人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
111 / 368
第4話:『不実在オークショナー』

◆02:シャワーとコーヒー(色気無し)-3

しおりを挟む
「仕事上の点は、陽司さんも譲れないものがあるでしょうからともかく。その一点についてはきちんと謝っておいた方が良いですよお」
「ええー!?なんでおれが、」
「陽司さん」

 来音さんはおれの方に身を乗り出して一言。

「良いですねー?」

 あ。表情は笑顔だけど目が笑ってない。

「わかりました、わかりましたよ」

 おれは降参のポーズで手を振った。どのみち来音さんにお願いされて断れる霊長類ヒト科のオスなどまず居ないのだ。

 ……はー。

 しゃーねえ。ここは年長者として、分別のあるところをガキんちょに見せてやるとするか。とおれが決意した途端、間髪要れず事務所のドアが開いた。

「やっほー、亘理君帰ってたんだ、おっかれー」

 所長が帰ってきた。っていうか折角あるんだからチャイムくらい鳴らそうぜ。上機嫌なその声から推察するに、

「新規の依頼ですね、嵯峨野所長」

 敏腕秘書モードに戻った来音さんがふわりと席を立つ。そこまで言われてようやくおれは、所長の後ろにもう一人、スーツ姿の男性が佇んでいる事に気づいた。何やら巨大なボストンバッグを背負っている。所長はその男性をパーテーションで区切られた応接室に通すと、来音さんを手招きする。

「来音ちゃんもお疲れ。で、スエさんと仁君のチームは今どうしてる?」

 問われた来音さんの顔が曇った。

「仕事自体は順調に進捗しています。ですが、ヤヅミが抱え込んでいた利権に集まってくる勢力は想像以上に多数だった模様です。彼等を排除しつつ、依頼者の債権を回収するにはあと一週間欲しいと須江貞チーフからの連絡です」

 ヤヅミ、とは日本の大手都銀の一角であるヤヅミ銀行の事である。先日、とある事件の影響により社内の致命的な不祥事が暴露され、一気に社会的信用を失った。ヤヅミと提携している取引先は軒並み浮き足だち、早くも水面下では船から逃げ出すネズミや、おこぼれに預かろうとするハイエナ達の暗闘が始まっているのだ。

「そかー……。調査任務だしあの二人が最適だと思ってたんだけど。んん」

 言うや、所長の視線がおれに向く。あー、これひょっとしていつものパターン?

「亘理君、唐突だけど一件、」
「おれはイヤですよ」

 ここで即答出来るあたり、おれもここに来てから随分鍛えられたよなあとか思う。しかし我らが浅葱所長はそんなおれを見据えて一言。

「今月のアパート代、未払いだったよね?」
「な、何の事やら」
「あれー違った?亘理君の生活パターンからすれば、今回の猿退治の報酬でようやく今月の食費が確保。次でようやく固定費に充当出来るってあたりじゃない?」

 違った?等と言いながら自身の分析を微塵も疑っていやがらない。ええ、まさしくその通りですよ。だが、今日だって散々な目に会ったのだ。しばらくは休みを、

「同日複数の依頼にはボーナスがつくわよ」
「…………仕方ありませんね」

 ”…………”の間に、おれなりの葛藤があった事にしておいて頂きたい。

「じゃ、さっそく応接室に来て頂戴。依頼人がお待ちよ」
「うーっす、了解」

 応接室に消えていった所長を見送ったあと、おれは何か着替えがないかと探した。だが、しょせん夏場にロクな服が残っているはずもない。結局おれは、Tシャツとカーゴパンツのまま応接室に向かう事にした。と、

「…………」
「……おう」

 脱衣所から出てきた真凛と出くわした。出会い頭で一度面食らった表情になったものの、すぐにそのツラはシャワーを浴びる前同様、不機嫌極まりないものになる。と、後ろの来音さんから何か異様なプレッシャーが発せられている。

「あのさあ、」
「……なんか用?」

 無言の圧力。うう、年上の余裕を見せるんでしょ。わかってますって。

「さっきは、」
「亘理君?早く来て頂戴」

 パーテーションの向こうからちょっと苛立った所長の声が響く。ビジネスには妥協のない人だ。怒らせると何かとマズイ。

「わかりましたわかりました」

 おれは慌てて応接室へと向かった。

「真凛さん、ちょっといいかしら?」

 その後ろで来音さんが真凛を呼んでいるのが目に入った。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...