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第4話:『不実在オークショナー』
◆02:シャワーとコーヒー(色気無し)-2
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「とんでもない目にあったもんですよ」
おれが一息で飲み干してしまったコーヒーカップに、すぐに来音さんがお代わりを注いでくれたため、今度はじっくりと味わうことが出来た。どうやら他のメンバーは例によって出払っているらしい。
「所長は?」
「下の『ケテル』で商談中ですね」
この事務所が入っているのは、古書店『現世』のビルの二階である。一階には『現世』と、もう一つ、『ケテル』という喫茶店が入っている。小さな店だが、渋めの調度類が落ち着いた雰囲気を醸し出してくれるので、所長が気合を入れて商談する場合はよくここを使うのである。
となると、事務所の中に居るのはおれと来音さん。そしてまだシャワーを使っている真凛だけのようだった。おれはそちらに視線を向けると一つ舌打ちをした。
「随分災難だったみたいですね」
「ええ、あのバカのおかげで。……っと、これ、レシートです」
仕事中に背負っていなかったため泥まみれをまぬがれた愛用のザックから、一枚の紙を取り出して渡す。おれ達に与えられる仕事の概要は、通常『オーダーシート』と呼ばれる紙に一枚にまとめられて送られてくる。そして、今回のように依頼者とともに現場に赴く場合は、この『レシート』と呼ばれる複写式の紙を持って行く。
仕事を達成した後、依頼人からここにサインを貰うことで、初めて仕事終了となるのだ。そしておれ達は、このレシートを事務所に納める事と引き換えに報酬を貰うのである。それを受け取った来音さんが、口元を押さえて必死に笑いをこらえている事に気がついた。
「な、何っすか?」
「いえ、陽司さんのさっきの台詞、シャワー待ちしている時の真凛さんの台詞と一言一句同じでしたから」
「やめてくださいよ、あんな単細胞と一緒にするのは」
おれは吐き捨てるように言った。来音さんはおれのそんな顔を三拍ほど見つめた後、彼女自身の席――おれの隣――に腰掛けた。
「そうですね、じゃあ所長も商談中ですし、私が任務報告を承りましょうか」
極上のスマイルであった。
おれの任務報告の骨子を手早くレポート用紙に書き写し、お疲れ様、と来音さんは一言述べた。おれは恐縮しつつ、心の中でガッツポーズ。来音さんに報告すれば、それは自動的にメンドクサイ任務報告書を作成してくれる事を意味するので、おれ達現場スタッフとしては二倍三倍にオイシイのだ。
「でも正直言いますと、真凛さんへの対応は賛同しがたいものがありますわ」
「うぐ」
これはおれには堪えた。滅多に文句を言わない来音さんだからこそ、こういう指摘はズンと来るのだ。感情ではなく冷静な分析に基づいたものであり、つまりはだいたいにおいて正しい。
「い、いや確かに指示に曖昧な点があったところは認めますがね。それを突撃命令と解釈するあいつの思考回路の方に問題があるっつーかなんつーか」
「仕事上の指示の行き違いについては、よくあるトラブルですから特に問題ではありませんよ。問題は、その後の喧嘩ですね~」
「う……。そっちですか」
仕事上では常にきびきびしている来音さんだが、プライベートではちょっとのんびりした話し方をする。つまりは、これはプライベートな話。仕事上では問題はないが、おれ個人の真凛への対応がよろしくない、と指摘されているわけだ。
「ケンカはともかくー、男女云々の発言は大変よろしくありませんねぇ。女の子はそういう言葉にとっても傷つきやすいんですよ」
「オンナノコぉ?あれのどこが?」
オンナノコというよりは斧鉈鋸って感じですが。
「どこからどう見ても可愛い女の子じゃないですかあ」
「どっからどー見てもゴツイ男の子じゃないですか」
まったく、お嬢様高校のブレザーなんぞより詰襟の学ランでも着せた方が万倍似合うというものである。
おれが一息で飲み干してしまったコーヒーカップに、すぐに来音さんがお代わりを注いでくれたため、今度はじっくりと味わうことが出来た。どうやら他のメンバーは例によって出払っているらしい。
「所長は?」
「下の『ケテル』で商談中ですね」
この事務所が入っているのは、古書店『現世』のビルの二階である。一階には『現世』と、もう一つ、『ケテル』という喫茶店が入っている。小さな店だが、渋めの調度類が落ち着いた雰囲気を醸し出してくれるので、所長が気合を入れて商談する場合はよくここを使うのである。
となると、事務所の中に居るのはおれと来音さん。そしてまだシャワーを使っている真凛だけのようだった。おれはそちらに視線を向けると一つ舌打ちをした。
「随分災難だったみたいですね」
「ええ、あのバカのおかげで。……っと、これ、レシートです」
仕事中に背負っていなかったため泥まみれをまぬがれた愛用のザックから、一枚の紙を取り出して渡す。おれ達に与えられる仕事の概要は、通常『オーダーシート』と呼ばれる紙に一枚にまとめられて送られてくる。そして、今回のように依頼者とともに現場に赴く場合は、この『レシート』と呼ばれる複写式の紙を持って行く。
仕事を達成した後、依頼人からここにサインを貰うことで、初めて仕事終了となるのだ。そしておれ達は、このレシートを事務所に納める事と引き換えに報酬を貰うのである。それを受け取った来音さんが、口元を押さえて必死に笑いをこらえている事に気がついた。
「な、何っすか?」
「いえ、陽司さんのさっきの台詞、シャワー待ちしている時の真凛さんの台詞と一言一句同じでしたから」
「やめてくださいよ、あんな単細胞と一緒にするのは」
おれは吐き捨てるように言った。来音さんはおれのそんな顔を三拍ほど見つめた後、彼女自身の席――おれの隣――に腰掛けた。
「そうですね、じゃあ所長も商談中ですし、私が任務報告を承りましょうか」
極上のスマイルであった。
おれの任務報告の骨子を手早くレポート用紙に書き写し、お疲れ様、と来音さんは一言述べた。おれは恐縮しつつ、心の中でガッツポーズ。来音さんに報告すれば、それは自動的にメンドクサイ任務報告書を作成してくれる事を意味するので、おれ達現場スタッフとしては二倍三倍にオイシイのだ。
「でも正直言いますと、真凛さんへの対応は賛同しがたいものがありますわ」
「うぐ」
これはおれには堪えた。滅多に文句を言わない来音さんだからこそ、こういう指摘はズンと来るのだ。感情ではなく冷静な分析に基づいたものであり、つまりはだいたいにおいて正しい。
「い、いや確かに指示に曖昧な点があったところは認めますがね。それを突撃命令と解釈するあいつの思考回路の方に問題があるっつーかなんつーか」
「仕事上の指示の行き違いについては、よくあるトラブルですから特に問題ではありませんよ。問題は、その後の喧嘩ですね~」
「う……。そっちですか」
仕事上では常にきびきびしている来音さんだが、プライベートではちょっとのんびりした話し方をする。つまりは、これはプライベートな話。仕事上では問題はないが、おれ個人の真凛への対応がよろしくない、と指摘されているわけだ。
「ケンカはともかくー、男女云々の発言は大変よろしくありませんねぇ。女の子はそういう言葉にとっても傷つきやすいんですよ」
「オンナノコぉ?あれのどこが?」
オンナノコというよりは斧鉈鋸って感じですが。
「どこからどう見ても可愛い女の子じゃないですかあ」
「どっからどー見てもゴツイ男の子じゃないですか」
まったく、お嬢様高校のブレザーなんぞより詰襟の学ランでも着せた方が万倍似合うというものである。
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