人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第4話:『不実在オークショナー』

◆13:二人なら−4

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「まだやりますか?」

 おれは入り口付近で一部始終を見守っていた鯨井さんに声をかけた。その背後では、密入国者の方々が不安そうに身を寄せ合っている。鯨井さんはゆっくりと首を横に振る。

「『定点観測者』に出来る事は観測だけ。観測したデータを用いる者がいなければ、私に出来る仕事はありませんよ。力づくでその帳簿を取り返したりする事も不可能です」
「ありゃ、気づいてましたか」

 おれはザックに仕舞い込んである、この倉庫の搬出入の記録や取引を記入してある帳簿を叩いた。真凛の救出に向かう前、どさくさに紛れて倉庫の管理室から引っ張り出してきたものである。今の倉庫内の惨状を思えば、その判断は誠に正しかったと言わざるをえない。

「『観測者』は見る事にだけは卓越しているんですよ」
「……これからどうするつもりですか?」
「さて。まずは帰って報告ですね。海鋼馬は初任で失敗する人間を使ってくれるほど温厚な組織でもなさそうですし。まあ、そのうちに考えるとします」
「そうですか……」
「私のことより、ね」

 鯨井さんは言葉を切った。

「これは海鋼馬のエージェント、『定点観測者』としてではなく。宗像研究室のOB鯨井としての言葉なのですがね」

 鯨井さんは、倉庫に積んであったバッグから、崩落に巻きこまれなかったものを二つ、取り出した。

「私の『観測』の結果、この二つ……いいえ、ここに置いてあったバッグ全てが、完全な同一品でした・・・・・・・・・

 おれは、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「そんな事は……」
「そう、絶対にあり得ないのです。しかし、現実はこの通りです。つまり。あなたの仕事・・・・・・と言うことですよ亘理君」
「……わかりました。情報、ありがとうございます」

 鯨井さんがふ、と顔を緩める。

「いい顔になりましたね、亘理君。これでは我々が不覚を取るのも仕方がないでしょう」

 さてさて、と鯨井さんは手を叩いた。

「『毒竜』や『狂蛇』の面々は私が面倒を見ます。あなた達は早く行きなさい」
「密入国の人達についてはそのまま警察に引き渡してください」
「ちょっと、陽司!?」
「大丈夫、というわけでもないが。須江貞サンのコネで、きちんと保護してもらえることになった。強制送還になるだろうけど、あとは所長のコネで真っ当に来れるルートを探す、てとこかな」

 漫画喫茶に篭って、今日の午後をほとんど費やしてこんなことをやっていたわけだ。地道に手続きを踏む、というのも一つの方法なのだ。彼等の窮状を放ってはおけない、さりとて密入国を見逃すわけにはいかない、となれば、おれの打てる手はこれくらいだった。

「なんかコネばっかりだね」

 でもありがとう、と真凛は言った。

「つーか、所長と須江貞さんの存在価値なんてコネだけみたいなもんだし。さて、行くか」

 おれは鯨井さんに目礼をすると、真凛に撤収の合図をした。

「それから、そこのお嬢さん」
「ボクですか?」

 ええ、と鯨井さんは真凛に向けて、

「今あなたが見ているこの亘理君を、よろしく頼みます」

 そんな事を言った。

「えっと、それはどういう……?」
「おーい、行くぞ」
「あー、うん!」

 おれは真凛に声をかけると、裏口の門を押し開けた。

 遠くから、ようやくパトカーのサイレンの音が近づいてくる。

 色々と長かった夜が、明けようとしていた。
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