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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆14:ゴールへと−2
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起動時の業務用の台詞を吐いて、クラウンは自動操縦に移行する。どうせ手を離しても勝手に進んでいくんだ。おれはシートにくくりつけられた体制のまま、次々と暇つぶしをはじめた。
まず、起きられては元も子もないので、『包囲磁針』の親指を手にしたプラスチックのバンドで縛り上げる。奴のネクタイとハンカチで目隠しと猿轡をかます。
上着を脱がせてかぶせ、深夜ドライブで眠ってしまったように装い――こういう手口ばかり巧妙になるのはいかがなものか――ヤケクソ気味にプラグが繋がったままの『アル話ルド君』を操作し、サウンドを車内にたっぷりと響かせる。その上で放り出されていた原稿のボックスを拾い上げ、しっかりと懐に抱え込む。
『神田についたら、すいませんがあなたには気絶してもらいます。そこで私がゴールインすれば、ゲームは終了となる』
……ゲームの解釈としてはそうなるんだろうな。
「だけど、そうそううまくいくかな?」
バックミラーから急速に迫りくる『隼』の姿のなんと頼もしいことか。
『うまくいきますとも』
言うや、猛加速するクラウン。先ほどまでも十分に味わっていた感覚だが、今度はおれの体は柔らかなシートにしっかりと受け止められていた。
「この……」
まさしく機械仕掛けの正確無比なライン。だが、それでも、おれは技量においては玲沙さんが勝っていると断言することが出来た。両方に乗った人間の言うことだから間違いは無い。それに四輪と二輪では小回りの性能が違いすぎる。徐々に近づいてくる玲沙さん。おりしも前方には走行車線、追い越し車線ともに車両でふさがっていた。ゲームセット、と思ったそのとき。
「……っ」
今日何度も体験している、内臓にダイレクトに伝わる加速の感覚。だが、それは今までのような前から後ろにではなく、上から下。それはすなわち。
「飛んだ……!?」
そう。
嘘偽り無く。
この車は空を飛んだのだ。
正確には大ジャンプか。両車線を遮る車を追い越した。それも、上から。おれは運転席の窓からありえない光景を見やりつつ――続く落下の恐怖を存分に味わった。どずん、という鈍い衝撃。しかし高級なサスペンダーは驚くほどその威力を吸収し、おれにはほとんど被害がなかった。そう、おれには。
たった今おれ達が飛び越した車にしてみれば、天からいきなりクラウンが降ってきたようなものだ。たまらず二台とも急停止し、制御を失い……結果、玲沙さんとおれ達の間に壁となって立ちはだかることとなった。たちまち後方で響き渡る甲高いブレーキ音。
『ああ、もう!……すいません、亘理さん!塞がれました!』
「玲沙さんと、飛び越された車の人たちに怪我は!?」
『どちらも大丈夫です。でも、今のでギアに異音が入りました。多分……これ以上の追跡は無理です』
そうか。やっぱりさっきの超加速とかでかなり無理させたものな。言葉の間に、かなりの葛藤があったということは、目的意識と現状分析の間で下された、冷静なプロとしての判断というべきだろう。
「わかりました。無理しないでいいんで、そのままゴールまで向かってください」
おれはひとつ息をついた。
『そうですか……。『椋鳥』での朝ご飯、ご一緒出来そうにないですね』
玲沙さんの声は気落ちしていたようだ。
「そうでもないですよ。もともと勝ち負けに関係なくお誘いするつもりでしたし、それに」
おれは運転席でのんびりと頭の後ろで手を組み、足も組んで伸ばした。高速道路では通常ありえない態勢だ。
「ちゃんとおれ達が勝ちますしね」
まず、起きられては元も子もないので、『包囲磁針』の親指を手にしたプラスチックのバンドで縛り上げる。奴のネクタイとハンカチで目隠しと猿轡をかます。
上着を脱がせてかぶせ、深夜ドライブで眠ってしまったように装い――こういう手口ばかり巧妙になるのはいかがなものか――ヤケクソ気味にプラグが繋がったままの『アル話ルド君』を操作し、サウンドを車内にたっぷりと響かせる。その上で放り出されていた原稿のボックスを拾い上げ、しっかりと懐に抱え込む。
『神田についたら、すいませんがあなたには気絶してもらいます。そこで私がゴールインすれば、ゲームは終了となる』
……ゲームの解釈としてはそうなるんだろうな。
「だけど、そうそううまくいくかな?」
バックミラーから急速に迫りくる『隼』の姿のなんと頼もしいことか。
『うまくいきますとも』
言うや、猛加速するクラウン。先ほどまでも十分に味わっていた感覚だが、今度はおれの体は柔らかなシートにしっかりと受け止められていた。
「この……」
まさしく機械仕掛けの正確無比なライン。だが、それでも、おれは技量においては玲沙さんが勝っていると断言することが出来た。両方に乗った人間の言うことだから間違いは無い。それに四輪と二輪では小回りの性能が違いすぎる。徐々に近づいてくる玲沙さん。おりしも前方には走行車線、追い越し車線ともに車両でふさがっていた。ゲームセット、と思ったそのとき。
「……っ」
今日何度も体験している、内臓にダイレクトに伝わる加速の感覚。だが、それは今までのような前から後ろにではなく、上から下。それはすなわち。
「飛んだ……!?」
そう。
嘘偽り無く。
この車は空を飛んだのだ。
正確には大ジャンプか。両車線を遮る車を追い越した。それも、上から。おれは運転席の窓からありえない光景を見やりつつ――続く落下の恐怖を存分に味わった。どずん、という鈍い衝撃。しかし高級なサスペンダーは驚くほどその威力を吸収し、おれにはほとんど被害がなかった。そう、おれには。
たった今おれ達が飛び越した車にしてみれば、天からいきなりクラウンが降ってきたようなものだ。たまらず二台とも急停止し、制御を失い……結果、玲沙さんとおれ達の間に壁となって立ちはだかることとなった。たちまち後方で響き渡る甲高いブレーキ音。
『ああ、もう!……すいません、亘理さん!塞がれました!』
「玲沙さんと、飛び越された車の人たちに怪我は!?」
『どちらも大丈夫です。でも、今のでギアに異音が入りました。多分……これ以上の追跡は無理です』
そうか。やっぱりさっきの超加速とかでかなり無理させたものな。言葉の間に、かなりの葛藤があったということは、目的意識と現状分析の間で下された、冷静なプロとしての判断というべきだろう。
「わかりました。無理しないでいいんで、そのままゴールまで向かってください」
おれはひとつ息をついた。
『そうですか……。『椋鳥』での朝ご飯、ご一緒出来そうにないですね』
玲沙さんの声は気落ちしていたようだ。
「そうでもないですよ。もともと勝ち負けに関係なくお誘いするつもりでしたし、それに」
おれは運転席でのんびりと頭の後ろで手を組み、足も組んで伸ばした。高速道路では通常ありえない態勢だ。
「ちゃんとおれ達が勝ちますしね」
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