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第4話:『不実在オークショナー』
◆07:かつての友人-1
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午後四時を知らせるチャイムの音が、暑い空気の中をゆっくりと泳いでゆく。近くに小学校でもあるらしい。日曜日でもチャイムはなるんだなあ、とおれは益体もない事を考えた。バンの窓から見えるナガツマ倉庫に、未だ動きは無い。
真凛は結局あのあとどこかへ行ったきり戻って来なかった。当然、この後は事務所に連絡して状況が変わった事を告げ、直樹なり仁サンなりの応援を要請しなければならない。
だがおれはなんとなく『アル話ルド君』を手に取る気になれず、入手した情報をメールにして来音さんに送るだけにとどめ、そのまま一時間ばかりこのバンの中で見張りを続けていた。
コンビニで買い込んできたアンパンを口に放り込んでコーヒー牛乳で押し流す。海鋼馬の連中が絡んでいるとなれば途端に事態はキナ臭くなってくる。カバンがあの倉庫に保管されているとなれば、次はそれがどこから流されてくるのかを確かめねばならない。
密輸品か、どこか国内の工場で製造しているのか。連中は裏門を使っていると言っていた。となれば、ここに搬入にやってくるトラックを張っていれば、何か情報がつかめるかも知れない。しっかし、マッズいパンだなこれ。
「不味そうなものを食べてますね、陽司君。らしくもない」
唐突に運転席の窓の向こうからかけられた声に、おれはアンパンを吹き出しそうになった。慌てて口元を押さえ、何とか飲み込む。それで初めて窓の外を見る事が出来た。
「あなたは……」
おれは危うく残りのアンパンを取り落としそうになった。
そこに居たのは、『毒竜』同様、軍隊用のフライトジャケットに身を包んだ男だった。だがこちらは標準的な日本人の体型と顔立ちで、些かくせの強い髪を整髪料で固めている。その顔を見直したとき、おれの頭の中で線が繋がった。
「なるほど、ね。どうりで聞いた声だと思った。さっき『毒竜』が話し込んでいたのはあなただったんですね」
「盗み聞きしていたのですか?そんな趣味を持った子に育てたつもりはありませんが」
「あなたがそれを言いますか、鯨井さん」
おれは窓を開けて、そこにいる男、定点観測者』鯨井和磨をにらみつけた。
『定点観測者』。
その名前、魔術書に登場する現在過去未来を見通す力を持つとされる精霊の名は、鯨井さんの持つ特殊なサイコメトリー能力に由来する。サイコメトリーとは、てのひらなどで接触した対象から、その対象にまつわる過去の出来事や以前の持ち主の情報を読み取る能力である。
いわゆる世間一般で言うところの超能力であり、強弱の別こそあれ、この業界にも使い手は多い。しかし鯨井さんのそれには、さらにもう一つ、隠された能力がある。
「この周りにいくつ『受信器』をセットしてあるんですか?」
「八つですよ。今の私の仕事はここの警備ですからね」
「……それじゃあおれ達が来た事は最初からバレてたわけだ」
鯨井さんは、三次元空間の任意のポイントに自分の思念を焼付け、離れていてもその周囲の景色、音、臭いをきわめて正確に把握出来るのだ。彼はこれを『受信器のセット』と呼んでいる。彼がこの能力を広範囲に展開すれば、極めて意志の統率の取れた、不可視の見張りが幾人も配置された事と同義となる。
『定点観測者』の名はここに由来する。先日一緒に仕事をした『机上の猟犬』見上さんとはまた違った、強力な遠隔視系の能力者だ。
おれがロックを解除すると、助手席のドアをあけ、鯨井さんが乗り込んできた。
鯨井さんは紙袋を差し出した。中にはスターバックスのアイスコーヒーが二本納まっていた。おれは礼を述べ、一本取り出した。もう一本を、鯨井さんが取る。
「本当にあなたかどうか確信はありませんでした。随分雰囲気が変わっていましたから」
「……変わりましたかね」
「変わりましたよ。本当に。随分いい出会いに恵まれたようですね」
「どうでしょうかね」
アイスコーヒーを口につけて、おれはぼやいた。少なくとも往事に比べて貧乏になった事は疑いようが無い。鯨井さんは二秒ほど考え込んだ後、本題を切りだした。
「……それで、影治君の行方は?」
おれは肩をすくめ、投げやりに答えた。
「見つかってれば、おれはこんなところに居ませんよ」
つーか、生きてないね。
「そうですか……。どこにいるのやら」
「そんなことより鯨井さん。あなたがなんで海鋼馬の『毒竜』なんぞとつるんでいるんですか?」
鯨井さんはほろ苦い笑みを見せた。
真凛は結局あのあとどこかへ行ったきり戻って来なかった。当然、この後は事務所に連絡して状況が変わった事を告げ、直樹なり仁サンなりの応援を要請しなければならない。
だがおれはなんとなく『アル話ルド君』を手に取る気になれず、入手した情報をメールにして来音さんに送るだけにとどめ、そのまま一時間ばかりこのバンの中で見張りを続けていた。
コンビニで買い込んできたアンパンを口に放り込んでコーヒー牛乳で押し流す。海鋼馬の連中が絡んでいるとなれば途端に事態はキナ臭くなってくる。カバンがあの倉庫に保管されているとなれば、次はそれがどこから流されてくるのかを確かめねばならない。
密輸品か、どこか国内の工場で製造しているのか。連中は裏門を使っていると言っていた。となれば、ここに搬入にやってくるトラックを張っていれば、何か情報がつかめるかも知れない。しっかし、マッズいパンだなこれ。
「不味そうなものを食べてますね、陽司君。らしくもない」
唐突に運転席の窓の向こうからかけられた声に、おれはアンパンを吹き出しそうになった。慌てて口元を押さえ、何とか飲み込む。それで初めて窓の外を見る事が出来た。
「あなたは……」
おれは危うく残りのアンパンを取り落としそうになった。
そこに居たのは、『毒竜』同様、軍隊用のフライトジャケットに身を包んだ男だった。だがこちらは標準的な日本人の体型と顔立ちで、些かくせの強い髪を整髪料で固めている。その顔を見直したとき、おれの頭の中で線が繋がった。
「なるほど、ね。どうりで聞いた声だと思った。さっき『毒竜』が話し込んでいたのはあなただったんですね」
「盗み聞きしていたのですか?そんな趣味を持った子に育てたつもりはありませんが」
「あなたがそれを言いますか、鯨井さん」
おれは窓を開けて、そこにいる男、定点観測者』鯨井和磨をにらみつけた。
『定点観測者』。
その名前、魔術書に登場する現在過去未来を見通す力を持つとされる精霊の名は、鯨井さんの持つ特殊なサイコメトリー能力に由来する。サイコメトリーとは、てのひらなどで接触した対象から、その対象にまつわる過去の出来事や以前の持ち主の情報を読み取る能力である。
いわゆる世間一般で言うところの超能力であり、強弱の別こそあれ、この業界にも使い手は多い。しかし鯨井さんのそれには、さらにもう一つ、隠された能力がある。
「この周りにいくつ『受信器』をセットしてあるんですか?」
「八つですよ。今の私の仕事はここの警備ですからね」
「……それじゃあおれ達が来た事は最初からバレてたわけだ」
鯨井さんは、三次元空間の任意のポイントに自分の思念を焼付け、離れていてもその周囲の景色、音、臭いをきわめて正確に把握出来るのだ。彼はこれを『受信器のセット』と呼んでいる。彼がこの能力を広範囲に展開すれば、極めて意志の統率の取れた、不可視の見張りが幾人も配置された事と同義となる。
『定点観測者』の名はここに由来する。先日一緒に仕事をした『机上の猟犬』見上さんとはまた違った、強力な遠隔視系の能力者だ。
おれがロックを解除すると、助手席のドアをあけ、鯨井さんが乗り込んできた。
鯨井さんは紙袋を差し出した。中にはスターバックスのアイスコーヒーが二本納まっていた。おれは礼を述べ、一本取り出した。もう一本を、鯨井さんが取る。
「本当にあなたかどうか確信はありませんでした。随分雰囲気が変わっていましたから」
「……変わりましたかね」
「変わりましたよ。本当に。随分いい出会いに恵まれたようですね」
「どうでしょうかね」
アイスコーヒーを口につけて、おれはぼやいた。少なくとも往事に比べて貧乏になった事は疑いようが無い。鯨井さんは二秒ほど考え込んだ後、本題を切りだした。
「……それで、影治君の行方は?」
おれは肩をすくめ、投げやりに答えた。
「見つかってれば、おれはこんなところに居ませんよ」
つーか、生きてないね。
「そうですか……。どこにいるのやら」
「そんなことより鯨井さん。あなたがなんで海鋼馬の『毒竜』なんぞとつるんでいるんですか?」
鯨井さんはほろ苦い笑みを見せた。
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