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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆02:鉄騎兵と戦闘少女(再)−2
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おれはたっぷり五秒間突っ伏した後、起き上がろうとして面倒臭くなり、そのままごろんと仰向けになった。
「……ちっくしょー、バリエーション多いっすね、攻撃パターン!」
地下駐車場を照らす蛍光灯の鈍い明かりが目に飛び込んでくる。おれ達が今いるのは港区某所の超高級マンションの地下、住人達の所有する車(当然ながらほとんどが高級車、それも外車である)が停められている駐車場だった。
どうにかセキュリティを騙くらかして忍び込むところまでは上手くいったのだが。まさかこの二人がターゲットの護衛についているとまでは予想していなかった。
「大した事はしていません。一枚の紙片を手折る事で無数の形を作り出せるように、基本の術法をいくつか組み合わせているだけですよ」
門宮さんがこちらに歩み寄り、手を差し伸べてくれた。無骨な『シグマ』の制服に身を包んでいるのはイタダケナイが、すらりとした長身と、欧米系の血を引く主立ちに浮かぶ日本美人特有の表情が変わらず美しい。
そして長く垂れる艶のあるポニーテールがよい。すごくよい。ものすごくよい。イタリア人的表現ならベネではなくてディ・モールトだ。おれは差し伸べられた白い手をしっかと握って上半身を起こした。
「立てますか?」
「ええっと、ちょっと腰が抜けたみたいで……」
おれは右手で門宮さんの手を握ったまま、努めて痛そうな表情を装う。過剰労働に従事するこの身、せめて鼻を打った分くらいは役得が欲しいところである。
「門宮さん、コイツを起こすときはこうやるんですよ」
「ひぎぃ!?」
いつの間にかやって来た真凛がおれの左手首をヤバイ角度に極めていた。激痛から逃れようと、おれは反射的に肘と肩を上方向に逃がそうとし、結果として弾かれるように立ち上がる。
「真凛、お前何するんだよ!?」
「腰は抜けてないみたいだね」
いやに冷たい目でこちらを見据える真凛。くっ、猪口才な。お子様が余計な知恵を身につけおって。かくなる上は、
「いやその。スイマセン」
謝るしかあるまい。そんなおれ達を見やって門宮さんがあのアルカイックスマイルを浮かべる。
「相変わらず中がよろしいんですね」
「……まあ、こんなんでもアシスタントですしね」
「こんなんって誰のことだよ!」
残念ながらすでにその手は離れている。憮然とするおれの視界の端で、『スケアクロウ』が大げさに肩をすくめて見せた。
『ンだよ。なんか言いたいことでもあるのかよ』
「Oh!ワタシは今アウト・オブ・カヤでスネー。コチラにファイア・パウダーを飛ばさナイデクダサーイ」
おれの英語に野郎は日本語で返答してのけた。ったくどいつもこいつも。と、門宮さんが表情を改める。
「今回は私達の勝利。これ以上潰しあっても無駄でしょう。ここは一旦退いていただけますか?」
「仕方ありませんね」
すでにターゲットは去ってしまった。今頃は自分のオフィスに向けてBMWを走らせている真っ最中だろう。ここでこの二人と戦っても勝てる気がしないし、勝ったとしても、次にまた新たな護衛が立ちふさがるだけだ。
「そーいうわけだ。ここは退くぞ、真凛。……そんな不満そうな面をするな」
「わかってるけど。やられっぱなしは性に合わないなあ」
おれは眉間に指を当てて首を振った。これだから戦闘フェチは手に負えん。
「腐るなって。次にきっちり勝てばそれでいいわけだから。……ですよね?」
最後の台詞は真凛に向けたものではなかった。
「そのとおりです。しかしお忘れなく。時の天秤は常に私達『シグマ』に味方するものですよ」
門宮さんは悠然と微笑を返した。
おれ達の見ている前で、二人はシグマ社の所有するクソごついステーションワゴンに乗り込み、去っていった。おそらくは、ターゲットのBMWと合流するのだろう。取り残されたおれ達は、なんとなく次の行動を決定する気になれず、ボケっとその場に突っ立っていた。
「行っちゃった」
真凛の間の抜けたコメントに、おれも鼻息だけで気のない返事をした。
「……じゃあ、帰るか」
盛り上がらなかった飲み会の後のような台詞を吐くと、おれ達は撤収にかかった。毎度毎度の事ながら、この虚しさを味わうにつれ、どうしてこんな事をやっているのか、と自省したくもなってくる。
「……ちっくしょー、バリエーション多いっすね、攻撃パターン!」
地下駐車場を照らす蛍光灯の鈍い明かりが目に飛び込んでくる。おれ達が今いるのは港区某所の超高級マンションの地下、住人達の所有する車(当然ながらほとんどが高級車、それも外車である)が停められている駐車場だった。
どうにかセキュリティを騙くらかして忍び込むところまでは上手くいったのだが。まさかこの二人がターゲットの護衛についているとまでは予想していなかった。
「大した事はしていません。一枚の紙片を手折る事で無数の形を作り出せるように、基本の術法をいくつか組み合わせているだけですよ」
門宮さんがこちらに歩み寄り、手を差し伸べてくれた。無骨な『シグマ』の制服に身を包んでいるのはイタダケナイが、すらりとした長身と、欧米系の血を引く主立ちに浮かぶ日本美人特有の表情が変わらず美しい。
そして長く垂れる艶のあるポニーテールがよい。すごくよい。ものすごくよい。イタリア人的表現ならベネではなくてディ・モールトだ。おれは差し伸べられた白い手をしっかと握って上半身を起こした。
「立てますか?」
「ええっと、ちょっと腰が抜けたみたいで……」
おれは右手で門宮さんの手を握ったまま、努めて痛そうな表情を装う。過剰労働に従事するこの身、せめて鼻を打った分くらいは役得が欲しいところである。
「門宮さん、コイツを起こすときはこうやるんですよ」
「ひぎぃ!?」
いつの間にかやって来た真凛がおれの左手首をヤバイ角度に極めていた。激痛から逃れようと、おれは反射的に肘と肩を上方向に逃がそうとし、結果として弾かれるように立ち上がる。
「真凛、お前何するんだよ!?」
「腰は抜けてないみたいだね」
いやに冷たい目でこちらを見据える真凛。くっ、猪口才な。お子様が余計な知恵を身につけおって。かくなる上は、
「いやその。スイマセン」
謝るしかあるまい。そんなおれ達を見やって門宮さんがあのアルカイックスマイルを浮かべる。
「相変わらず中がよろしいんですね」
「……まあ、こんなんでもアシスタントですしね」
「こんなんって誰のことだよ!」
残念ながらすでにその手は離れている。憮然とするおれの視界の端で、『スケアクロウ』が大げさに肩をすくめて見せた。
『ンだよ。なんか言いたいことでもあるのかよ』
「Oh!ワタシは今アウト・オブ・カヤでスネー。コチラにファイア・パウダーを飛ばさナイデクダサーイ」
おれの英語に野郎は日本語で返答してのけた。ったくどいつもこいつも。と、門宮さんが表情を改める。
「今回は私達の勝利。これ以上潰しあっても無駄でしょう。ここは一旦退いていただけますか?」
「仕方ありませんね」
すでにターゲットは去ってしまった。今頃は自分のオフィスに向けてBMWを走らせている真っ最中だろう。ここでこの二人と戦っても勝てる気がしないし、勝ったとしても、次にまた新たな護衛が立ちふさがるだけだ。
「そーいうわけだ。ここは退くぞ、真凛。……そんな不満そうな面をするな」
「わかってるけど。やられっぱなしは性に合わないなあ」
おれは眉間に指を当てて首を振った。これだから戦闘フェチは手に負えん。
「腐るなって。次にきっちり勝てばそれでいいわけだから。……ですよね?」
最後の台詞は真凛に向けたものではなかった。
「そのとおりです。しかしお忘れなく。時の天秤は常に私達『シグマ』に味方するものですよ」
門宮さんは悠然と微笑を返した。
おれ達の見ている前で、二人はシグマ社の所有するクソごついステーションワゴンに乗り込み、去っていった。おそらくは、ターゲットのBMWと合流するのだろう。取り残されたおれ達は、なんとなく次の行動を決定する気になれず、ボケっとその場に突っ立っていた。
「行っちゃった」
真凛の間の抜けたコメントに、おれも鼻息だけで気のない返事をした。
「……じゃあ、帰るか」
盛り上がらなかった飲み会の後のような台詞を吐くと、おれ達は撤収にかかった。毎度毎度の事ながら、この虚しさを味わうにつれ、どうしてこんな事をやっているのか、と自省したくもなってくる。
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