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第4話:『不実在オークショナー』
◆05:隠された在庫−3
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「ミサギ・トレーディングから注文を受けて、ここから発送してるってワケだ」
だが、それと同時に漂ってくるこの臭い。壁にドアが取り付けられており、その向こうから臭ってくる。こいつは、
「動物園みたいな臭い……?」
鼻を押さえた真凛が小声で呟く。確かに似ているが少し違う。おれの脳裏に一つの予想がよぎった。……ミスったな。真凛をここに来させるべきじゃなかったか。すると、通路の奥から足音が響いた。
「誰か来るよ!」
真凛の押し殺した声におれは舌打ちする。ええい仕方がない。おれは扉を開けて飛び込み、真凛を引き入れて扉を閉める。途端、悪臭は耐え難いほど強烈になった。
「な、何この人達……!」
おれの背後で真凛が声を上げる。あーあ。ため息を一つついておれは振り返った。そこには十畳ほどの部屋――午前中に訪れたオフィスと同じ大きさだ――に、二十五、六人ほどの男女が座り込んでいた。畳一枚あたり三人ほど座っているため、当然ながら足の踏み場も無い。彼等はTシャツにズボン、あるいはぼろぼろのスカートを履いている程度の格好であり、みな裸足である。そしてその眼には一様に精気が無かった。この夏の暑さの中どれほどの時間、ここに居るだろうか。すえた臭いは、風呂に入る事も出来ない彼等二十数人の体臭だった。彼等はうつろな眼でおれ達を見て、かすかに動揺する。
「どうしたんですか、何かあった……むぐ!?」
『ああ、騒がないで騒がないで』
真凛の口を手で押さえ、おれはいくつかの言葉で話しかけてみた。彼等の間に反応があった。おれはジェスチャーを交えて『落ち着いて、落ち着いて』と繰り返す。適当なところで真凛を解放してやる。
「……えっと、この人達は?」
「……多分、密入国者の方々だろうねえ」
おれは乾いた声で回答した。『銃器、麻薬、偽ブランドは密輸品の御三家』と先日おれは述べたが、ここ最近四番目の密輸品として台頭して来ているのが、人間、つまりは密入国である。
背後に構えているのは主に中国系の暴力組織。彼等は大陸各地の労働者達に、日本に行けばここより遥かに高い賃金で働ける、借金をしてでも日本に渡ればすぐに取り返せる、と言葉巧みに持ちかけ、密入国の費用を取り立てる。そして彼等を日本に密入国させる。また、必要に応じて彼等を労働力――主に麻薬の売人や売春だ――として日本の暴力組織に斡旋する。
密入国の手口として一番ベーシックなものは、貨物船の倉庫に彼等を隠して入港させてしまうことだ。ビジネスとしては当然ながら、スペースに限りある貨物船に出来るだけ人数を詰め込んだ方が利益率が良い。彼等は巡視船の目を逃れるため、陽も差さない船底にすし詰めにされたまま、中国から日本までを船で旅するのだ。
……真夏にクーラー無しの満員電車に乗り込み、しかもそのまま丸一ヵ月、トイレは垂れ流しで風呂にも入らず過ごさなければならない、と考えて頂ければ少しは理解出来るだろうか。
「とはいえ船の中や港にいつまでも置いておくわけにはいかない。行き先が決まるまでどこかにこの人達を留めて置かなきゃいけないが、ホテルに泊める金なんて当然ない。ここは態のいい『一時保管場所』って事さ。この倉庫が裏でその手の暴力組織と手を組んでるのは、まず間違いないだろうな」
おれは淡々と事実だけを小声で述べる。
「酷いよ……こんなの、許せないよ!」
「その前に声を落とせ。そしてしゃがめ」
おれの指示の意味に、真凛はすぐ気がついた。扉の向こうで、さっきおれ達が聞きとった足音が近づいてくるのがわかったからだ。おれは息を殺して、ドアの隙間からこっそりと相手の姿をうかがいつつ、通り過ぎるのを待つ。
『どうだ、何か変わった事でもないか?』
ドア越しに太い声が聞こえる。おれ達の事を指しているのかと思ったが、どうやらその声は通路の奥へ向けて投げかけられたものらしい。警備員か、はたまたヤクザ屋さんか。おれは何気なくその姿を見つめ――そして、凍りついた。
だが、それと同時に漂ってくるこの臭い。壁にドアが取り付けられており、その向こうから臭ってくる。こいつは、
「動物園みたいな臭い……?」
鼻を押さえた真凛が小声で呟く。確かに似ているが少し違う。おれの脳裏に一つの予想がよぎった。……ミスったな。真凛をここに来させるべきじゃなかったか。すると、通路の奥から足音が響いた。
「誰か来るよ!」
真凛の押し殺した声におれは舌打ちする。ええい仕方がない。おれは扉を開けて飛び込み、真凛を引き入れて扉を閉める。途端、悪臭は耐え難いほど強烈になった。
「な、何この人達……!」
おれの背後で真凛が声を上げる。あーあ。ため息を一つついておれは振り返った。そこには十畳ほどの部屋――午前中に訪れたオフィスと同じ大きさだ――に、二十五、六人ほどの男女が座り込んでいた。畳一枚あたり三人ほど座っているため、当然ながら足の踏み場も無い。彼等はTシャツにズボン、あるいはぼろぼろのスカートを履いている程度の格好であり、みな裸足である。そしてその眼には一様に精気が無かった。この夏の暑さの中どれほどの時間、ここに居るだろうか。すえた臭いは、風呂に入る事も出来ない彼等二十数人の体臭だった。彼等はうつろな眼でおれ達を見て、かすかに動揺する。
「どうしたんですか、何かあった……むぐ!?」
『ああ、騒がないで騒がないで』
真凛の口を手で押さえ、おれはいくつかの言葉で話しかけてみた。彼等の間に反応があった。おれはジェスチャーを交えて『落ち着いて、落ち着いて』と繰り返す。適当なところで真凛を解放してやる。
「……えっと、この人達は?」
「……多分、密入国者の方々だろうねえ」
おれは乾いた声で回答した。『銃器、麻薬、偽ブランドは密輸品の御三家』と先日おれは述べたが、ここ最近四番目の密輸品として台頭して来ているのが、人間、つまりは密入国である。
背後に構えているのは主に中国系の暴力組織。彼等は大陸各地の労働者達に、日本に行けばここより遥かに高い賃金で働ける、借金をしてでも日本に渡ればすぐに取り返せる、と言葉巧みに持ちかけ、密入国の費用を取り立てる。そして彼等を日本に密入国させる。また、必要に応じて彼等を労働力――主に麻薬の売人や売春だ――として日本の暴力組織に斡旋する。
密入国の手口として一番ベーシックなものは、貨物船の倉庫に彼等を隠して入港させてしまうことだ。ビジネスとしては当然ながら、スペースに限りある貨物船に出来るだけ人数を詰め込んだ方が利益率が良い。彼等は巡視船の目を逃れるため、陽も差さない船底にすし詰めにされたまま、中国から日本までを船で旅するのだ。
……真夏にクーラー無しの満員電車に乗り込み、しかもそのまま丸一ヵ月、トイレは垂れ流しで風呂にも入らず過ごさなければならない、と考えて頂ければ少しは理解出来るだろうか。
「とはいえ船の中や港にいつまでも置いておくわけにはいかない。行き先が決まるまでどこかにこの人達を留めて置かなきゃいけないが、ホテルに泊める金なんて当然ない。ここは態のいい『一時保管場所』って事さ。この倉庫が裏でその手の暴力組織と手を組んでるのは、まず間違いないだろうな」
おれは淡々と事実だけを小声で述べる。
「酷いよ……こんなの、許せないよ!」
「その前に声を落とせ。そしてしゃがめ」
おれの指示の意味に、真凛はすぐ気がついた。扉の向こうで、さっきおれ達が聞きとった足音が近づいてくるのがわかったからだ。おれは息を殺して、ドアの隙間からこっそりと相手の姿をうかがいつつ、通り過ぎるのを待つ。
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