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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆04:人捜し(丸投げ)-2
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トミタ商事事件。
二十世紀後半、バブル経済の末期に発生した悪質な相場詐欺である。
おりしも世間では土地や株への投資が過熱し、様々な投資会社、商品が乱立していた時代である。その中のひとつ、新興の投資会社トミタ商事が、このような広告を打ち出したのだ。『今はダイヤモンドが買い時です、今買っておけば必ず値上がりして、倍以上の値段で売れます。私達にお金を預ければ、きちんとダイヤモンドを購入して運用します』、と。
そして顧客から投資と称して巻き上げた金を、社長や数人の幹部が自分の給料として着服した。そして、ダイヤの値上がりを新聞で知った投資家達が、殖えたはずの自分の資産を引き上げようとすると、「もう少し待っていればもっと殖えますから」と言葉巧みに返金を拒むというものだった。
最初からダイヤモンドに投資する気など更々無かったようである。当時のトミタの事務所内には”ダイヤモンドはちゃんとあります”とこれ見よがしにダイヤが積み上げられていたが、これも後の調査で全てガラス製のフェイクだったことが判明している。
詐欺の手法としてはそう手の込んだものではない。むしろ疑ってかかればいくらでも怪しい点が浮かんでくる類のものだっただろう。そんな詐欺がまかり通ったのには理由がある。そして、それこそがこの事件が戦後最悪と評される所以だった。
トミタ商事が狙い撃ちにした標的は、ビジネスマンでも学生でも主婦でもなく、一人、もしくは夫婦暮らしの高齢者……つまりはお年寄りと、彼らが蓄えた老後の貯蓄だったのである。トミタ商事は社員に接客マニュアルを渡し、その実行を徹底させた。その手法をいくつか上げると、このようなものだ。
最初は絶対に投資の話はするな。
会社の命令で仕方なくやらされていると言え。
相手の部屋に仏壇があったら線香を上げて手を合わせろ。
自分にも田舎に祖父母が居ると言え。
「おばあちゃん、俺を息子と思ってくれ」
「すき焼きの材料を買ってきたので一緒に食べましょう」
――こうして、息子や孫のように思われるようになった時点で、「実は俺、会社でこんな商品を売れって言われてるんだけど……」と切り出すのである。お年寄りはかわいい息子同様の若者のためならば、とお金を出すわけだ。
赤字操業が発覚してトミタが破綻するまでの五年間で、全国の高齢者から巻き上げたその金額は、およそ一千億円とも推測されている。缶コーヒーが百円だった時代の一千億円だから、現在の物価に直せばさらに数割増える。とんでもない額だった。
そしてそのほとんどが、トミタの社長と幹部連中の給料に消えた。後に詐欺罪で押収されたトミタ社内の裏帳簿を見て、検察関係者は愕然としたと言われている。……幹部の給料は、冗談抜きで毎月一千万円だったのである。
詐欺罪によってトミタ商事は破綻したが、散々甘い汁を吸った幹部の多くは、検察の手が伸びる前に金を持って海外へ逃亡した。社長もその例に漏れず逃亡しようとしたようだが……うちらの業界関係者も随分裏で暗躍したらしい。結局、検察の手入れの数日後、惨殺死体として都内某所の排水溝に挟まっているところを発見された。
刑事事件としては解決を見たトミタ商事事件だったが、金の多くは持ち逃げされ、あるいは幹部連中の冒険半分の無謀な投資で雲散霧消していた。結局の所、集めた一千億のうち検察が差し押さえたのは、ビルや家具などを押さえても二十億円程度だったため、投資者に返せる金など、どこにも存在していなかったのである。
投資者達はここで、二重の苦しみを負う事になった。一つは当然ながら、老後のために蓄えてきた資金をごっそりと奪われた事。そしてもう一つは、『投資なぞに手を出すとは何事か』という家族や周囲からの冷遇である。
二十一世紀になって、ようやくネット株やデイトレードと言った単語も随分身近になったが、それでもまだ日本では投資をするという事は賭博の同類と考える風潮は根強い。いわんや当時においておや。「おじいちゃんはそんな歳になってまだお金が欲しかったんですか、浅ましい」というわけだ。
実際のお年寄りには、「孫みたいなあの人が薦めてくれるから、会社で成績を上げさせてやりたくて」という心情の者も多かったらしいが。その上、投資の基本は自己責任、という大原則がある。つまり投資が失敗しても、それはその商品を選んだ自分の責任、同情することは出来ない、と考える者も多かった。
実際、資産と世間体両面で追い詰められて自殺したお年寄りも多かったと聞く。
金が返ってくるあてもない、世間からも冷たい目で見られる。何より、人を信じるという気持ちを踏みにじられた……そういった人々の救済に立ち上がったのが、弁護士露木甚一郎である。
二十世紀後半、バブル経済の末期に発生した悪質な相場詐欺である。
おりしも世間では土地や株への投資が過熱し、様々な投資会社、商品が乱立していた時代である。その中のひとつ、新興の投資会社トミタ商事が、このような広告を打ち出したのだ。『今はダイヤモンドが買い時です、今買っておけば必ず値上がりして、倍以上の値段で売れます。私達にお金を預ければ、きちんとダイヤモンドを購入して運用します』、と。
そして顧客から投資と称して巻き上げた金を、社長や数人の幹部が自分の給料として着服した。そして、ダイヤの値上がりを新聞で知った投資家達が、殖えたはずの自分の資産を引き上げようとすると、「もう少し待っていればもっと殖えますから」と言葉巧みに返金を拒むというものだった。
最初からダイヤモンドに投資する気など更々無かったようである。当時のトミタの事務所内には”ダイヤモンドはちゃんとあります”とこれ見よがしにダイヤが積み上げられていたが、これも後の調査で全てガラス製のフェイクだったことが判明している。
詐欺の手法としてはそう手の込んだものではない。むしろ疑ってかかればいくらでも怪しい点が浮かんでくる類のものだっただろう。そんな詐欺がまかり通ったのには理由がある。そして、それこそがこの事件が戦後最悪と評される所以だった。
トミタ商事が狙い撃ちにした標的は、ビジネスマンでも学生でも主婦でもなく、一人、もしくは夫婦暮らしの高齢者……つまりはお年寄りと、彼らが蓄えた老後の貯蓄だったのである。トミタ商事は社員に接客マニュアルを渡し、その実行を徹底させた。その手法をいくつか上げると、このようなものだ。
最初は絶対に投資の話はするな。
会社の命令で仕方なくやらされていると言え。
相手の部屋に仏壇があったら線香を上げて手を合わせろ。
自分にも田舎に祖父母が居ると言え。
「おばあちゃん、俺を息子と思ってくれ」
「すき焼きの材料を買ってきたので一緒に食べましょう」
――こうして、息子や孫のように思われるようになった時点で、「実は俺、会社でこんな商品を売れって言われてるんだけど……」と切り出すのである。お年寄りはかわいい息子同様の若者のためならば、とお金を出すわけだ。
赤字操業が発覚してトミタが破綻するまでの五年間で、全国の高齢者から巻き上げたその金額は、およそ一千億円とも推測されている。缶コーヒーが百円だった時代の一千億円だから、現在の物価に直せばさらに数割増える。とんでもない額だった。
そしてそのほとんどが、トミタの社長と幹部連中の給料に消えた。後に詐欺罪で押収されたトミタ社内の裏帳簿を見て、検察関係者は愕然としたと言われている。……幹部の給料は、冗談抜きで毎月一千万円だったのである。
詐欺罪によってトミタ商事は破綻したが、散々甘い汁を吸った幹部の多くは、検察の手が伸びる前に金を持って海外へ逃亡した。社長もその例に漏れず逃亡しようとしたようだが……うちらの業界関係者も随分裏で暗躍したらしい。結局、検察の手入れの数日後、惨殺死体として都内某所の排水溝に挟まっているところを発見された。
刑事事件としては解決を見たトミタ商事事件だったが、金の多くは持ち逃げされ、あるいは幹部連中の冒険半分の無謀な投資で雲散霧消していた。結局の所、集めた一千億のうち検察が差し押さえたのは、ビルや家具などを押さえても二十億円程度だったため、投資者に返せる金など、どこにも存在していなかったのである。
投資者達はここで、二重の苦しみを負う事になった。一つは当然ながら、老後のために蓄えてきた資金をごっそりと奪われた事。そしてもう一つは、『投資なぞに手を出すとは何事か』という家族や周囲からの冷遇である。
二十一世紀になって、ようやくネット株やデイトレードと言った単語も随分身近になったが、それでもまだ日本では投資をするという事は賭博の同類と考える風潮は根強い。いわんや当時においておや。「おじいちゃんはそんな歳になってまだお金が欲しかったんですか、浅ましい」というわけだ。
実際のお年寄りには、「孫みたいなあの人が薦めてくれるから、会社で成績を上げさせてやりたくて」という心情の者も多かったらしいが。その上、投資の基本は自己責任、という大原則がある。つまり投資が失敗しても、それはその商品を選んだ自分の責任、同情することは出来ない、と考える者も多かった。
実際、資産と世間体両面で追い詰められて自殺したお年寄りも多かったと聞く。
金が返ってくるあてもない、世間からも冷たい目で見られる。何より、人を信じるという気持ちを踏みにじられた……そういった人々の救済に立ち上がったのが、弁護士露木甚一郎である。
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※
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