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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆06:美女のお誘い(再)-1
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「で、今日は真凛がいない分、久しぶりにお前と組んで、ってわけなんだが……」
「真凛君は学校か。そう言えば平日だったな。学生は大変だ」
「テメェだって一応専門学校生だろうが」
「そう言えばそうだったな。しかし真凛君の事だ。ここに来たがったのではないか?」
「あーもーうるせーのなんの。学校があるから参加しないなんてアシスタントじゃない、とかゴネてな。説得するのが大変だったぜ」
アシスタントとしてのココロイキは認めてやらんでもないが、アヤツ自身の将来のためにもあくまで優先すべきは学業。サボりの口実になってはいかんのである。ぶーたれてるおれを見て、直樹はメガネの位置を直した。
「お前がそこまで他人に気を使うとはな」
「……あのなおい。そういう言い方をされるとおれがまるで空気が読めないヒトみたいじゃないか。このご時世、おれ程仕事中に周りに気を配るワカモノはそういないと自負してんだけどな?」
「お前のは気遣いではない。単に現場ごと現場ごとのその場しのぎだろう」
「……悪いかよ」
なんかいつぞやも誰かに同じような事言われた気がするぞ。
「いや、むしろ逆だ。そのお前にしては、近頃随分と真凛君の面倒を見ていると思って珍しく感心しているだけだ」
今日はやけに絡むなコイツ。よかろう。おれも真剣な表情で応じる。
「なあお前、考えてもみろよ。真凛がもし留年でもしてみろ。本人は自業自得としても、奴のお母上に何と申し開く」
直樹の表情が心なしか青ざめた。無意識のうちに胃の辺りを手で押さえている。
「あのご母堂か……。目に浮かぶようだ、さながら築地のマグロの如く解体されたお前の成れの果てが」
「お前も同罪だよ!おれはまだいいぞ、お前はなまじ楽に死ねん分長く苦痛を味わう事になるんだ」
真凛のご母堂にして七瀬式殺捉術の現当主にかかれば、我ら如き若輩者は冷凍マグロと大して変わらぬ運命を迎える事になるであろう。つくづくこの世界の闇は深い。
「……そんな恐ろしい仮定を想像しても始まらぬ。で、真凛君で突破出来なかったとなれば、俺達二人での力押しは難しいな。これからどうするのだ?」
「安心しろ、すでに昨日のうちに一手を打ってある」
「ほう?では具体的に何からはじめる?」
「とりあえずは、これをやる」
おれは自分のザックの中から大量の紙束と幾つかの書籍を取り出し、テーブルの上に並べた。
「何の資料だ」
「大学の課題レポートだ」
「……おい」
「うるせぇ黙れヒマ人め。半期で単位が取れるものはいざ知らず、通年の講義はこのレポートで大抵単位が決まるんだよ。落としたらシャレにならねえんだぞ」
「ならば休み中に少しずつ進めておけば良かったではないか」
正論である。だがそんな正論がまかり通るのであれば、八月末日に宿題をやる子供も、〆切間際にエディターに向かう小説家も、印刷所に怒られる同人作家もこの世から消えて無くなるはずなのだ。
「ご苦労なことだ。だが実際、お前の記憶術と速読術ならテストの類は楽勝だろう?」
「それが通用したのは高校までだったな。文系なら楽出来ると思ったが、これなら理系の方が楽だったかも知れん」
こんな体質になってしまったささやかな副作用として、おれは自分の脳味噌をある程度自由にいじくり回せるという特技を身につけた。
記憶術の類はお手の物。なにしろ目を通して流れ込んできた映像を、直接脳の記憶領域にぶちこんでやればいいわけだ。アタマの中に小型のノートパソコンが入っているようなもの、と思って頂ければ間違いない。
おかげで高校の試験は苦戦した事があまりない。何しろテストの時は、脳裏に保存した教科書や国語辞典の映像を見ながら問題を解けばよいので、ある程度の点数は確保出来たのである(英単語の暗記テストなんていうこの世で一番無駄な事に人生を費やさずにすんだ事には、素直に感謝すべきだろう)。
ところが大学に入ってからはそうもいかない。何しろこの手のレポートは資料を読み込んで自分で考えて作成しなければならないので、カンニングが出来たところであまり意味は無いのだ。
「真凛君は学校か。そう言えば平日だったな。学生は大変だ」
「テメェだって一応専門学校生だろうが」
「そう言えばそうだったな。しかし真凛君の事だ。ここに来たがったのではないか?」
「あーもーうるせーのなんの。学校があるから参加しないなんてアシスタントじゃない、とかゴネてな。説得するのが大変だったぜ」
アシスタントとしてのココロイキは認めてやらんでもないが、アヤツ自身の将来のためにもあくまで優先すべきは学業。サボりの口実になってはいかんのである。ぶーたれてるおれを見て、直樹はメガネの位置を直した。
「お前がそこまで他人に気を使うとはな」
「……あのなおい。そういう言い方をされるとおれがまるで空気が読めないヒトみたいじゃないか。このご時世、おれ程仕事中に周りに気を配るワカモノはそういないと自負してんだけどな?」
「お前のは気遣いではない。単に現場ごと現場ごとのその場しのぎだろう」
「……悪いかよ」
なんかいつぞやも誰かに同じような事言われた気がするぞ。
「いや、むしろ逆だ。そのお前にしては、近頃随分と真凛君の面倒を見ていると思って珍しく感心しているだけだ」
今日はやけに絡むなコイツ。よかろう。おれも真剣な表情で応じる。
「なあお前、考えてもみろよ。真凛がもし留年でもしてみろ。本人は自業自得としても、奴のお母上に何と申し開く」
直樹の表情が心なしか青ざめた。無意識のうちに胃の辺りを手で押さえている。
「あのご母堂か……。目に浮かぶようだ、さながら築地のマグロの如く解体されたお前の成れの果てが」
「お前も同罪だよ!おれはまだいいぞ、お前はなまじ楽に死ねん分長く苦痛を味わう事になるんだ」
真凛のご母堂にして七瀬式殺捉術の現当主にかかれば、我ら如き若輩者は冷凍マグロと大して変わらぬ運命を迎える事になるであろう。つくづくこの世界の闇は深い。
「……そんな恐ろしい仮定を想像しても始まらぬ。で、真凛君で突破出来なかったとなれば、俺達二人での力押しは難しいな。これからどうするのだ?」
「安心しろ、すでに昨日のうちに一手を打ってある」
「ほう?では具体的に何からはじめる?」
「とりあえずは、これをやる」
おれは自分のザックの中から大量の紙束と幾つかの書籍を取り出し、テーブルの上に並べた。
「何の資料だ」
「大学の課題レポートだ」
「……おい」
「うるせぇ黙れヒマ人め。半期で単位が取れるものはいざ知らず、通年の講義はこのレポートで大抵単位が決まるんだよ。落としたらシャレにならねえんだぞ」
「ならば休み中に少しずつ進めておけば良かったではないか」
正論である。だがそんな正論がまかり通るのであれば、八月末日に宿題をやる子供も、〆切間際にエディターに向かう小説家も、印刷所に怒られる同人作家もこの世から消えて無くなるはずなのだ。
「ご苦労なことだ。だが実際、お前の記憶術と速読術ならテストの類は楽勝だろう?」
「それが通用したのは高校までだったな。文系なら楽出来ると思ったが、これなら理系の方が楽だったかも知れん」
こんな体質になってしまったささやかな副作用として、おれは自分の脳味噌をある程度自由にいじくり回せるという特技を身につけた。
記憶術の類はお手の物。なにしろ目を通して流れ込んできた映像を、直接脳の記憶領域にぶちこんでやればいいわけだ。アタマの中に小型のノートパソコンが入っているようなもの、と思って頂ければ間違いない。
おかげで高校の試験は苦戦した事があまりない。何しろテストの時は、脳裏に保存した教科書や国語辞典の映像を見ながら問題を解けばよいので、ある程度の点数は確保出来たのである(英単語の暗記テストなんていうこの世で一番無駄な事に人生を費やさずにすんだ事には、素直に感謝すべきだろう)。
ところが大学に入ってからはそうもいかない。何しろこの手のレポートは資料を読み込んで自分で考えて作成しなければならないので、カンニングが出来たところであまり意味は無いのだ。
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