123 / 368
第4話:『不実在オークショナー』
◆07:かつての友人-1
しおりを挟む
午後四時を知らせるチャイムの音が、暑い空気の中をゆっくりと泳いでゆく。近くに小学校でもあるらしい。日曜日でもチャイムはなるんだなあ、とおれは益体もない事を考えた。バンの窓から見えるナガツマ倉庫に、未だ動きは無い。
真凛は結局あのあとどこかへ行ったきり戻って来なかった。当然、この後は事務所に連絡して状況が変わった事を告げ、直樹なり仁サンなりの応援を要請しなければならない。
だがおれはなんとなく『アル話ルド君』を手に取る気になれず、入手した情報をメールにして来音さんに送るだけにとどめ、そのまま一時間ばかりこのバンの中で見張りを続けていた。
コンビニで買い込んできたアンパンを口に放り込んでコーヒー牛乳で押し流す。海鋼馬の連中が絡んでいるとなれば途端に事態はキナ臭くなってくる。カバンがあの倉庫に保管されているとなれば、次はそれがどこから流されてくるのかを確かめねばならない。
密輸品か、どこか国内の工場で製造しているのか。連中は裏門を使っていると言っていた。となれば、ここに搬入にやってくるトラックを張っていれば、何か情報がつかめるかも知れない。しっかし、マッズいパンだなこれ。
「不味そうなものを食べてますね、陽司君。らしくもない」
唐突に運転席の窓の向こうからかけられた声に、おれはアンパンを吹き出しそうになった。慌てて口元を押さえ、何とか飲み込む。それで初めて窓の外を見る事が出来た。
「あなたは……」
おれは危うく残りのアンパンを取り落としそうになった。
そこに居たのは、『毒竜』同様、軍隊用のフライトジャケットに身を包んだ男だった。だがこちらは標準的な日本人の体型と顔立ちで、些かくせの強い髪を整髪料で固めている。その顔を見直したとき、おれの頭の中で線が繋がった。
「なるほど、ね。どうりで聞いた声だと思った。さっき『毒竜』が話し込んでいたのはあなただったんですね」
「盗み聞きしていたのですか?そんな趣味を持った子に育てたつもりはありませんが」
「あなたがそれを言いますか、鯨井さん」
おれは窓を開けて、そこにいる男、定点観測者』鯨井和磨をにらみつけた。
『定点観測者』。
その名前、魔術書に登場する現在過去未来を見通す力を持つとされる精霊の名は、鯨井さんの持つ特殊なサイコメトリー能力に由来する。サイコメトリーとは、てのひらなどで接触した対象から、その対象にまつわる過去の出来事や以前の持ち主の情報を読み取る能力である。
いわゆる世間一般で言うところの超能力であり、強弱の別こそあれ、この業界にも使い手は多い。しかし鯨井さんのそれには、さらにもう一つ、隠された能力がある。
「この周りにいくつ『受信器』をセットしてあるんですか?」
「八つですよ。今の私の仕事はここの警備ですからね」
「……それじゃあおれ達が来た事は最初からバレてたわけだ」
鯨井さんは、三次元空間の任意のポイントに自分の思念を焼付け、離れていてもその周囲の景色、音、臭いをきわめて正確に把握出来るのだ。彼はこれを『受信器のセット』と呼んでいる。彼がこの能力を広範囲に展開すれば、極めて意志の統率の取れた、不可視の見張りが幾人も配置された事と同義となる。
『定点観測者』の名はここに由来する。先日一緒に仕事をした『机上の猟犬』見上さんとはまた違った、強力な遠隔視系の能力者だ。
おれがロックを解除すると、助手席のドアをあけ、鯨井さんが乗り込んできた。
鯨井さんは紙袋を差し出した。中にはスターバックスのアイスコーヒーが二本納まっていた。おれは礼を述べ、一本取り出した。もう一本を、鯨井さんが取る。
「本当にあなたかどうか確信はありませんでした。随分雰囲気が変わっていましたから」
「……変わりましたかね」
「変わりましたよ。本当に。随分いい出会いに恵まれたようですね」
「どうでしょうかね」
アイスコーヒーを口につけて、おれはぼやいた。少なくとも往事に比べて貧乏になった事は疑いようが無い。鯨井さんは二秒ほど考え込んだ後、本題を切りだした。
「……それで、影治君の行方は?」
おれは肩をすくめ、投げやりに答えた。
「見つかってれば、おれはこんなところに居ませんよ」
つーか、生きてないね。
「そうですか……。どこにいるのやら」
「そんなことより鯨井さん。あなたがなんで海鋼馬の『毒竜』なんぞとつるんでいるんですか?」
鯨井さんはほろ苦い笑みを見せた。
真凛は結局あのあとどこかへ行ったきり戻って来なかった。当然、この後は事務所に連絡して状況が変わった事を告げ、直樹なり仁サンなりの応援を要請しなければならない。
だがおれはなんとなく『アル話ルド君』を手に取る気になれず、入手した情報をメールにして来音さんに送るだけにとどめ、そのまま一時間ばかりこのバンの中で見張りを続けていた。
コンビニで買い込んできたアンパンを口に放り込んでコーヒー牛乳で押し流す。海鋼馬の連中が絡んでいるとなれば途端に事態はキナ臭くなってくる。カバンがあの倉庫に保管されているとなれば、次はそれがどこから流されてくるのかを確かめねばならない。
密輸品か、どこか国内の工場で製造しているのか。連中は裏門を使っていると言っていた。となれば、ここに搬入にやってくるトラックを張っていれば、何か情報がつかめるかも知れない。しっかし、マッズいパンだなこれ。
「不味そうなものを食べてますね、陽司君。らしくもない」
唐突に運転席の窓の向こうからかけられた声に、おれはアンパンを吹き出しそうになった。慌てて口元を押さえ、何とか飲み込む。それで初めて窓の外を見る事が出来た。
「あなたは……」
おれは危うく残りのアンパンを取り落としそうになった。
そこに居たのは、『毒竜』同様、軍隊用のフライトジャケットに身を包んだ男だった。だがこちらは標準的な日本人の体型と顔立ちで、些かくせの強い髪を整髪料で固めている。その顔を見直したとき、おれの頭の中で線が繋がった。
「なるほど、ね。どうりで聞いた声だと思った。さっき『毒竜』が話し込んでいたのはあなただったんですね」
「盗み聞きしていたのですか?そんな趣味を持った子に育てたつもりはありませんが」
「あなたがそれを言いますか、鯨井さん」
おれは窓を開けて、そこにいる男、定点観測者』鯨井和磨をにらみつけた。
『定点観測者』。
その名前、魔術書に登場する現在過去未来を見通す力を持つとされる精霊の名は、鯨井さんの持つ特殊なサイコメトリー能力に由来する。サイコメトリーとは、てのひらなどで接触した対象から、その対象にまつわる過去の出来事や以前の持ち主の情報を読み取る能力である。
いわゆる世間一般で言うところの超能力であり、強弱の別こそあれ、この業界にも使い手は多い。しかし鯨井さんのそれには、さらにもう一つ、隠された能力がある。
「この周りにいくつ『受信器』をセットしてあるんですか?」
「八つですよ。今の私の仕事はここの警備ですからね」
「……それじゃあおれ達が来た事は最初からバレてたわけだ」
鯨井さんは、三次元空間の任意のポイントに自分の思念を焼付け、離れていてもその周囲の景色、音、臭いをきわめて正確に把握出来るのだ。彼はこれを『受信器のセット』と呼んでいる。彼がこの能力を広範囲に展開すれば、極めて意志の統率の取れた、不可視の見張りが幾人も配置された事と同義となる。
『定点観測者』の名はここに由来する。先日一緒に仕事をした『机上の猟犬』見上さんとはまた違った、強力な遠隔視系の能力者だ。
おれがロックを解除すると、助手席のドアをあけ、鯨井さんが乗り込んできた。
鯨井さんは紙袋を差し出した。中にはスターバックスのアイスコーヒーが二本納まっていた。おれは礼を述べ、一本取り出した。もう一本を、鯨井さんが取る。
「本当にあなたかどうか確信はありませんでした。随分雰囲気が変わっていましたから」
「……変わりましたかね」
「変わりましたよ。本当に。随分いい出会いに恵まれたようですね」
「どうでしょうかね」
アイスコーヒーを口につけて、おれはぼやいた。少なくとも往事に比べて貧乏になった事は疑いようが無い。鯨井さんは二秒ほど考え込んだ後、本題を切りだした。
「……それで、影治君の行方は?」
おれは肩をすくめ、投げやりに答えた。
「見つかってれば、おれはこんなところに居ませんよ」
つーか、生きてないね。
「そうですか……。どこにいるのやら」
「そんなことより鯨井さん。あなたがなんで海鋼馬の『毒竜』なんぞとつるんでいるんですか?」
鯨井さんはほろ苦い笑みを見せた。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。



『五十年目の理解』
小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる