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第4話:『不実在オークショナー』
◆04:スニーキング・ミッション(やっつけ)-2
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「ちわーす、メール便のOMSでぇーっす!」
色とりどりのA4の封筒を大量に抱え、ウェストポーチを身につけ白い帽子を目深に被った好青年、つまりはおれは、勢いよくミサギ・トレーディングのオフィスの扉を潜った。
「鈴木様、鈴木則之様にお届け者です!」
宅配便の兄ちゃんがやるように、腹に力を入れて声を出す。変装のコツは『似せる事でなく、なりきること』である、と昔業界の先輩に教わった事がある。向こうが多少変だと思っても、こちらが堂々としていればバレにくいのだ、と。
ウェストポーチと帽子、伝票とバインダー、ついでに着替えたストライプのシャツも、すべて百円ショップで調達したものである。もひとつ付け加えると、OMSと言うのは先日仕事をしたとあるエージェントの所属会社である。社名の無断借用ゴメンナサイ、と心の奥でこっそり謝る。
ほとんど予想を裏切らない造りのオフィスだった。採光の事をあまり考えていない窓にはブラインドが引き下ろされ、パソコンやプリンターは煙草のヤニで黄ばんでいた。型の古い事務机で構成された島で、パートと思しきおばさんが二人と、五十代くらいの額の後退したおじさんが仕事をしている。ちなみに観葉植物の類はない。
「あらー、郵便のひと?」
席を立っていぶかしげにおばちゃんの一人が駆け寄ってくる。
「いえ、メール便です!」
つとめて明るく返事をしつつ、辺りに目を配る。ぱっと見た限り、おばちゃん二人とおじさんの間に会話を頻繁に交わしている様子はない。そしてイヤでも感じる、一様にやる気の無い仕事っぷり(タイピングのリズムだけでもやる気のある無しは結構看て取れるのである。ついでに言えば、トイレの掃除がされていないオフィスは大概、経営か社内の人間関係が上手く行っていない)。
幸か不幸か、十九のみそらで無数のオフィスを見てきたおれには一発でわかった。ここはただのダミーだ。おそらくは注文を受けて、顧客に金の振込みを指示し、製品の発送を依頼するためだけに作られた会社だろう。
ネットオークションで品物を捌いているのであれば、そもそもオフィスすらいらない。PCが一台あればすむ。では、わざわざオフィスを作っている理由は、と……。おれは持っている封筒を大事そうに差し出す。
「鈴木様、鈴木取締役への緊急の書面をお預かりしているのです。公的な証明書だとのことで」
しれっと口から出る嘘八百。この手のハッタリなら、大脳を使わずとも五分くらいしゃべっていられる自信がある。もちろんこの封筒、そこのコンビニで買って来たものに切手を貼って適当に宛名や住所を偽造したものである。
「すずき?うちに鈴木なんて人はいないけど」
訝しげなおばちゃん。
「そんなはずは。確かに鈴木取締役宛なのですが」
くらえ必殺、所長直伝営業スマイル。
「いないものはいないわよお」
おばちゃんにはそれなりに効果があった模様。
「おかしいですねえ。すみません、御社の社長は何と言うお名前ですか?」
「うちの社長?実佐木《みさぎ》康夫っていうの。ほら、ミサギ・トレーデングだから。ほとんどここには顔出さないけどねー」
うん、それは知ってる。
「社長さんが顔を出さないんですか?」
「そうなのよー。ここの会社ったら、私達に仕事をやらせるだけで、偉い人が二人、ときたま顔を出すだけなのよ」
「へええ。偉い二人というのは、その実佐木社長と、鈴木取締役ですか?」
「そんな名前じゃないわよ。特別顧問の……えーと、なんだっけ。小島さーん」
小島さん、というのはもう一人のおばちゃんのようだ。ここでおじさんが呼ばれないあたり、おばちゃんズとおじさんの日ごろの仲が良くないことが看て取れる……っておれ、こんなことばっかり熟達してどうするんだろう。
色とりどりのA4の封筒を大量に抱え、ウェストポーチを身につけ白い帽子を目深に被った好青年、つまりはおれは、勢いよくミサギ・トレーディングのオフィスの扉を潜った。
「鈴木様、鈴木則之様にお届け者です!」
宅配便の兄ちゃんがやるように、腹に力を入れて声を出す。変装のコツは『似せる事でなく、なりきること』である、と昔業界の先輩に教わった事がある。向こうが多少変だと思っても、こちらが堂々としていればバレにくいのだ、と。
ウェストポーチと帽子、伝票とバインダー、ついでに着替えたストライプのシャツも、すべて百円ショップで調達したものである。もひとつ付け加えると、OMSと言うのは先日仕事をしたとあるエージェントの所属会社である。社名の無断借用ゴメンナサイ、と心の奥でこっそり謝る。
ほとんど予想を裏切らない造りのオフィスだった。採光の事をあまり考えていない窓にはブラインドが引き下ろされ、パソコンやプリンターは煙草のヤニで黄ばんでいた。型の古い事務机で構成された島で、パートと思しきおばさんが二人と、五十代くらいの額の後退したおじさんが仕事をしている。ちなみに観葉植物の類はない。
「あらー、郵便のひと?」
席を立っていぶかしげにおばちゃんの一人が駆け寄ってくる。
「いえ、メール便です!」
つとめて明るく返事をしつつ、辺りに目を配る。ぱっと見た限り、おばちゃん二人とおじさんの間に会話を頻繁に交わしている様子はない。そしてイヤでも感じる、一様にやる気の無い仕事っぷり(タイピングのリズムだけでもやる気のある無しは結構看て取れるのである。ついでに言えば、トイレの掃除がされていないオフィスは大概、経営か社内の人間関係が上手く行っていない)。
幸か不幸か、十九のみそらで無数のオフィスを見てきたおれには一発でわかった。ここはただのダミーだ。おそらくは注文を受けて、顧客に金の振込みを指示し、製品の発送を依頼するためだけに作られた会社だろう。
ネットオークションで品物を捌いているのであれば、そもそもオフィスすらいらない。PCが一台あればすむ。では、わざわざオフィスを作っている理由は、と……。おれは持っている封筒を大事そうに差し出す。
「鈴木様、鈴木取締役への緊急の書面をお預かりしているのです。公的な証明書だとのことで」
しれっと口から出る嘘八百。この手のハッタリなら、大脳を使わずとも五分くらいしゃべっていられる自信がある。もちろんこの封筒、そこのコンビニで買って来たものに切手を貼って適当に宛名や住所を偽造したものである。
「すずき?うちに鈴木なんて人はいないけど」
訝しげなおばちゃん。
「そんなはずは。確かに鈴木取締役宛なのですが」
くらえ必殺、所長直伝営業スマイル。
「いないものはいないわよお」
おばちゃんにはそれなりに効果があった模様。
「おかしいですねえ。すみません、御社の社長は何と言うお名前ですか?」
「うちの社長?実佐木《みさぎ》康夫っていうの。ほら、ミサギ・トレーデングだから。ほとんどここには顔出さないけどねー」
うん、それは知ってる。
「社長さんが顔を出さないんですか?」
「そうなのよー。ここの会社ったら、私達に仕事をやらせるだけで、偉い人が二人、ときたま顔を出すだけなのよ」
「へええ。偉い二人というのは、その実佐木社長と、鈴木取締役ですか?」
「そんな名前じゃないわよ。特別顧問の……えーと、なんだっけ。小島さーん」
小島さん、というのはもう一人のおばちゃんのようだ。ここでおじさんが呼ばれないあたり、おばちゃんズとおじさんの日ごろの仲が良くないことが看て取れる……っておれ、こんなことばっかり熟達してどうするんだろう。
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