122 / 368
第4話:『不実在オークショナー』
◆06:『毒竜』−2
しおりを挟む
……バンまで戻ってくるまで誰にも見咎められなかったのは、日ごろの行い、いや虐待のされっぷりに幸運の女神が同情してくれたからだろうか。車内に飛び込むと、おれは変装道具を脱ぎ去って後部座席に放り込み、腕を組んでしばしむっつりと押し黙った。
『毒竜』が出てくるとすれば、話は全く違った方向になる……。
「なんで放って来ちゃったんだよ!あの人達ひどく衰弱してた。多分あと二日と持たないよ」
女子高生と言えど、人体に精通した武術家である。その見立ては恐らく正しいだろう。だが。
「それまでに行き先が決まるだろうさ」
「嘘だよそれ。あの人達少なくとも一週間はあそこにいた。それがあと二日で全員行き先が決まるとは思えないよ」
「じゃあどうしろと」
「当然助けに行くんだよ!」
「あのな真凛」
まったく。そう言うと思ったよ。
おれは組んでいた腕を解いて、助手席の真凛に向き直った。
「お前をこの仕事から外す」
「……え?」
「駅まで送る。今日はそのまま自分の家に帰るんだ。所長にはおれから連絡を入れておく」
「な、なに言ってるんだよ、ボクがいなかったらどうやってあの人と戦うのさ。凄い強いよ、あの人」
「直樹なり仁サンなり呼び出すさ。シートベルト締めろ、出るぞ」
おれは言い放つとシートベルトを締め、キーを取り出した。
「なんでだよ!納得できないよ!!ボクじゃ力不足ってこと?」
なんだか昔撮った出来の悪いホームビデオを見ているような気分だ。
「お前、この仕事の内容なんだか覚えてるか?」
「……それは。オークションで出回っているバッグが本物か確かめる……こと」
「そう。で、その仕事の達成にあたり、あの密入国の皆さんを助ける意義は全く無い。むしろ余計な工程が増え、失敗の危険を大きくするだけってこと」
「でも!人としてほっとけないよ!」
「ああ。だからだ。仕事にそんな勝手な考えをする奴を加えるわけにはいかない。だから外すんだよ」
キーを差し込もうとした右手は、延びてきた真凛の手につかまれた。奴が身を乗り出す姿勢になったせいで、おれと真凛の視線が至近距離でぶつかる。
「……離せよ」
「……離さないよ。そんな理由じゃ納得できないもの。なんかおかしいよ陽司。いつものアンタなら、じゃあついでに助けとこうか、くらい言うじゃない。あいつと何かあったの?ねえ」
おれが無言でいると、真凛は肯定ととったのか、質問をさらに連ねてきた。
「だいたい陽司はいつも自分だけで作戦を決めるじゃないか。毎回毎回ボクの意見なんて聞いてくれないし!」
「そりゃそうだ、お前はアシスタントだからな」
ダッシュボードに叩きつけられる真凛の掌。コーヒーの空き缶が軽く宙を舞った。
「アシスタントアシスタントっていうけど、三つ歳が違うだけじゃないか。アンタがどれだけ偉いんだよ?アンタが高校生や中学生の時、そんなにすごい事をやってたっての?どうせ今みたいにグータラな――」
「うるせえよ」
おれの声からは日ごろの諧謔成分が枯渇していた。それは陽気な牽制ではなく、本当に、ただの罵倒の言葉だった。
「陽司……?」
「うるせえって言ってるんだよ。お前に対する行動の決定権はおれにある。そのおれがこの任務にお前は必要ないと判断しているんだ。これ以上議論の余地は、いやそもそも議論の必要性がない」
真凛はおれを焼き殺しそうな視線でにらみつけた。殴り殺されるかな、とおれは思ったが、その顔はくしゃくしゃになり、
「もういいよ!ボクはボクで勝手にやるから!!アンタはそうやって任務任務って言ってればいい!!」
バンの扉を閉め、真凛は飛び出ていった。おれが見たときには、すでにその姿は駐車場のフェンスの向こうに消えた後だった。……まったく、ガキの考える事はわかんねえ。
『毒竜』が出てくるとすれば、話は全く違った方向になる……。
「なんで放って来ちゃったんだよ!あの人達ひどく衰弱してた。多分あと二日と持たないよ」
女子高生と言えど、人体に精通した武術家である。その見立ては恐らく正しいだろう。だが。
「それまでに行き先が決まるだろうさ」
「嘘だよそれ。あの人達少なくとも一週間はあそこにいた。それがあと二日で全員行き先が決まるとは思えないよ」
「じゃあどうしろと」
「当然助けに行くんだよ!」
「あのな真凛」
まったく。そう言うと思ったよ。
おれは組んでいた腕を解いて、助手席の真凛に向き直った。
「お前をこの仕事から外す」
「……え?」
「駅まで送る。今日はそのまま自分の家に帰るんだ。所長にはおれから連絡を入れておく」
「な、なに言ってるんだよ、ボクがいなかったらどうやってあの人と戦うのさ。凄い強いよ、あの人」
「直樹なり仁サンなり呼び出すさ。シートベルト締めろ、出るぞ」
おれは言い放つとシートベルトを締め、キーを取り出した。
「なんでだよ!納得できないよ!!ボクじゃ力不足ってこと?」
なんだか昔撮った出来の悪いホームビデオを見ているような気分だ。
「お前、この仕事の内容なんだか覚えてるか?」
「……それは。オークションで出回っているバッグが本物か確かめる……こと」
「そう。で、その仕事の達成にあたり、あの密入国の皆さんを助ける意義は全く無い。むしろ余計な工程が増え、失敗の危険を大きくするだけってこと」
「でも!人としてほっとけないよ!」
「ああ。だからだ。仕事にそんな勝手な考えをする奴を加えるわけにはいかない。だから外すんだよ」
キーを差し込もうとした右手は、延びてきた真凛の手につかまれた。奴が身を乗り出す姿勢になったせいで、おれと真凛の視線が至近距離でぶつかる。
「……離せよ」
「……離さないよ。そんな理由じゃ納得できないもの。なんかおかしいよ陽司。いつものアンタなら、じゃあついでに助けとこうか、くらい言うじゃない。あいつと何かあったの?ねえ」
おれが無言でいると、真凛は肯定ととったのか、質問をさらに連ねてきた。
「だいたい陽司はいつも自分だけで作戦を決めるじゃないか。毎回毎回ボクの意見なんて聞いてくれないし!」
「そりゃそうだ、お前はアシスタントだからな」
ダッシュボードに叩きつけられる真凛の掌。コーヒーの空き缶が軽く宙を舞った。
「アシスタントアシスタントっていうけど、三つ歳が違うだけじゃないか。アンタがどれだけ偉いんだよ?アンタが高校生や中学生の時、そんなにすごい事をやってたっての?どうせ今みたいにグータラな――」
「うるせえよ」
おれの声からは日ごろの諧謔成分が枯渇していた。それは陽気な牽制ではなく、本当に、ただの罵倒の言葉だった。
「陽司……?」
「うるせえって言ってるんだよ。お前に対する行動の決定権はおれにある。そのおれがこの任務にお前は必要ないと判断しているんだ。これ以上議論の余地は、いやそもそも議論の必要性がない」
真凛はおれを焼き殺しそうな視線でにらみつけた。殴り殺されるかな、とおれは思ったが、その顔はくしゃくしゃになり、
「もういいよ!ボクはボクで勝手にやるから!!アンタはそうやって任務任務って言ってればいい!!」
バンの扉を閉め、真凛は飛び出ていった。おれが見たときには、すでにその姿は駐車場のフェンスの向こうに消えた後だった。……まったく、ガキの考える事はわかんねえ。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

『五十年目の理解』
小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

プロジェクトから外されて幸せになりました
こうやさい
経済・企業
プロジェクトも大詰めだというのに上司に有給を取ることを勧められました。
パーティー追放ものって現代だとどうなるかなぁから始まって迷子になったシロモノ。
いくらなんでもこんな無能な人は…………いやうん。
カテゴリ何になるかがやっぱり分からない。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる