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第4話:『不実在オークショナー』
◆13:二人なら−2
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どうもー、と、コンテナから降りたおれは手を挙げて応える。ちなみに真凛や仁サンのようにカッコよく飛び降りられなかったのでこっそり降りて来たのはナイショだ。ここでようやく起き上がった『毒竜』がおれに気づいた。
「ふん。いつぞやの小僧か。確か、因果を操る『ラプラス』とか名乗っているそうだな?」
何時の間にそんな話が広まってるのやら。おれは無言で親指を突き出すと、下に向けて振りおろす。露骨な安い挑発。だが、かつてない屈辱に理性が煮えたぎっている奴には、火薬庫に花火を投げ込んだようなものだった。奴の顎がますます軋みを上げる。自分の歯を噛み折りそうな勢いだった。
「挑発に乗ってはいけませんよ、『毒竜』。彼の能力は――」
振り返りもせず返答する。
「何をしに来た、『定点観測者』?」
「敵は二人。しかも先ほどとは明らかに違います。こちらも二人でかからねば危ういですよ」
相棒に送った忠告は、だが逆効果のようだった。
「俺に命令するな、と言っただろう」
「しかし」
「仁義破りの闇討ちしか出来ぬような腰抜けは、居るだけ足手まといだ」
鯨井さんの顔色がはっきりと変わった。
「……わかりました。では私は退くとしましょう」
言うや、踵を返す鯨井さん。本当に手を出すつもりはなさそうだ。
「決着がつくまで、密入国の皆さんの面倒を見ていますよ」
「そうするがよいさ。どの道ここからは」
頬骨が張り出す。頑丈なはずのフライトジャケットがぶちぶちと音を立てて弾けとび、胸骨がべきべきと音を立てる。首が延び、背中が隆起し、筋肉が膨れ上がる。爪が延び、瞳孔が絞られる。顎が突き出し、ぎらつく牙が剥き出しになる。
「周囲なゾ気にカケテいてはやっテイらレヌからナ!」
言葉を喋るに適さなくなった口から、おぞましい声を紡ぎだした。これが、『毒竜』の中に宿る真の力か。突然変異の異常な筋力を全開にし、そしてそれに適応すべく骨格が変形した結果、人間とは呼び難い、爬虫類を思わせるフォルムになっている。竜人、という言葉がおれの脳裏をよぎった。
「……えーっと、陽司」
「ナンダネ七瀬クン」
「怪物退治も、ボクらの仕事なのかな?」
「ま、比較的オーソドックスな部類に入るかな」
おれはしれっと嘘八百を述べ、人間辞めました、と全身で主張している『毒竜』をねめつけた。その身長も大きく変化し、恐らく二百三十センチに達していると思われた。翼と尻尾が生えていないのが、最後の良心という所だろうか。
「挽肉ニナルガイイ!!」
突進。その自重を物ともせず、膨れ上がった筋肉がおれ達に遅いかかる。
「右!」
真凛の声に従い、おれは右に横っ飛ぶ。当の真凛は、自身に『毒竜』の突進をひきつけつつ、左にかわした。すれ違い様に肋間に貫き手を放つが、装甲じみた筋肉に阻まれる。肉と肉との衝突とは思えぬ、硬質な音が響き渡る。そのまま勢い余った『毒竜』は鉄骨に突っ込み、倉庫がまたも大きく軋んだ。おれは崩れ落ちた残骸の山に突っ込みそうになり、どうにか立ち止まった。
「強そうだなあ、おい」
「そうでもないんじゃない」
うちのアシスタントの頼もしい返答である。
「そりゃまたどうして」
「だってアイツ、さっきまでのボクとそっくりだ」
なーるほど、それなら。
「いい手はあるか?」
おれの声に、真凛が床に落ちてたモノを拾い上げる。
「これならどうだろう」
いつから目端が効くようになったんでしょ、このお子様。
「ナイスアイディアじゃないの」
おれ達はにやりと笑った。
「ふん。いつぞやの小僧か。確か、因果を操る『ラプラス』とか名乗っているそうだな?」
何時の間にそんな話が広まってるのやら。おれは無言で親指を突き出すと、下に向けて振りおろす。露骨な安い挑発。だが、かつてない屈辱に理性が煮えたぎっている奴には、火薬庫に花火を投げ込んだようなものだった。奴の顎がますます軋みを上げる。自分の歯を噛み折りそうな勢いだった。
「挑発に乗ってはいけませんよ、『毒竜』。彼の能力は――」
振り返りもせず返答する。
「何をしに来た、『定点観測者』?」
「敵は二人。しかも先ほどとは明らかに違います。こちらも二人でかからねば危ういですよ」
相棒に送った忠告は、だが逆効果のようだった。
「俺に命令するな、と言っただろう」
「しかし」
「仁義破りの闇討ちしか出来ぬような腰抜けは、居るだけ足手まといだ」
鯨井さんの顔色がはっきりと変わった。
「……わかりました。では私は退くとしましょう」
言うや、踵を返す鯨井さん。本当に手を出すつもりはなさそうだ。
「決着がつくまで、密入国の皆さんの面倒を見ていますよ」
「そうするがよいさ。どの道ここからは」
頬骨が張り出す。頑丈なはずのフライトジャケットがぶちぶちと音を立てて弾けとび、胸骨がべきべきと音を立てる。首が延び、背中が隆起し、筋肉が膨れ上がる。爪が延び、瞳孔が絞られる。顎が突き出し、ぎらつく牙が剥き出しになる。
「周囲なゾ気にカケテいてはやっテイらレヌからナ!」
言葉を喋るに適さなくなった口から、おぞましい声を紡ぎだした。これが、『毒竜』の中に宿る真の力か。突然変異の異常な筋力を全開にし、そしてそれに適応すべく骨格が変形した結果、人間とは呼び難い、爬虫類を思わせるフォルムになっている。竜人、という言葉がおれの脳裏をよぎった。
「……えーっと、陽司」
「ナンダネ七瀬クン」
「怪物退治も、ボクらの仕事なのかな?」
「ま、比較的オーソドックスな部類に入るかな」
おれはしれっと嘘八百を述べ、人間辞めました、と全身で主張している『毒竜』をねめつけた。その身長も大きく変化し、恐らく二百三十センチに達していると思われた。翼と尻尾が生えていないのが、最後の良心という所だろうか。
「挽肉ニナルガイイ!!」
突進。その自重を物ともせず、膨れ上がった筋肉がおれ達に遅いかかる。
「右!」
真凛の声に従い、おれは右に横っ飛ぶ。当の真凛は、自身に『毒竜』の突進をひきつけつつ、左にかわした。すれ違い様に肋間に貫き手を放つが、装甲じみた筋肉に阻まれる。肉と肉との衝突とは思えぬ、硬質な音が響き渡る。そのまま勢い余った『毒竜』は鉄骨に突っ込み、倉庫がまたも大きく軋んだ。おれは崩れ落ちた残骸の山に突っ込みそうになり、どうにか立ち止まった。
「強そうだなあ、おい」
「そうでもないんじゃない」
うちのアシスタントの頼もしい返答である。
「そりゃまたどうして」
「だってアイツ、さっきまでのボクとそっくりだ」
なーるほど、それなら。
「いい手はあるか?」
おれの声に、真凛が床に落ちてたモノを拾い上げる。
「これならどうだろう」
いつから目端が効くようになったんでしょ、このお子様。
「ナイスアイディアじゃないの」
おれ達はにやりと笑った。
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