人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
134 / 368
第4話:『不実在オークショナー』

◆12:スタッフとアシスタント−1

しおりを挟む
「やーれやれ。どうにかギリギリ間に合ったって感じだなあオイ」

 仁サンは野太い笑みを浮かべて、懐から古めかしい巾着袋を取り出した。

「今回は本当に、来音さんには感謝してもしたりないですよ」

 本来であれば明日まで別件にかかりっきりのはずの須江貞さんと仁サンのスケジュールを芸術的な手法でやりくりし、今夜のわずかな時間だけ、仁サンの行動を自由にしてのけたのは来音さんの功績である。巾着袋を放る仁サン。

「陽チン、これ、ウチの秘伝の即効性の毒掃丸。真凛ちゃんに飲ませてやんな」
「材料は何使ってるんですか?」

 仁サンはにやりと笑った。

「水神から授かった秘伝の錬丹だよ。切り傷、打ち身、何でもござれ」
「なんすかソレ。だいたい飲み薬のくせに切り傷に効くんすか?」

 回答は得られなかった。どうやら原料は聞いてもシアワセにはなれないようだ。おれは黙って巾着袋を開くと、鉛色をした丸薬を二粒取り出す。青ざめた顔のまま昏倒している真凛を見て、ようやくおれは自分の采配の間抜けさ加減を実感した。

 ――ごめんな。

「すんません仁サン……いえ、先輩。迷惑をおかけします」

 このわずかな時間だけ復活した、一年前のスタッフとアシスタントのコンビ。おれ達の口調は自然に、かつてのそれに戻っていた。

「亘理」
「ウス」
「五分だけ稼いでやる。尻拭いはここまでだ。それで体勢を立て直せ」
「了解しました、先輩」
「貸しにしておくぞ」

 言うや、鶫野先輩は羽毛の軽さでコンテナから舞い降りた。おれは手早く真凛の口に丸薬を押し込む。ところが苦悶の表情を浮かべて歯を食いしばる真凛の口腔は、丸薬の侵入を頑なに拒んでいる。……おーい、飲めよ真凛。くおら、口を開けこのお子様、ってぎゃあ、指を噛むな!ええい仕方ねえ。
 

 
「あの小僧はともかく。貴様までが出張ってくるとは嬉しい誤算だぞ、『西風』!」

 竜の顎を思わせる口を吊り上げ、『毒竜』は歓喜の声を上げる。かたや鶫野先輩の表情は、困惑に満ちていた。たっぷり二秒、『毒竜』の顔を見つめ出てきた言葉は。

「あーっと。お前、誰だっけ?」

 と、いとも無残なものだった。絶句する、『毒竜』。

「貴様……。俺の顔に泥を塗った一年前の戦い、忘れたとは言わさんぞ!」
「わりー。忘れちまったみたいだわ。プライベートも含めて、俺、忙しいんでさあ」

 『毒竜』の奥歯がぎりぎりと唸りをあげる。挑発だと言う事は理性ではわかりきっている。だが、異常なまでに強固な自尊心にヒビを入れられ、そこを逆撫でされたとあっては、『毒竜』の沽券に関わる。

「『定点観測者』!貴様、こいつらの侵入に気づかなかったとでも言うつもりか!?」

 真凛をトラップで追い込んで以来、後方でずっと待機していた鯨井さんに怒鳴る。声をかけられた方の反応は到って涼しいものだった。

「手を出すな、と言ったのは貴方でしょう。それに私の『受信器』で感知出来るのは、物質情報を除けばあくまで常人レベルの視覚、聴覚、嗅覚の情報です。伝説の『西風』が本気を出したのなら、例えいくつ受信器を展開しても、どれにも捕らえる事など出来はしませんよ」
「貴様、それで気の効いた事を言っているつもりか!?」
「お取り込み中のところ悪いんだけどよお。俺、忙しいんだって。さっさと片付けさせてもらうわ」

 『毒竜』の怒りは頂点に達した。この時点で奴は、鶫野先輩の術中に嵌っている。

「貴様の”ウツセミ”、何度も通用すると思うなよ」

 かああああ、と喉から吐き出される大量の『ドラゴンブレス』。青黒い致死の気体が半径三メートルの空間を埋め尽くし、暗闇の中なお視界が不透明になる。

「……!?」

 異変に気づいたのは『毒竜』本人だった。長くとも数秒で晴れるはずの自分の毒霧。だが、なぜか十秒近く立っても一向に青黒い煙は晴れる気配がない。やがて煙は彼自身をも包みこみ、その視界を閉ざした。

『ギリギリまで俺は手助けを見合わせていたんだがな』
「どこだ!『西風』!?」

 煙の中、どこからともなく響く先輩の声。声のある方向に『毒竜』は腕を振るうが、手応えはない。

『まあ、やるとは思っていたがね。これはお前さんの露骨な仁義違反へのペナルティーってとこだ。しばらく遊んでもらうぞ』

 煙の合間にかすかに浮かび上がる先輩の姿。

「そこか!」

 迷わず振り下ろされる必殺の『ドラゴンクロー』。その爪を、手甲から引き出した短刀のような形の手裏剣、”苦無”で受け止める先輩。先輩も体格が良いとは言え、『毒竜』の膂力を苦無で受け止めるのは尋常の業ではない。と、

『おおい、どこ見てんだよ』

 『毒竜』の背中に、無遠慮とも言えるほどのヤクザ・キックが炸裂した。たたらを踏んで振り返った『毒竜』は有り得ないものを見た。それは、たった今、現在進行形で自分がカギヅメを押し付けているはずの、鶫野先輩だった。

「『西風』が二人……!?」
『いやいや、俺の事も忘れないでくれよ』

 横合いから声をかけてきたのは、やはり『西風』。

『俺の出番も忘れないでくれよお』

 その横にも、やはりもう一人。その横にも。気がつけば、『毒竜』は視界の通らない煙幕の中、無数の『西風』に囲まれていた。
「おのれ、幻術か!?」

 その言葉に、無数の『西風』が一斉に応える。

「「「あーもうこれだから軍人は。そう芸の無い言い方をされっとつまんねえだろ。ここはやっぱり、ジャパニーズ・オヤクソクに従ってこう言って欲しいわけよ」」」

 全員が一斉に直立し、左拳から人差し指だけを立て、それを右拳で握りこみ、やはり人差し指を立てる。声にはならなかったが、「口に巻物を加えていないのは御愛嬌」、と先輩は確かに呟いた。

「「「忍法、影分身!」」」

 四方八方に乱れ飛ぶ、無数の影。

 『西風ウェストウィンド』――体術、常なる忍術のみならず、数々の忍法を体得し、天地生死すら意のままに操ると称された異能のシノビは、その力を解放した。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

かわずの城 ~ブラック企業で戦い抜け!~

神木 セイユ
経済・企業
ブラック企業をひっくり返せ!! 地元でも優良企業と名高い株式会社エンゼルに就職した琴乃 春子 十八歳。 元ヤン 無資格 縁故入社。 だが春子には強大な野望を持つ支持者と、持ち前の観察力があった。 現場で見た会社の真実の姿は……争いと騙し合いの蔓延る醜悪なもの。 ある日、先輩の女性社員は複数の男性に呼び出され毎夜暴行を受けていた。まずはここから変えて見せる。 救い出せ! 味方を集めろ! 敵を見抜け! 田舎の閉鎖社会の中で働く老若男女の壮絶な戦い。 皆さんも経験がおありでしょう?

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

*運管クエスト* (´ω`)(^Д^)

N&N
経済・企業
これは運行管理者の資格を取得している センパイ(´ω`) に学びながら 運行管理者試験合格を目指す ハテナくん(^Д^) の物語です (文中の文字の大きさは【中】を推奨します) *運行管理者とは?* 道路運送法および貨物自動車運送事業法に基づき、事業用自動車の運行の安全を確保するための業務を行なう人です。 自動車運送事業者は、条件に応じて一定の人数以上の運行管理者を選任する必要があります。 *資格について* 国土交通省管轄の国家資格で旅客と貨物に分けられており、ハテナくんは旅客の資格取得を目指します。 試験会場や試験日程については、試験団体にお問い合わせください。 http://www.unkan.or.jp/ *登場人物* センパイ(´ω`)  運行管理者試験(旅客)に一発合格し、資格をゲッチュ。  ハテナくんがタメ口で話そうが気にせず丁寧に説明をしてくれます。 ハテナくん(^Д^)  社会人2年目。資格ゲッチュを目指してセンパイに学ぶ。  喜怒哀楽が非常にハッキリしています。 *物語の背景について* 2人はとある葬儀会社に勤めています。 2人が所属する営業所には 出棺時に使用するマイクロバスが1台と、故人様の搬送時に使用する寝台車と霊柩車が1台ずつあります。 ※法改正で内容に変更が生じる場合がございますので、何かお気づきになった際は、一言お願い致します(´ω`)

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...