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第4話:『不実在オークショナー』
◆02:シャワーとコーヒー(色気無し)-3
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「仕事上の点は、陽司さんも譲れないものがあるでしょうからともかく。その一点についてはきちんと謝っておいた方が良いですよお」
「ええー!?なんでおれが、」
「陽司さん」
来音さんはおれの方に身を乗り出して一言。
「良いですねー?」
あ。表情は笑顔だけど目が笑ってない。
「わかりました、わかりましたよ」
おれは降参のポーズで手を振った。どのみち来音さんにお願いされて断れる霊長類ヒト科のオスなどまず居ないのだ。
……はー。
しゃーねえ。ここは年長者として、分別のあるところをガキんちょに見せてやるとするか。とおれが決意した途端、間髪要れず事務所のドアが開いた。
「やっほー、亘理君帰ってたんだ、おっかれー」
所長が帰ってきた。っていうか折角あるんだからチャイムくらい鳴らそうぜ。上機嫌なその声から推察するに、
「新規の依頼ですね、嵯峨野所長」
敏腕秘書モードに戻った来音さんがふわりと席を立つ。そこまで言われてようやくおれは、所長の後ろにもう一人、スーツ姿の男性が佇んでいる事に気づいた。何やら巨大なボストンバッグを背負っている。所長はその男性をパーテーションで区切られた応接室に通すと、来音さんを手招きする。
「来音ちゃんもお疲れ。で、スエさんと仁君のチームは今どうしてる?」
問われた来音さんの顔が曇った。
「仕事自体は順調に進捗しています。ですが、ヤヅミが抱え込んでいた利権に集まってくる勢力は想像以上に多数だった模様です。彼等を排除しつつ、依頼者の債権を回収するにはあと一週間欲しいと須江貞チーフからの連絡です」
ヤヅミ、とは日本の大手都銀の一角であるヤヅミ銀行の事である。先日、とある事件の影響により社内の致命的な不祥事が暴露され、一気に社会的信用を失った。ヤヅミと提携している取引先は軒並み浮き足だち、早くも水面下では船から逃げ出すネズミや、おこぼれに預かろうとするハイエナ達の暗闘が始まっているのだ。
「そかー……。調査任務だしあの二人が最適だと思ってたんだけど。んん」
言うや、所長の視線がおれに向く。あー、これひょっとしていつものパターン?
「亘理君、唐突だけど一件、」
「おれはイヤですよ」
ここで即答出来るあたり、おれもここに来てから随分鍛えられたよなあとか思う。しかし我らが浅葱所長はそんなおれを見据えて一言。
「今月のアパート代、未払いだったよね?」
「な、何の事やら」
「あれー違った?亘理君の生活パターンからすれば、今回の猿退治の報酬でようやく今月の食費が確保。次でようやく固定費に充当出来るってあたりじゃない?」
違った?等と言いながら自身の分析を微塵も疑っていやがらない。ええ、まさしくその通りですよ。だが、今日だって散々な目に会ったのだ。しばらくは休みを、
「同日複数の依頼にはボーナスがつくわよ」
「…………仕方ありませんね」
”…………”の間に、おれなりの葛藤があった事にしておいて頂きたい。
「じゃ、さっそく応接室に来て頂戴。依頼人がお待ちよ」
「うーっす、了解」
応接室に消えていった所長を見送ったあと、おれは何か着替えがないかと探した。だが、しょせん夏場にロクな服が残っているはずもない。結局おれは、Tシャツとカーゴパンツのまま応接室に向かう事にした。と、
「…………」
「……おう」
脱衣所から出てきた真凛と出くわした。出会い頭で一度面食らった表情になったものの、すぐにそのツラはシャワーを浴びる前同様、不機嫌極まりないものになる。と、後ろの来音さんから何か異様なプレッシャーが発せられている。
「あのさあ、」
「……なんか用?」
無言の圧力。うう、年上の余裕を見せるんでしょ。わかってますって。
「さっきは、」
「亘理君?早く来て頂戴」
パーテーションの向こうからちょっと苛立った所長の声が響く。ビジネスには妥協のない人だ。怒らせると何かとマズイ。
「わかりましたわかりました」
おれは慌てて応接室へと向かった。
「真凛さん、ちょっといいかしら?」
その後ろで来音さんが真凛を呼んでいるのが目に入った。
「ええー!?なんでおれが、」
「陽司さん」
来音さんはおれの方に身を乗り出して一言。
「良いですねー?」
あ。表情は笑顔だけど目が笑ってない。
「わかりました、わかりましたよ」
おれは降参のポーズで手を振った。どのみち来音さんにお願いされて断れる霊長類ヒト科のオスなどまず居ないのだ。
……はー。
しゃーねえ。ここは年長者として、分別のあるところをガキんちょに見せてやるとするか。とおれが決意した途端、間髪要れず事務所のドアが開いた。
「やっほー、亘理君帰ってたんだ、おっかれー」
所長が帰ってきた。っていうか折角あるんだからチャイムくらい鳴らそうぜ。上機嫌なその声から推察するに、
「新規の依頼ですね、嵯峨野所長」
敏腕秘書モードに戻った来音さんがふわりと席を立つ。そこまで言われてようやくおれは、所長の後ろにもう一人、スーツ姿の男性が佇んでいる事に気づいた。何やら巨大なボストンバッグを背負っている。所長はその男性をパーテーションで区切られた応接室に通すと、来音さんを手招きする。
「来音ちゃんもお疲れ。で、スエさんと仁君のチームは今どうしてる?」
問われた来音さんの顔が曇った。
「仕事自体は順調に進捗しています。ですが、ヤヅミが抱え込んでいた利権に集まってくる勢力は想像以上に多数だった模様です。彼等を排除しつつ、依頼者の債権を回収するにはあと一週間欲しいと須江貞チーフからの連絡です」
ヤヅミ、とは日本の大手都銀の一角であるヤヅミ銀行の事である。先日、とある事件の影響により社内の致命的な不祥事が暴露され、一気に社会的信用を失った。ヤヅミと提携している取引先は軒並み浮き足だち、早くも水面下では船から逃げ出すネズミや、おこぼれに預かろうとするハイエナ達の暗闘が始まっているのだ。
「そかー……。調査任務だしあの二人が最適だと思ってたんだけど。んん」
言うや、所長の視線がおれに向く。あー、これひょっとしていつものパターン?
「亘理君、唐突だけど一件、」
「おれはイヤですよ」
ここで即答出来るあたり、おれもここに来てから随分鍛えられたよなあとか思う。しかし我らが浅葱所長はそんなおれを見据えて一言。
「今月のアパート代、未払いだったよね?」
「な、何の事やら」
「あれー違った?亘理君の生活パターンからすれば、今回の猿退治の報酬でようやく今月の食費が確保。次でようやく固定費に充当出来るってあたりじゃない?」
違った?等と言いながら自身の分析を微塵も疑っていやがらない。ええ、まさしくその通りですよ。だが、今日だって散々な目に会ったのだ。しばらくは休みを、
「同日複数の依頼にはボーナスがつくわよ」
「…………仕方ありませんね」
”…………”の間に、おれなりの葛藤があった事にしておいて頂きたい。
「じゃ、さっそく応接室に来て頂戴。依頼人がお待ちよ」
「うーっす、了解」
応接室に消えていった所長を見送ったあと、おれは何か着替えがないかと探した。だが、しょせん夏場にロクな服が残っているはずもない。結局おれは、Tシャツとカーゴパンツのまま応接室に向かう事にした。と、
「…………」
「……おう」
脱衣所から出てきた真凛と出くわした。出会い頭で一度面食らった表情になったものの、すぐにそのツラはシャワーを浴びる前同様、不機嫌極まりないものになる。と、後ろの来音さんから何か異様なプレッシャーが発せられている。
「あのさあ、」
「……なんか用?」
無言の圧力。うう、年上の余裕を見せるんでしょ。わかってますって。
「さっきは、」
「亘理君?早く来て頂戴」
パーテーションの向こうからちょっと苛立った所長の声が響く。ビジネスには妥協のない人だ。怒らせると何かとマズイ。
「わかりましたわかりました」
おれは慌てて応接室へと向かった。
「真凛さん、ちょっといいかしら?」
その後ろで来音さんが真凛を呼んでいるのが目に入った。
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