107 / 368
第4話:『不実在オークショナー』
◆01:戦いすんで日は暮れて-1
しおりを挟む
「アンタがもう少し早く気づけば、こんな事にはならなかったんだよ!」
「……あのねえ。崩れかけた足場を真っ向から無視して震脚を踏み込みまくったのはおまえだろうがよ」
湿った文句に湿った反論を返し、おれは黙々と歩を進めた。新宿から高田馬場方面へと向かう明治通りの途上である。金は無いが食い物にはうるさい学生が集うこの通りには、安くて美味い飲食店がひしめきあっており、普段なら歩いているだけでそれなりに楽しめる場所だ。
だが今、衣服の裾からアスファルトへぱらぱらと茶色い粉を撒き散らしながら、肩を落として進むおれ達二人組にはそんな感性は残されていなかった。全身は泥まみれの状態のまま乾燥してしまい、さながら自分の田んぼから間違って這い出てしまった瀕死の泥田坊と言ったところか。
二人の泥田坊を容赦なく炙る陽射し。午後に入っても気温は下がらなかった。夏の間猛威を振るいに振るいまくった太陽は、九月に入っても一向に衰える気配を見せず、まだまだ都内は不快指数過剰の牢獄である。すれ違う人々の視線がとってもイタイ。いっそ本当に泥田坊よろしく腕を差し出して、田を返せえぇぇえ、とでも叫んだ方が気が楽になるかも知れない。
「あげくの果てに地下鉄では駅員さんに乗車拒否されるし。知り合いが乗ってたらどうするんだよ、ボク、毎日通学にも使ってるのに」
我がアシスタント、七瀬真凛がぎゃあぎゃあと抗議の声を上げ、泥に汚れたシャツと、全身から噴き出す汗がもたらす不快感に拍車をかけた。そろそろ政府は残暑だの立春だのという言葉の定義を変えたほうが良いのではないか。一歩踏みしめるたびに足元から這い上がってくる、靴中の泥の生ぬるい感覚と相まって、不覚ながらこのおれ亘理陽司も、いささか苛立っていた模様。
「はん。そんなら運転手に送り迎えしてもらえばいいだろうが。旧士族のオジョウサマはおれ達ショミンとは同じ土を踏みませぬわオホホ、みたいな感じでさ。もっともその様じゃー誰がどう見てもタニシ摂りの子供だけどな」
「ふんだ、ボクが居なければアンタは今そんな事も言ってられなかったくせに」
「はっ、もともとおれがあそこまで追い込まれたのも元はと言えばお前が――」
先ほどからこんな益体もない会話を延々と繰り返している。もう何巡目か考える気力も無い。
事の発端は今日、九月下旬の土曜の朝に遡る。中学や高校ではすでに二学期が始まって久しいが、おれの大学ではまだギリギリ夏休み。この休み中に引き受けてきたフレイムアップの仕事も、先日長野から都内までを一夜で駆け抜けたことでどうにか一段落がついた。
おれは他の連中のアシストに入ったりしながら比較的穏やかな(あくまでも比較的、だ)日々を送っていたものだ。そんな中に舞い込んで来たのが、東京都西部の某町に頻繁に出没して店先や田んぼを荒すという猿の駆除依頼だったのである。
突拍子もないと思われるかも知れないが、こういった動物関係の依頼はおれ達にとってオーソドックスの部類に入る。浜辺に打ち上げられたイルカを助けたり、高度に統率された野犬の群れと死闘を演じたり。
二十一世紀であろうと、都会を一歩離れれば、今なお動物や自然達と真っ向から向き合い戦い、あるいは共生している人がいる。これは別におれ達エージェント業界に限ったことではない。
あるものは自然のバランスの変動の影響(それを自然破壊と呼んでいいのかはおれにはわからない)で住処を追われ、あるものは無責任な人間の餌付けに味を占め、猿やカラスが人里に降りてくる。彼らのもたらす被害は全国で年々深刻化している。今回の依頼は町を荒らす猿を捕らえ、これ以上被害が広がらないよう処置を施すというものだった。
威嚇も罠も通じず、動物保護の観点から射殺も出来ない猿達。ほとほと困っていた町の人々と、彼等に協力する猟友会の皆さんと、東京にいながら連携を取り、どうにか猿の群れを追いたて一箇所に集めたのが昨日の夕方。そんで、仕上を施すべく朝一番で新宿から中央線に乗ろうとしたおれに、学校が休みだからとついてきたのがこいつ、七瀬真凛だった。そこまではまあ、いつもの事なのだが。
結果は――散々なものだった。
おれの能力で猿達を檻の中に誘い入れ、今回チームを組んだ獣医出身のエージェントに、人里に二度と近づかないように処置を施してもらう。万事うまく行っていたはずの作戦は、おれと真凛のささいな連絡の行き違いから破綻した。
檻から脱出し街中を逃げ散る猿を、おれ達や猟師さん、最後には町民総出で追い掛け回すハメになったのである。そして、乱戦状態になった猿を捕まえようと真凛がその馬鹿力を解放した結果、足元のあぜ道が崩壊し、おれ達は二人揃って、まだなお水の残る晩生が植えられた田んぼに転落するハメに陥ったのだった。
「……あのねえ。崩れかけた足場を真っ向から無視して震脚を踏み込みまくったのはおまえだろうがよ」
湿った文句に湿った反論を返し、おれは黙々と歩を進めた。新宿から高田馬場方面へと向かう明治通りの途上である。金は無いが食い物にはうるさい学生が集うこの通りには、安くて美味い飲食店がひしめきあっており、普段なら歩いているだけでそれなりに楽しめる場所だ。
だが今、衣服の裾からアスファルトへぱらぱらと茶色い粉を撒き散らしながら、肩を落として進むおれ達二人組にはそんな感性は残されていなかった。全身は泥まみれの状態のまま乾燥してしまい、さながら自分の田んぼから間違って這い出てしまった瀕死の泥田坊と言ったところか。
二人の泥田坊を容赦なく炙る陽射し。午後に入っても気温は下がらなかった。夏の間猛威を振るいに振るいまくった太陽は、九月に入っても一向に衰える気配を見せず、まだまだ都内は不快指数過剰の牢獄である。すれ違う人々の視線がとってもイタイ。いっそ本当に泥田坊よろしく腕を差し出して、田を返せえぇぇえ、とでも叫んだ方が気が楽になるかも知れない。
「あげくの果てに地下鉄では駅員さんに乗車拒否されるし。知り合いが乗ってたらどうするんだよ、ボク、毎日通学にも使ってるのに」
我がアシスタント、七瀬真凛がぎゃあぎゃあと抗議の声を上げ、泥に汚れたシャツと、全身から噴き出す汗がもたらす不快感に拍車をかけた。そろそろ政府は残暑だの立春だのという言葉の定義を変えたほうが良いのではないか。一歩踏みしめるたびに足元から這い上がってくる、靴中の泥の生ぬるい感覚と相まって、不覚ながらこのおれ亘理陽司も、いささか苛立っていた模様。
「はん。そんなら運転手に送り迎えしてもらえばいいだろうが。旧士族のオジョウサマはおれ達ショミンとは同じ土を踏みませぬわオホホ、みたいな感じでさ。もっともその様じゃー誰がどう見てもタニシ摂りの子供だけどな」
「ふんだ、ボクが居なければアンタは今そんな事も言ってられなかったくせに」
「はっ、もともとおれがあそこまで追い込まれたのも元はと言えばお前が――」
先ほどからこんな益体もない会話を延々と繰り返している。もう何巡目か考える気力も無い。
事の発端は今日、九月下旬の土曜の朝に遡る。中学や高校ではすでに二学期が始まって久しいが、おれの大学ではまだギリギリ夏休み。この休み中に引き受けてきたフレイムアップの仕事も、先日長野から都内までを一夜で駆け抜けたことでどうにか一段落がついた。
おれは他の連中のアシストに入ったりしながら比較的穏やかな(あくまでも比較的、だ)日々を送っていたものだ。そんな中に舞い込んで来たのが、東京都西部の某町に頻繁に出没して店先や田んぼを荒すという猿の駆除依頼だったのである。
突拍子もないと思われるかも知れないが、こういった動物関係の依頼はおれ達にとってオーソドックスの部類に入る。浜辺に打ち上げられたイルカを助けたり、高度に統率された野犬の群れと死闘を演じたり。
二十一世紀であろうと、都会を一歩離れれば、今なお動物や自然達と真っ向から向き合い戦い、あるいは共生している人がいる。これは別におれ達エージェント業界に限ったことではない。
あるものは自然のバランスの変動の影響(それを自然破壊と呼んでいいのかはおれにはわからない)で住処を追われ、あるものは無責任な人間の餌付けに味を占め、猿やカラスが人里に降りてくる。彼らのもたらす被害は全国で年々深刻化している。今回の依頼は町を荒らす猿を捕らえ、これ以上被害が広がらないよう処置を施すというものだった。
威嚇も罠も通じず、動物保護の観点から射殺も出来ない猿達。ほとほと困っていた町の人々と、彼等に協力する猟友会の皆さんと、東京にいながら連携を取り、どうにか猿の群れを追いたて一箇所に集めたのが昨日の夕方。そんで、仕上を施すべく朝一番で新宿から中央線に乗ろうとしたおれに、学校が休みだからとついてきたのがこいつ、七瀬真凛だった。そこまではまあ、いつもの事なのだが。
結果は――散々なものだった。
おれの能力で猿達を檻の中に誘い入れ、今回チームを組んだ獣医出身のエージェントに、人里に二度と近づかないように処置を施してもらう。万事うまく行っていたはずの作戦は、おれと真凛のささいな連絡の行き違いから破綻した。
檻から脱出し街中を逃げ散る猿を、おれ達や猟師さん、最後には町民総出で追い掛け回すハメになったのである。そして、乱戦状態になった猿を捕まえようと真凛がその馬鹿力を解放した結果、足元のあぜ道が崩壊し、おれ達は二人揃って、まだなお水の残る晩生が植えられた田んぼに転落するハメに陥ったのだった。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

JOKER
札幌5R
経済・企業
この物語は主人公の佐伯承夏と水森警察署の仲間との対話中心で進んでいきます。
全体的に、アクション、仲間意識、そして少しのユーモアが組み合わさった物語であり、水森警察署の警察官が日常的に直面する様々な挑戦を描いています。
初めて書いた作品ですのでお手柔らかに。
なんかの間違えでバズらないかな

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

プロジェクトから外されて幸せになりました
こうやさい
経済・企業
プロジェクトも大詰めだというのに上司に有給を取ることを勧められました。
パーティー追放ものって現代だとどうなるかなぁから始まって迷子になったシロモノ。
いくらなんでもこんな無能な人は…………いやうん。
カテゴリ何になるかがやっぱり分からない。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

会社でのハラスメント・・・ その一斉メール必要ですか?
無責任
経済・企業
こんな事ありますよね。ハラスメントなんて本当に嫌
現代社会において普通に使われているメール。
それを使った悪質な行為。
それに対する戦いの記録である。
まぁ、フィクションですが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる