155 / 368
第5話:『六本木ストックホルダー』
◆05:魔人達、惨敗す-1
しおりを挟む
「……完全に読み誤った。まさかこれほどのものとは、な……」
『真紅の魔人』笠桐・R・直樹が絶望のうめき声を上げる。時を支配し絶対零度を自在に生み出すその圧倒的な力をもってしても、この脅威に打ち勝つことは出来ない。
「……わかってはいたつもりだった。おれ達の常識がここでは通じるはずもないと覚悟はしていたんだ。なのに、ケタが予想の最大値をさらに超えているなんてな……!!」
応じるおれ、『召喚師』亘理陽司の声も乾き、ひび割れていた。これ程の失策、もはや悔しさを通り越して笑うしかない。やるせなさを拳に込めてテーブルに叩きつけようとして、やめた。この現実を前に、おれ達二人はひたすらに無力だった。
「ミックスサンド三つで千二百円。一体どういうコスト内訳になっているのか、市民代表として切に情報開示を希望するぜ」
「せめてドリンクくらいはつくと思っていたのだがな。千二百円。千二百円だぞ?ワンコインフィギュアを二個買って釣り銭が来るんだぞ?」
深々とため息をつく直樹。その辛気臭いツラに文句を言ってやろうとしてやめた。どうせおれも似たり寄ったりの顔をしているに違いないのだ。
「世界一物価と消費税の高い北欧とてこんな無茶な値段ではなかったが」
「手が込んでるのは認めるけどよ。あまりにも費用対効果が悪過ぎるぜ」
テーブルの上にふてぶてしく鎮座する三切れのミックスサンドを前に、原種吸血鬼と、世界を崩壊に導きうる召喚師は圧倒され、遠巻きに文句をつけることしか出来ない。不機嫌なおれ達とは対象的な周囲の席では、柔らかな秋の陽射しがさんさんと降り注ぐもと、カップルや友人、お年寄り、ビジネスマンがオープンテラスでの談笑に華を咲かせている。
おれ達がただいま居るのは東京都港区六本木、十字ヶ丘。古くから歓楽街、高級住宅地として定評のあった区画だったが、つい数年前に再開発計画を完了し、最新の商業施設と超高層ビルとが並び立つ東京都随一の観光スポットに生まれ変わった。通称『ゴルゴダ・ヒルズ』と呼ばれる一角である。
平日とは言えさすが日本最先端の商業地、溢れんばかりの人通りだ。現地集合したおれ達は作戦会議がてら昼食でも取ろうと思ったのだが、敷地内の飲食店のランチサービスは、千八百円が最低ラインというステキなインフレっぷりでございました。さすが日本最先端の商業地、物価指数も最先端……って納得出来るかっ!
やむなくオープンテラスになっている喫茶店に入り、二人で六百円ずつ出しあってミックスサンドを注文した。いくらなんでもサンドイッチで千二百円なら量は二人で分けるくらいはあるだろうし飲み物もつくだろうと読んだのだが、現実はかくの如く非情であった。嗚呼、神よ何故私をお見捨てになったのですか。
「不謹慎な冗談を飛ばしても腹は膨れん。それで結局、昨夜の直談判は失敗という事か?」
テーブルに頬杖をつく姿が、悔しいがサマになっている。秋の風にかすかにそよぐ後ろでまとめた銀髪、眼鏡の奥から覗く黄玉の瞳は、この『ゴルゴダ・ヒルズ』の中でも群を抜いて目立っていた。通り過ぎていく女の子連れが、何度もこちらを振り返っていたりする。おれがかわりに手を振ってあげたが、見事にスルーされた。
「ああそうだよチクショウ。おれと真凛で水池恭介の自宅の駐車場で待ち伏せしたんだけどな。まさかシグマの二人が護衛についているとは思ってなかったぜ。んで、水池氏はそのままヨルムンガンドのオフィスに御出勤あそばして、そのまま一泊して本日に至る、というわけだ」
おれはテラスのひさしの隙間から、天に向かって一際高く伸びるビルを見上げた。この高層ビル街の中でもシンボルとされる一本の塔、『バベル・タワー』。『ゴルゴダ・ヒルズ』と揃えた名前らしいが、本来の意味を考えるとかなりちぐはぐなあたりが宗教に無頓着な日本らしいと言えばらしい。
全六十階の敷地の中には、急成長したIT企業、会計事務所、証券会社などのオフィスが多数入っており、もちろんレストランや駐車場、それに美術館まで備えている。いつぞやおれはザラスの本社を空中庭園と称したが、こちらはまさしく空中都市だった。
目下ビジネス界では、ここに本社をかまえる事が成功者としてのステータスと見なされている。ここの四十六、七階に収まっている新興のIT企業『ヨルムンガンド』の代表取締役こそが、今回の依頼人露木甚一郎の生き別れの息子、水池恭介その人なのだ。
『真紅の魔人』笠桐・R・直樹が絶望のうめき声を上げる。時を支配し絶対零度を自在に生み出すその圧倒的な力をもってしても、この脅威に打ち勝つことは出来ない。
「……わかってはいたつもりだった。おれ達の常識がここでは通じるはずもないと覚悟はしていたんだ。なのに、ケタが予想の最大値をさらに超えているなんてな……!!」
応じるおれ、『召喚師』亘理陽司の声も乾き、ひび割れていた。これ程の失策、もはや悔しさを通り越して笑うしかない。やるせなさを拳に込めてテーブルに叩きつけようとして、やめた。この現実を前に、おれ達二人はひたすらに無力だった。
「ミックスサンド三つで千二百円。一体どういうコスト内訳になっているのか、市民代表として切に情報開示を希望するぜ」
「せめてドリンクくらいはつくと思っていたのだがな。千二百円。千二百円だぞ?ワンコインフィギュアを二個買って釣り銭が来るんだぞ?」
深々とため息をつく直樹。その辛気臭いツラに文句を言ってやろうとしてやめた。どうせおれも似たり寄ったりの顔をしているに違いないのだ。
「世界一物価と消費税の高い北欧とてこんな無茶な値段ではなかったが」
「手が込んでるのは認めるけどよ。あまりにも費用対効果が悪過ぎるぜ」
テーブルの上にふてぶてしく鎮座する三切れのミックスサンドを前に、原種吸血鬼と、世界を崩壊に導きうる召喚師は圧倒され、遠巻きに文句をつけることしか出来ない。不機嫌なおれ達とは対象的な周囲の席では、柔らかな秋の陽射しがさんさんと降り注ぐもと、カップルや友人、お年寄り、ビジネスマンがオープンテラスでの談笑に華を咲かせている。
おれ達がただいま居るのは東京都港区六本木、十字ヶ丘。古くから歓楽街、高級住宅地として定評のあった区画だったが、つい数年前に再開発計画を完了し、最新の商業施設と超高層ビルとが並び立つ東京都随一の観光スポットに生まれ変わった。通称『ゴルゴダ・ヒルズ』と呼ばれる一角である。
平日とは言えさすが日本最先端の商業地、溢れんばかりの人通りだ。現地集合したおれ達は作戦会議がてら昼食でも取ろうと思ったのだが、敷地内の飲食店のランチサービスは、千八百円が最低ラインというステキなインフレっぷりでございました。さすが日本最先端の商業地、物価指数も最先端……って納得出来るかっ!
やむなくオープンテラスになっている喫茶店に入り、二人で六百円ずつ出しあってミックスサンドを注文した。いくらなんでもサンドイッチで千二百円なら量は二人で分けるくらいはあるだろうし飲み物もつくだろうと読んだのだが、現実はかくの如く非情であった。嗚呼、神よ何故私をお見捨てになったのですか。
「不謹慎な冗談を飛ばしても腹は膨れん。それで結局、昨夜の直談判は失敗という事か?」
テーブルに頬杖をつく姿が、悔しいがサマになっている。秋の風にかすかにそよぐ後ろでまとめた銀髪、眼鏡の奥から覗く黄玉の瞳は、この『ゴルゴダ・ヒルズ』の中でも群を抜いて目立っていた。通り過ぎていく女の子連れが、何度もこちらを振り返っていたりする。おれがかわりに手を振ってあげたが、見事にスルーされた。
「ああそうだよチクショウ。おれと真凛で水池恭介の自宅の駐車場で待ち伏せしたんだけどな。まさかシグマの二人が護衛についているとは思ってなかったぜ。んで、水池氏はそのままヨルムンガンドのオフィスに御出勤あそばして、そのまま一泊して本日に至る、というわけだ」
おれはテラスのひさしの隙間から、天に向かって一際高く伸びるビルを見上げた。この高層ビル街の中でもシンボルとされる一本の塔、『バベル・タワー』。『ゴルゴダ・ヒルズ』と揃えた名前らしいが、本来の意味を考えるとかなりちぐはぐなあたりが宗教に無頓着な日本らしいと言えばらしい。
全六十階の敷地の中には、急成長したIT企業、会計事務所、証券会社などのオフィスが多数入っており、もちろんレストランや駐車場、それに美術館まで備えている。いつぞやおれはザラスの本社を空中庭園と称したが、こちらはまさしく空中都市だった。
目下ビジネス界では、ここに本社をかまえる事が成功者としてのステータスと見なされている。ここの四十六、七階に収まっている新興のIT企業『ヨルムンガンド』の代表取締役こそが、今回の依頼人露木甚一郎の生き別れの息子、水池恭介その人なのだ。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる