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第4話:『不実在オークショナー』
◆09:作戦会議(その2)-1
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「見張りをしていましたが、日中にあの倉庫に搬入、搬出している気配はありませんでした」
おれがグラスを持って帰ってくると、来音さんは店員さんに何やら注文をしていたようだ。……もう何を飲んでいても気にしないぞ。
「せめてどこの会社のトラックかでもわかればまだ取っ掛かりがあったんですがね。ナガツマの主要取引先のデータから何かわかりませんかね?」
来音さんは首を横に振った。
「陽司さんが確認された通り、ナガツマの取引先は、長年のお得意であるお菓子や玩具メーカーが殆どです。例の東倉庫の物流は、完全に本業とは切り離されているようです」
「やっぱり夜間に搬出入していると考えるべきかな」
「偽物の製造場所を確かめることも重要ですが、製造方法も確認しないといけませんね。あの品質の偽物を作れる技術があるとしたら凄いことですよお」
確かにそうだ。本社専属の鑑定士が見破れない偽物、となれば、それはもはや本物と同義である。ソフトウェアの違法コピーと異なり、製品そのものの完全コピーというものは通常ありえないのだ。
ついでに言えば、例えば同じ会社が作った同じ電化製品でも、作った時期によって使っているパーツが微妙に異なっていたりする。
これはクレームに対する改善や、コストダウンによる形状変更などの影響である。完全なコピーを作るとすれば、同じ材料を買いつけ、同じ機械で加工、縫製しなければならないわけだが、そんな事はまず不可能だし、そうすれば当然、偽物と言えども高価なものになってしまう。と、
「お待たせしましたー、焼きおにぎりとたこ焼き、たらこスパゲティとカキフライとたぬきうどんとギョーザと枝豆とピザでーす」
店員のお兄ちゃんが、両手のトレイに山と積んだ料理を置いていった。
「……って、なんですかこの冷凍食品の群れは」
「お夕食です~。陽司さんもコンビニのパンを食べたきりなんでしょう?大丈夫です、ここは私が払いますし」
いや、そのとってもありがたいんですが。おれですら一歩引くくらい露骨な居酒屋メニューなんですが。
「どんどん食べてくださいねー」
「やはり製造工場を押さえないことには判断のしようがない、か。おれは一晩張り込んでみますよ」
とりあえず枝豆をつつきつつ仕事の話をしてみる。
「学校の方はよろしいんですか?」
「うちの学部は九月末に秋期が開始するもんで。まだ数日、猶予があるんですよ」
「今年は大変な夏休みでしたねえ」
おれは乾いた笑いを返した。
「ここ数年はいつも大変ですよ。大変具合で言えば、去年の方が大変でしたかね」
「そうでした、陽司さんがうちに来たのが一年前の四月でしたものねえ」
時間が流れるのは早いですねー、と、不老不死、ついでにカロリーを吸収しない体質の美人吸血鬼はのたまった。
「入学とほとんど同時でしたしね。それからすぐに直樹が入って。仕事が本格化したのが一年前の夏休みからでしたよ」
「あの頃の陽司さんは大変でしたよねえ」
痛いところをついてくるなあ。
「そんなに大変そうでしたかねえ。確かにイッパイイッパイだった事は認めますけど」
「ハイそれはもう。四六時中ピリピリしてて、『話しかけづらいオーラ』を事務所中に振りまいてましたしー」
正直な人である。
「……色々と信じられなかったんですよ。周囲も、自分も。焦ってもいましたしね」
思い返せば、大学に入学した頃は随分と無様だった気がする。自分の能力に振り回され、背負ったペナルティにあえぎ、果たさなければいけない使命の大きさに絶望しながら無駄に手足を振り回し、周囲を傷つけていた――要は、ガキだったのである。と、おれは嫌な事を思いだして顔をしかめた。
「どうされました?」
「いや。『毒竜』の野郎とやり合ったのも去年の夏休みだったなあ、と思い出しまして」
「あー。あの仕事はよく覚えてますよ」
「おれとしては思い出したくもない汚点って感じですが」
”納得出来ません。依頼人の救出には、おれでは力不足ということですか?”
”亘理、お前今回の仕事の内容忘れたか?”
当時おれの面倒を見て貰っていたのは、仁サンだったっけか。
”忘れるわけもありません。日本の米を絶滅しうる害虫の蛹を、孵化前に回収することです”
仁サンは、おれを冷たい目で見据えて言ったものだ。
”そうだ。そして、仕事を完遂するにあたり、無理に海鋼馬の連中と事をかまえる事はない。依頼人本人が、自分の命より回収を最優先しろと言っているんだ”
”しかし、人として見過ごす事など出来ません!”
”んじゃあ仕方ないな。そんな勝手な奴に背中を任すわけにはいかん。外れろ、亘理”
”わかりました。おれはおれで勝手にやります”
おれはそのまま事務所を飛び出し――
おれがグラスを持って帰ってくると、来音さんは店員さんに何やら注文をしていたようだ。……もう何を飲んでいても気にしないぞ。
「せめてどこの会社のトラックかでもわかればまだ取っ掛かりがあったんですがね。ナガツマの主要取引先のデータから何かわかりませんかね?」
来音さんは首を横に振った。
「陽司さんが確認された通り、ナガツマの取引先は、長年のお得意であるお菓子や玩具メーカーが殆どです。例の東倉庫の物流は、完全に本業とは切り離されているようです」
「やっぱり夜間に搬出入していると考えるべきかな」
「偽物の製造場所を確かめることも重要ですが、製造方法も確認しないといけませんね。あの品質の偽物を作れる技術があるとしたら凄いことですよお」
確かにそうだ。本社専属の鑑定士が見破れない偽物、となれば、それはもはや本物と同義である。ソフトウェアの違法コピーと異なり、製品そのものの完全コピーというものは通常ありえないのだ。
ついでに言えば、例えば同じ会社が作った同じ電化製品でも、作った時期によって使っているパーツが微妙に異なっていたりする。
これはクレームに対する改善や、コストダウンによる形状変更などの影響である。完全なコピーを作るとすれば、同じ材料を買いつけ、同じ機械で加工、縫製しなければならないわけだが、そんな事はまず不可能だし、そうすれば当然、偽物と言えども高価なものになってしまう。と、
「お待たせしましたー、焼きおにぎりとたこ焼き、たらこスパゲティとカキフライとたぬきうどんとギョーザと枝豆とピザでーす」
店員のお兄ちゃんが、両手のトレイに山と積んだ料理を置いていった。
「……って、なんですかこの冷凍食品の群れは」
「お夕食です~。陽司さんもコンビニのパンを食べたきりなんでしょう?大丈夫です、ここは私が払いますし」
いや、そのとってもありがたいんですが。おれですら一歩引くくらい露骨な居酒屋メニューなんですが。
「どんどん食べてくださいねー」
「やはり製造工場を押さえないことには判断のしようがない、か。おれは一晩張り込んでみますよ」
とりあえず枝豆をつつきつつ仕事の話をしてみる。
「学校の方はよろしいんですか?」
「うちの学部は九月末に秋期が開始するもんで。まだ数日、猶予があるんですよ」
「今年は大変な夏休みでしたねえ」
おれは乾いた笑いを返した。
「ここ数年はいつも大変ですよ。大変具合で言えば、去年の方が大変でしたかね」
「そうでした、陽司さんがうちに来たのが一年前の四月でしたものねえ」
時間が流れるのは早いですねー、と、不老不死、ついでにカロリーを吸収しない体質の美人吸血鬼はのたまった。
「入学とほとんど同時でしたしね。それからすぐに直樹が入って。仕事が本格化したのが一年前の夏休みからでしたよ」
「あの頃の陽司さんは大変でしたよねえ」
痛いところをついてくるなあ。
「そんなに大変そうでしたかねえ。確かにイッパイイッパイだった事は認めますけど」
「ハイそれはもう。四六時中ピリピリしてて、『話しかけづらいオーラ』を事務所中に振りまいてましたしー」
正直な人である。
「……色々と信じられなかったんですよ。周囲も、自分も。焦ってもいましたしね」
思い返せば、大学に入学した頃は随分と無様だった気がする。自分の能力に振り回され、背負ったペナルティにあえぎ、果たさなければいけない使命の大きさに絶望しながら無駄に手足を振り回し、周囲を傷つけていた――要は、ガキだったのである。と、おれは嫌な事を思いだして顔をしかめた。
「どうされました?」
「いや。『毒竜』の野郎とやり合ったのも去年の夏休みだったなあ、と思い出しまして」
「あー。あの仕事はよく覚えてますよ」
「おれとしては思い出したくもない汚点って感じですが」
”納得出来ません。依頼人の救出には、おれでは力不足ということですか?”
”亘理、お前今回の仕事の内容忘れたか?”
当時おれの面倒を見て貰っていたのは、仁サンだったっけか。
”忘れるわけもありません。日本の米を絶滅しうる害虫の蛹を、孵化前に回収することです”
仁サンは、おれを冷たい目で見据えて言ったものだ。
”そうだ。そして、仕事を完遂するにあたり、無理に海鋼馬の連中と事をかまえる事はない。依頼人本人が、自分の命より回収を最優先しろと言っているんだ”
”しかし、人として見過ごす事など出来ません!”
”んじゃあ仕方ないな。そんな勝手な奴に背中を任すわけにはいかん。外れろ、亘理”
”わかりました。おれはおれで勝手にやります”
おれはそのまま事務所を飛び出し――
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