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第4話:『不実在オークショナー』
◆01:戦いすんで日は暮れて-2
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「帰りの中央線の視線も痛かったな……」
どうにか仕事そのものは成功させたものの、着替えも持ってきておらず、おれ達は中央線最後尾に新聞紙を敷いて、泥だらけの身体でひたすら無言で立ち尽くしていた。
心の中では『おれはオブジェです、おれは置物です、気にしないでください』と必死に訴えていたものである。おれ達の哀れっぷりに同情してくれたのか、乗客が多くなかった事も幸いしたのか。車掌さんに放り出される事も無く何とか新宿までは戻ってこれた。
だが、結局都内で乗車拒否され、こうして明治通りをとぼとぼと歩き、徒歩で高田馬場の事務所まで戻っているという次第。三十分以上歩き続けているが、電車内で無言だった分、互いの罵詈雑言は尽きる事は無かった。
明治通りを右に折れしばらく歩くと、飲食店の並びはより賑やかになってくる。賑やかであればあるほどおれ達は一層身を縮め、こそこそと道の端っこを歩いた。
そしてようやく古書店『現世』の看板が眼に入る。ここから裏手に周り、スチール製の階段を昇りきれば、二階のテナントとして入居している『人材派遣会社フレイムアップ』の扉の前に辿り着くのだ。どうにかゴールしたものの、こんな格好では中にも入れない。おれはインターホンを荒っぽく押して、泥まみれの体をベランダの手すりに預けて舌打ちした。
「……だいたいなあ、お前、なんで言われもしないのについてきたんだよ」
ずるずるとおれの前に立っていた泥田坊の子供がこちらを振り返った。
「別にアンタについてきたわけじゃない。昨日の夜に浅葱さんから電話で頼まれたんだよ。アンタ一人じゃ頼りないから護衛してくれって」
おれは鼻でせせら笑った。
「護衛!護衛ね。その割には率先して猿の群れに突っ込んでったけどな」
真凛の眉が跳ね上がる。
「……ちょっと。そもそも攻撃の指示を出したのはアンタでしょ?」
「おれは足止めしてくれと言っただけなんだがな。まったくお前と来たら猪突猛進しかないっつーかケンカ馬鹿っつーか。ホント何でお前みたいにガサツな男女がおれのアシスタントなんだろね」
すると真凛は泥まみれの格好のまま腕を組み、こちらを見据えた。先ほどまでのような怒りはなりを潜め、逆にいやに冷淡な視線を向けている。
「本当、なんでボクがアンタのアシスタントなんだろう。直樹さんとか仁さんとか、須江貞さんとか、みんなきちんとした人なのに。毎回毎回ボクの仕事ってひ弱なアンタの護衛ばっかり。これじゃどっちがアシスタントかわからないよ」
いつもならコイツのこの手のコメントには冗談めかして侘びを入れるおれだが、どうしてかこの時は口が勝手に動いていた。堂々巡りの愚痴は、いつのまにかあらぬ方向へと逸脱しはじめていたようだ。
「そりゃお前の取柄なんて戦闘力だけだからな。護衛と攻撃以外に使い道が無い。だいたいそう思うなら外れりゃいいだろ。こっちだってもともとおれ一人の方が身軽なんだ。やる気の無いアシストなら要らねえよ」
「ボクだってそうしたいよ。でも残念でした、他の人はアンタと違って一人で自分の身も守れるんだって!」
「……ンだと!?」
「何だよ!?」
腰に両手を当ててキバを剥く真凛に応戦して、おれも泥まみれの袖をまくりあげる。事務所の扉の前で、三軒先まで聞こえるほどに響き渡っていた見苦しい口喧嘩は、ついに見苦しい物理戦闘へと――
「お帰りなさい。ご苦労様でした、陽司さん、真凛さん」
――突入する寸前に、開いた事務所の扉によって遮られていた。出鼻をくじかれ、扉の反対側の真凛も気勢を削がれ立ち尽くしている。まるで計ったようなタイミングで扉を開いた人物――艶のある黒髪と知性の匂いを漂わす眼鏡が印象的なその女性に、おれは些か恥じ入って答えた。
「は、どうも。只今戻りました、来音さん」
どうにか仕事そのものは成功させたものの、着替えも持ってきておらず、おれ達は中央線最後尾に新聞紙を敷いて、泥だらけの身体でひたすら無言で立ち尽くしていた。
心の中では『おれはオブジェです、おれは置物です、気にしないでください』と必死に訴えていたものである。おれ達の哀れっぷりに同情してくれたのか、乗客が多くなかった事も幸いしたのか。車掌さんに放り出される事も無く何とか新宿までは戻ってこれた。
だが、結局都内で乗車拒否され、こうして明治通りをとぼとぼと歩き、徒歩で高田馬場の事務所まで戻っているという次第。三十分以上歩き続けているが、電車内で無言だった分、互いの罵詈雑言は尽きる事は無かった。
明治通りを右に折れしばらく歩くと、飲食店の並びはより賑やかになってくる。賑やかであればあるほどおれ達は一層身を縮め、こそこそと道の端っこを歩いた。
そしてようやく古書店『現世』の看板が眼に入る。ここから裏手に周り、スチール製の階段を昇りきれば、二階のテナントとして入居している『人材派遣会社フレイムアップ』の扉の前に辿り着くのだ。どうにかゴールしたものの、こんな格好では中にも入れない。おれはインターホンを荒っぽく押して、泥まみれの体をベランダの手すりに預けて舌打ちした。
「……だいたいなあ、お前、なんで言われもしないのについてきたんだよ」
ずるずるとおれの前に立っていた泥田坊の子供がこちらを振り返った。
「別にアンタについてきたわけじゃない。昨日の夜に浅葱さんから電話で頼まれたんだよ。アンタ一人じゃ頼りないから護衛してくれって」
おれは鼻でせせら笑った。
「護衛!護衛ね。その割には率先して猿の群れに突っ込んでったけどな」
真凛の眉が跳ね上がる。
「……ちょっと。そもそも攻撃の指示を出したのはアンタでしょ?」
「おれは足止めしてくれと言っただけなんだがな。まったくお前と来たら猪突猛進しかないっつーかケンカ馬鹿っつーか。ホント何でお前みたいにガサツな男女がおれのアシスタントなんだろね」
すると真凛は泥まみれの格好のまま腕を組み、こちらを見据えた。先ほどまでのような怒りはなりを潜め、逆にいやに冷淡な視線を向けている。
「本当、なんでボクがアンタのアシスタントなんだろう。直樹さんとか仁さんとか、須江貞さんとか、みんなきちんとした人なのに。毎回毎回ボクの仕事ってひ弱なアンタの護衛ばっかり。これじゃどっちがアシスタントかわからないよ」
いつもならコイツのこの手のコメントには冗談めかして侘びを入れるおれだが、どうしてかこの時は口が勝手に動いていた。堂々巡りの愚痴は、いつのまにかあらぬ方向へと逸脱しはじめていたようだ。
「そりゃお前の取柄なんて戦闘力だけだからな。護衛と攻撃以外に使い道が無い。だいたいそう思うなら外れりゃいいだろ。こっちだってもともとおれ一人の方が身軽なんだ。やる気の無いアシストなら要らねえよ」
「ボクだってそうしたいよ。でも残念でした、他の人はアンタと違って一人で自分の身も守れるんだって!」
「……ンだと!?」
「何だよ!?」
腰に両手を当ててキバを剥く真凛に応戦して、おれも泥まみれの袖をまくりあげる。事務所の扉の前で、三軒先まで聞こえるほどに響き渡っていた見苦しい口喧嘩は、ついに見苦しい物理戦闘へと――
「お帰りなさい。ご苦労様でした、陽司さん、真凛さん」
――突入する寸前に、開いた事務所の扉によって遮られていた。出鼻をくじかれ、扉の反対側の真凛も気勢を削がれ立ち尽くしている。まるで計ったようなタイミングで扉を開いた人物――艶のある黒髪と知性の匂いを漂わす眼鏡が印象的なその女性に、おれは些か恥じ入って答えた。
「は、どうも。只今戻りました、来音さん」
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