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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆06:美女のお誘い(再)-2
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「だいたいこのご時世に手書きってのがイカれてるよな。履歴書だってエクセルでプリントアウトする時代だってのに、これだから石頭の教授は……」
「む、そうだ。プリントアウトと言えば肝心な用件を忘れるところだった」
今度は直樹がカバンの中に手を突っ込む。
「なんだ、えるみかの等身大ポスターでも買ったのか?」
ちなみにこの男、店頭広告に用いられるアニメ美少女の等身大ポップをもらって自宅まで担いで帰ったという逸話がある。
「それは帰りに三つ買っていく」
「なぜ三つも?」
「実用、保存用、観賞用に決まっているだろう。そんな基本的なことを聞くな」
「……そうか」
”実用とは何だ”という疑問がおれの脳に浮かんだが、返答結果をシミュレートした結果、スルーすべきという結論が出た。
直樹が取り出したのは写真屋で現像するとくれるフォトアルバムだった。そういえば、旅行の後にそれぞれが撮った写真をアルバムにして焼き増しのために回覧する、という事をしなくなったのはいつごろからだったか。
「この夏に皆で海に行っただろう。その時の写真を渡すのを忘れていてな」
「ああ。あん時は大変だったなあ」
海に行ったくせになぜか一番盛り上がったのはエアホッケー大会だった。最後には各自が己の異能力を全開にして大人気なく勝負にのめり込んでいたような気がする。
「普通に共有してくれれば良かったのに」
「俺の分はとっくに送っている。これは姉貴の分だ」
「なるほどね。来音さんのフィルムカメラは随分気合入ってたもんな」
「ロクに保管も出来んくせに骨董カメラばかり買うのがあの女の悪癖だ。それで、焼き増しをするのでお前の写ってる分を選べ、との伝言だ」
おれはフォトアルバムを開く。みんなが写っていた。直樹、真凛に涼子ちゃん、所長羽美さん来音さん、桜庭さんにチーフに仁さん。それと、可愛げのないツラをした見覚えの無い男。
「……サンキュー。でも、やっぱり焼き増しは遠慮しとく」
フォトアルバムを返す。おれの台詞を半ば予期していたのだろう、直樹は素直に受け取った。奴はしばし考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「……結局。まだ治ってないのか、その相貌失認」
「治ってない。……と言うより治らないだろうな。壊れたんじゃない、欠けてしまったんだから」
まあ、取り立てていちいち説明するような大した事でも無いのだが。
こんな体質になってしまった影響としてもう一つ、おれは極めて限定的な相貌失認を患ってしまった。人間は他人と接した時、目鼻や輪郭などの情報を統合して『顔』という非常におおまかな情報にまとめ、記憶する。
この『おおまかな』という所がミソで、これによって、次に会った時、その人の髪型や服装が変わっていたり、前回笑っていた人が今回は怒っている、という時にも「ああ、あの人だ」と判断することが出来るのだ。「人と人を見分ける」という事は誰もが当たり前のようにやっているが、実はかなり高度な脳の機能を使用しているのである。
この脳の機能が何らかの理由により働かなくなってしまうと、『他人の顔の見分けがつかない』という事態が発生する。これが相貌失認だ。他人と会えば髪型も輪郭もわかるし、目鼻立ちもちゃんと見えている。なのにそれを『顔』として情報化出来ないのだ。
次に会った時にはもうその人が誰なのか判らなくなってしまう(もちろん、服装や周囲の状況から推測は出来るが)。そして、力を得た反動として、おれの脳の機能はここが欠けててしまったようなのだ。
もちろん、今までこの仕事をやって来た事からもわかるように、おれはちゃんと真凛や直樹、あるいは戦ったエージェントの顔はちゃんと覚えている。おれが覚えられず、かつ、思い出せないのはただ一人の顔……亘理陽司、自分自身の顔だけである。
禁断の存在を己の人格の上にロードし使役しする『召喚師』の技。次第に己の人格と呼び出したモノが混じっていき、最後には自我を失うこの術にはお似合いのペナルティと言えた。
「しゃーないさ。こんだけの力の反動が、自分の顔がわからなくなるくらいで収まるのならむしろ安いくらいだ」
おかげで、おれの部屋には鏡が一枚もなかったりする。経費がかからなくて結構なことだ。おれはへらへらと笑った。他人の顔ならともかく、自分の顔ならそうそう社会生活に困る事は無いしな。どうせこんな記憶も、そのうちどの人格のものだったかわからなくなってしまうのだろうし。
「ま、でも同情してくれるなら好意はありがたく受け取っておくぜ」
会話の隙をついて、最後のミックスサンドに手を伸ばす。と、皿に届く寸前、奴の手にひっ攫われていた。
「……おい、てめぇ」
「一切れ四百円ともなるとなかなか他人にくれてやる気にはなれなくてな」
「金は半額ずつ出しただろうが!」
「では半分こにでもするか」
「それはそれでイヤだ」
日本最先端のショッピング施設のカフェテラスで至極低レベルな争いをおれ達が繰り広げていると、
「よろしければ、こちらでご一緒しませんか?」
横合いからかけられる声。『折り紙使い』門宮ジェインさんが立っていた。
「水池恭介が、貴方達とぜひ昼食をご一緒したいと申しております」
「む、そうだ。プリントアウトと言えば肝心な用件を忘れるところだった」
今度は直樹がカバンの中に手を突っ込む。
「なんだ、えるみかの等身大ポスターでも買ったのか?」
ちなみにこの男、店頭広告に用いられるアニメ美少女の等身大ポップをもらって自宅まで担いで帰ったという逸話がある。
「それは帰りに三つ買っていく」
「なぜ三つも?」
「実用、保存用、観賞用に決まっているだろう。そんな基本的なことを聞くな」
「……そうか」
”実用とは何だ”という疑問がおれの脳に浮かんだが、返答結果をシミュレートした結果、スルーすべきという結論が出た。
直樹が取り出したのは写真屋で現像するとくれるフォトアルバムだった。そういえば、旅行の後にそれぞれが撮った写真をアルバムにして焼き増しのために回覧する、という事をしなくなったのはいつごろからだったか。
「この夏に皆で海に行っただろう。その時の写真を渡すのを忘れていてな」
「ああ。あん時は大変だったなあ」
海に行ったくせになぜか一番盛り上がったのはエアホッケー大会だった。最後には各自が己の異能力を全開にして大人気なく勝負にのめり込んでいたような気がする。
「普通に共有してくれれば良かったのに」
「俺の分はとっくに送っている。これは姉貴の分だ」
「なるほどね。来音さんのフィルムカメラは随分気合入ってたもんな」
「ロクに保管も出来んくせに骨董カメラばかり買うのがあの女の悪癖だ。それで、焼き増しをするのでお前の写ってる分を選べ、との伝言だ」
おれはフォトアルバムを開く。みんなが写っていた。直樹、真凛に涼子ちゃん、所長羽美さん来音さん、桜庭さんにチーフに仁さん。それと、可愛げのないツラをした見覚えの無い男。
「……サンキュー。でも、やっぱり焼き増しは遠慮しとく」
フォトアルバムを返す。おれの台詞を半ば予期していたのだろう、直樹は素直に受け取った。奴はしばし考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「……結局。まだ治ってないのか、その相貌失認」
「治ってない。……と言うより治らないだろうな。壊れたんじゃない、欠けてしまったんだから」
まあ、取り立てていちいち説明するような大した事でも無いのだが。
こんな体質になってしまった影響としてもう一つ、おれは極めて限定的な相貌失認を患ってしまった。人間は他人と接した時、目鼻や輪郭などの情報を統合して『顔』という非常におおまかな情報にまとめ、記憶する。
この『おおまかな』という所がミソで、これによって、次に会った時、その人の髪型や服装が変わっていたり、前回笑っていた人が今回は怒っている、という時にも「ああ、あの人だ」と判断することが出来るのだ。「人と人を見分ける」という事は誰もが当たり前のようにやっているが、実はかなり高度な脳の機能を使用しているのである。
この脳の機能が何らかの理由により働かなくなってしまうと、『他人の顔の見分けがつかない』という事態が発生する。これが相貌失認だ。他人と会えば髪型も輪郭もわかるし、目鼻立ちもちゃんと見えている。なのにそれを『顔』として情報化出来ないのだ。
次に会った時にはもうその人が誰なのか判らなくなってしまう(もちろん、服装や周囲の状況から推測は出来るが)。そして、力を得た反動として、おれの脳の機能はここが欠けててしまったようなのだ。
もちろん、今までこの仕事をやって来た事からもわかるように、おれはちゃんと真凛や直樹、あるいは戦ったエージェントの顔はちゃんと覚えている。おれが覚えられず、かつ、思い出せないのはただ一人の顔……亘理陽司、自分自身の顔だけである。
禁断の存在を己の人格の上にロードし使役しする『召喚師』の技。次第に己の人格と呼び出したモノが混じっていき、最後には自我を失うこの術にはお似合いのペナルティと言えた。
「しゃーないさ。こんだけの力の反動が、自分の顔がわからなくなるくらいで収まるのならむしろ安いくらいだ」
おかげで、おれの部屋には鏡が一枚もなかったりする。経費がかからなくて結構なことだ。おれはへらへらと笑った。他人の顔ならともかく、自分の顔ならそうそう社会生活に困る事は無いしな。どうせこんな記憶も、そのうちどの人格のものだったかわからなくなってしまうのだろうし。
「ま、でも同情してくれるなら好意はありがたく受け取っておくぜ」
会話の隙をついて、最後のミックスサンドに手を伸ばす。と、皿に届く寸前、奴の手にひっ攫われていた。
「……おい、てめぇ」
「一切れ四百円ともなるとなかなか他人にくれてやる気にはなれなくてな」
「金は半額ずつ出しただろうが!」
「では半分こにでもするか」
「それはそれでイヤだ」
日本最先端のショッピング施設のカフェテラスで至極低レベルな争いをおれ達が繰り広げていると、
「よろしければ、こちらでご一緒しませんか?」
横合いからかけられる声。『折り紙使い』門宮ジェインさんが立っていた。
「水池恭介が、貴方達とぜひ昼食をご一緒したいと申しております」
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