人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第4話:『不実在オークショナー』

◆12:スタッフとアシスタント−1

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「やーれやれ。どうにかギリギリ間に合ったって感じだなあオイ」

 仁サンは野太い笑みを浮かべて、懐から古めかしい巾着袋を取り出した。

「今回は本当に、来音さんには感謝してもしたりないですよ」

 本来であれば明日まで別件にかかりっきりのはずの須江貞さんと仁サンのスケジュールを芸術的な手法でやりくりし、今夜のわずかな時間だけ、仁サンの行動を自由にしてのけたのは来音さんの功績である。巾着袋を放る仁サン。

「陽チン、これ、ウチの秘伝の即効性の毒掃丸。真凛ちゃんに飲ませてやんな」
「材料は何使ってるんですか?」

 仁サンはにやりと笑った。

「水神から授かった秘伝の錬丹だよ。切り傷、打ち身、何でもござれ」
「なんすかソレ。だいたい飲み薬のくせに切り傷に効くんすか?」

 回答は得られなかった。どうやら原料は聞いてもシアワセにはなれないようだ。おれは黙って巾着袋を開くと、鉛色をした丸薬を二粒取り出す。青ざめた顔のまま昏倒している真凛を見て、ようやくおれは自分の采配の間抜けさ加減を実感した。

 ――ごめんな。

「すんません仁サン……いえ、先輩。迷惑をおかけします」

 このわずかな時間だけ復活した、一年前のスタッフとアシスタントのコンビ。おれ達の口調は自然に、かつてのそれに戻っていた。

「亘理」
「ウス」
「五分だけ稼いでやる。尻拭いはここまでだ。それで体勢を立て直せ」
「了解しました、先輩」
「貸しにしておくぞ」

 言うや、鶫野先輩は羽毛の軽さでコンテナから舞い降りた。おれは手早く真凛の口に丸薬を押し込む。ところが苦悶の表情を浮かべて歯を食いしばる真凛の口腔は、丸薬の侵入を頑なに拒んでいる。……おーい、飲めよ真凛。くおら、口を開けこのお子様、ってぎゃあ、指を噛むな!ええい仕方ねえ。
 

 
「あの小僧はともかく。貴様までが出張ってくるとは嬉しい誤算だぞ、『西風』!」

 竜の顎を思わせる口を吊り上げ、『毒竜』は歓喜の声を上げる。かたや鶫野先輩の表情は、困惑に満ちていた。たっぷり二秒、『毒竜』の顔を見つめ出てきた言葉は。

「あーっと。お前、誰だっけ?」

 と、いとも無残なものだった。絶句する、『毒竜』。

「貴様……。俺の顔に泥を塗った一年前の戦い、忘れたとは言わさんぞ!」
「わりー。忘れちまったみたいだわ。プライベートも含めて、俺、忙しいんでさあ」

 『毒竜』の奥歯がぎりぎりと唸りをあげる。挑発だと言う事は理性ではわかりきっている。だが、異常なまでに強固な自尊心にヒビを入れられ、そこを逆撫でされたとあっては、『毒竜』の沽券に関わる。

「『定点観測者』!貴様、こいつらの侵入に気づかなかったとでも言うつもりか!?」

 真凛をトラップで追い込んで以来、後方でずっと待機していた鯨井さんに怒鳴る。声をかけられた方の反応は到って涼しいものだった。

「手を出すな、と言ったのは貴方でしょう。それに私の『受信器』で感知出来るのは、物質情報を除けばあくまで常人レベルの視覚、聴覚、嗅覚の情報です。伝説の『西風』が本気を出したのなら、例えいくつ受信器を展開しても、どれにも捕らえる事など出来はしませんよ」
「貴様、それで気の効いた事を言っているつもりか!?」
「お取り込み中のところ悪いんだけどよお。俺、忙しいんだって。さっさと片付けさせてもらうわ」

 『毒竜』の怒りは頂点に達した。この時点で奴は、鶫野先輩の術中に嵌っている。

「貴様の”ウツセミ”、何度も通用すると思うなよ」

 かああああ、と喉から吐き出される大量の『ドラゴンブレス』。青黒い致死の気体が半径三メートルの空間を埋め尽くし、暗闇の中なお視界が不透明になる。

「……!?」

 異変に気づいたのは『毒竜』本人だった。長くとも数秒で晴れるはずの自分の毒霧。だが、なぜか十秒近く立っても一向に青黒い煙は晴れる気配がない。やがて煙は彼自身をも包みこみ、その視界を閉ざした。

『ギリギリまで俺は手助けを見合わせていたんだがな』
「どこだ!『西風』!?」

 煙の中、どこからともなく響く先輩の声。声のある方向に『毒竜』は腕を振るうが、手応えはない。

『まあ、やるとは思っていたがね。これはお前さんの露骨な仁義違反へのペナルティーってとこだ。しばらく遊んでもらうぞ』

 煙の合間にかすかに浮かび上がる先輩の姿。

「そこか!」

 迷わず振り下ろされる必殺の『ドラゴンクロー』。その爪を、手甲から引き出した短刀のような形の手裏剣、”苦無”で受け止める先輩。先輩も体格が良いとは言え、『毒竜』の膂力を苦無で受け止めるのは尋常の業ではない。と、

『おおい、どこ見てんだよ』

 『毒竜』の背中に、無遠慮とも言えるほどのヤクザ・キックが炸裂した。たたらを踏んで振り返った『毒竜』は有り得ないものを見た。それは、たった今、現在進行形で自分がカギヅメを押し付けているはずの、鶫野先輩だった。

「『西風』が二人……!?」
『いやいや、俺の事も忘れないでくれよ』

 横合いから声をかけてきたのは、やはり『西風』。

『俺の出番も忘れないでくれよお』

 その横にも、やはりもう一人。その横にも。気がつけば、『毒竜』は視界の通らない煙幕の中、無数の『西風』に囲まれていた。
「おのれ、幻術か!?」

 その言葉に、無数の『西風』が一斉に応える。

「「「あーもうこれだから軍人は。そう芸の無い言い方をされっとつまんねえだろ。ここはやっぱり、ジャパニーズ・オヤクソクに従ってこう言って欲しいわけよ」」」

 全員が一斉に直立し、左拳から人差し指だけを立て、それを右拳で握りこみ、やはり人差し指を立てる。声にはならなかったが、「口に巻物を加えていないのは御愛嬌」、と先輩は確かに呟いた。

「「「忍法、影分身!」」」

 四方八方に乱れ飛ぶ、無数の影。

 『西風ウェストウィンド』――体術、常なる忍術のみならず、数々の忍法を体得し、天地生死すら意のままに操ると称された異能のシノビは、その力を解放した。
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