったところだ。
そして、その奥にある社長室に、水池恭介はいた。
写真で見る通りのそれなりに整った顔立ちだが、実際に対面してみると立ち昇る精気のようなものが段違いだ。これだけのパワーが無ければ、生存競争の激しいベンチャー業界ではたちまち喰われてしまうのかもしれない。
「用件があるならさっさと言え」
んで、第一声がこれである。ドラゴン水池と称される、不敵な面立ち。テレビで散々お馴染になった強気の発言はパフォーマンスではなく、素でこういう性格らしい。声こそこちらにかけているものの、視線は卓上のノートPCから外さず、一心不乱に未読メールを捌いている。
シグマの二人は扉の側で控える。部屋の主はイスを勧めてくれなかったので、おれと直樹は勝手にソファーに腰を下ろして脚を組んだ。本来は銀行だの投資ファンドだののお偉方のためのソファーは、分け隔てなく貧乏学生も迎えてくれた。
交渉の基本はリラックス。今日本でもっともお金持ちにして有名人を前にしてのこの図々しさは、もちろんこのバイトで培われたものである。
「就職活動に備えて、会社訪問でもしておこうと思いましてね」
「それなら正規にアポを取ることだな。生憎とそんな利益を産まない行為に裂くスケジュールはないが」
水池氏は変わらずディスプレイを見つめたまま。代わって直樹が口を開く。
「それはまた。優秀な人材の確保こそがIT業界の急務でしょう」
「講演会ならやっているさ。東大京大一橋。国立と私立の大手は大体やったな。優秀株はよりどりみどりだ」
図太い笑みを浮かべる水池氏。
「昼食をご一緒したいとのお誘いだと伺ったんですけどね?」
「そうだな、そろそろメシにするか」
言うと、ノートPCを畳んでこちらにやって来た。机の下から何やら袋を取り出し、応接テーブルの上に置く。それは何と言うか、おれにとってはとても馴染みのある袋だった。
「日本最新のショッピングモールなどと言ってはみても、その実コンビニひとつロクにない。使えん話だ。ようやく地下のテナントに入ったが、そうでなければ本気で引っ越そうかと考えていたぞ」
袋を広げる。中から出て来たのは、フィルムで包装された、いわゆるコンビニのミックスサンドと缶コーヒーだった。数はご丁寧に五人分。
「門宮君と『スケアクロウ』君も一緒にどうだ」
気さくに声をおかけくださるIT長者様。
「あのー……?」
『金でたいていの事は出来る』と豪語する男が食べるには、ちょいと味気ないと思うのだが。
「別に高いモノを食いたくて金を稼いでいるわけじゃない。会食以外で高いメシを食う気にはなれんし、何より時間が無駄だ」
言うや水池氏はとっとと包装を解くと、サンドイッチを美味そうに口に放り込みはじめた。ことさらに貧乏学生に嫌がらせをしているわけではなく、普通にこれが彼の昼食のようだった。
「さっさと食わんか」
「はあ」
地上四十七階、豪華な調度類に囲まれて食べるミックスサンド。さっき食べた千二百円のそれと、味の違いはおれにはわからなかった。
結局シグマの二人も加わって、五人の奇妙な昼食会が始まった。とは言え会話の切り口も見つからず、一同無言のままサンドイッチを腹に送り込む。って、隣でスケアクロウも平然と食べているが、そう言えばこいつの腹はどうなっているのだろうか。
――五人、か。
テーブルを囲む人間を、『蛇』はその目に克明に捕らえていた。
キョウスケ・ミズチ。事前に入手した資料によれば、ミズチもまた日本語で『蛇』を意味し、ドラゴンを名乗っているとか。
『蛇』の唇が切れのよい半月を描く。
よろしい。
まずは極東の草蛇に格の違いを思い知らせてやるとしよう。
そうして辿り着いた社長室は、実に二十畳の広さを持ち(おれの部屋が風呂トイレ台所を含めてすっぽり収まって余りある)、毛足の長いカーペット、どっしりとしたマホガニーのデスク、多分デンマークあたりの産であろうキャビネットが壁に並んでおり、『いかにも』と言った雰囲気だった。
ついでに言うと、キャビネットの裏には小さいながらもホームバーまで備え付けられている。
真中には来客用の応接セット。突き当たりの東南の壁は一面ガラス張りとなっており、高くそびえる東京タワーや浜離宮、その向こうに広がる東京湾が一望できる。これがホテルの一室ならば、このロケーションだけで料金二割増しは確定と言ったところだ。
そして、その奥にある社長室に、水池恭介はいた。
写真で見る通りのそれなりに整った顔立ちだが、実際に対面してみると立ち昇る精気のようなものが段違いだ。これだけのパワーが無ければ、生存競争の激しいベンチャー業界ではたちまち喰われてしまうのかもしれない。
「用件があるならさっさと言え」
んで、第一声がこれである。ドラゴン水池と称される、不敵な面立ち。テレビで散々お馴染になった強気の発言はパフォーマンスではなく、素でこういう性格らしい。声こそこちらにかけているものの、視線は卓上のノートPCから外さず、一心不乱に未読メールを捌いている。
シグマの二人は扉の側で控える。部屋の主はイスを勧めてくれなかったので、おれと直樹は勝手にソファーに腰を下ろして脚を組んだ。本来は銀行だの投資ファンドだののお偉方のためのソファーは、分け隔てなく貧乏学生も迎えてくれた。
交渉の基本はリラックス。今日本でもっともお金持ちにして有名人を前にしてのこの図々しさは、もちろんこのバイトで培われたものである。
「就職活動に備えて、会社訪問でもしておこうと思いましてね」
「それなら正規にアポを取ることだな。生憎とそんな利益を産まない行為に裂くスケジュールはないが」
水池氏は変わらずディスプレイを見つめたまま。代わって直樹が口を開く。
「それはまた。優秀な人材の確保こそがIT業界の急務でしょう」
「講演会ならやっているさ。東大京大一橋。国立と私立の大手は大体やったな。優秀株はよりどりみどりだ」
図太い笑みを浮かべる水池氏。
「昼食をご一緒したいとのお誘いだと伺ったんですけどね?」
「そうだな、そろそろメシにするか」
言うと、ノートPCを畳んでこちらにやって来た。机の下から何やら袋を取り出し、応接テーブルの上に置く。それは何と言うか、おれにとってはとても馴染みのある袋だった。
「日本最新のショッピングモールなどと言ってはみても、その実コンビニひとつロクにない。使えん話だ。ようやく地下のテナントに入ったが、そうでなければ本気で引っ越そうかと考えていたぞ」
袋を広げる。中から出て来たのは、フィルムで包装された、いわゆるコンビニのミックスサンドと缶コーヒーだった。数はご丁寧に五人分。
「門宮君と『スケアクロウ』君も一緒にどうだ」
気さくに声をおかけくださるIT長者様。
「あのー……?」
『金でたいていの事は出来る』と豪語する男が食べるには、ちょいと味気ないと思うのだが。
「別に高いモノを食いたくて金を稼いでいるわけじゃない。会食以外で高いメシを食う気にはなれんし、何より時間が無駄だ」
言うや水池氏はとっとと包装を解くと、サンドイッチを美味そうに口に放り込みはじめた。ことさらに貧乏学生に嫌がらせをしているわけではなく、普通にこれが彼の昼食のようだった。
「さっさと食わんか」
「はあ」
地上四十七階、豪華な調度類に囲まれて食べるミックスサンド。さっき食べた千二百円のそれと、味の違いはおれにはわからなかった。
結局シグマの二人も加わって、五人の奇妙な昼食会が始まった。とは言え会話の切り口も見つからず、一同無言のままサンドイッチを腹に送り込む。って、隣でスケアクロウも平然と食べているが、そう言えばこいつの腹はどうなっているのだろうか。
――五人、か。
テーブルを囲む人間を、『蛇』はその目に克明に捕らえていた。
キョウスケ・ミズチ。事前に入手した資料によれば、ミズチもまた日本語で『蛇』を意味し、ドラゴンを名乗っているとか。
『蛇』の唇が切れのよい半月を描く。
よろしい。
まずは極東の草蛇に格の違いを思い知らせてやるとしよう。
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