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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆13:スーパーソニック・デリバリー−3
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「っとと、よよっと……のわぁっ」
ひときわ無様な声を上げて、おれはクラウンの運転席にもぐりこんだ。巧みにスピードと位置を合わせてくれた玲沙さんのおかげで、作業自体は中学でやった器械運動よりもたやすかったが。気絶している『包囲磁針』の太ももに顔を埋めそうになって慌てて態勢を立て直す。ハンドルをとり、徐々に路肩に寄りつつあった車体を中央に復帰させた。
「ふう」
四苦八苦して『包囲磁針』の体を助手席に押しやる。メットを脱ぎ捨て、ツナギのファスナーを開く。内ポケットに入っていた小型の七つ道具を取り出すと、そのうちのひとつ、即効性の催眠スプレー『春シオン君』を助手席の『包囲磁針』に吹き付けた。
これで半日はどうやっても目を覚まさないだろう。あとはこのクラウンを適当な場所で停めて、玲沙さんが原稿を持ってゴールに駆け込めば万事OKである。路肩に停めてもいいんだが、さてどうするか。
ポーン。
『石川PA、まで、あと五キロ、です』
と、カーナビが事務的な口調で告げる。ふむ。路肩に停めるとあとあと面倒だし、PAで車ごと放り出すのが妥当なところかな。おれは並走する玲沙さんにその旨を伝えた。
「念のためっすから、先行してガス入れておいてください」
『わかりました。軽く点検もしておきたいですし』
あの大技は多分車体に凄まじい負担をかけるのだろう。ここまで来てエンストなんて事にはなって欲しくはない。原稿を再度車体に括りつけなおすのも、金具が壊れた今となっては容易ではないのだ。おれが玲沙さんにひとつうなずくと、たちまち彼女はおれの視界を前方へと突っ切っていった。……さて。
「ふっふーん♪」
おれはいささか上機嫌の態でハンドルを握った。何しろクラウン・アスリートとくれば親がカネモチでもない限り学生が運転できる代物ではない。入り込んできた運転席の窓を閉めてしまえば、先ほどまでの滝の中のような騒音は掻き消え、驚くほど静かな空間が広がってきた。敵が磁力を放出するために全開にしていたのが幸いして、窓も割れていなかった。『アル話ルド君』からコネクタを引き出してカーナビに接続すると、たちまち車内は豪勢なステレオサウンドで満たされる。
ポーン。
『石川PA、まで、あと三キロ、です。シートベルトの着用を、お願いします』
とっとと。いかんいかん。おれは慌ててシートベルトを着用すると、夜の闇の中、カーナビの表示と高速の標識を頼りにクラウンを走らせてゆく。
ポーン。
『左、石川PA、です』
おれは高速を一旦降りるべく、ウィンカーを出してハンドルを左に切った。だが、車は直進を継続している。高級車のくせにハンドルの反応が鈍いとは。おれは舌打ちすると、ハンドルをやや大きく切る。
直進のまま。
おれの胃の辺りに冷たい塊が落ちてくる。慌ててハンドルを左右に振るが、反応なし。おいおいおい、まさかさっきの衝撃で壊れたとか言うんじゃないだろうな!?
そうこうするうちに、PAの入り口は後方に過ぎ去ってしまった。半ばパニックになりかけてブレーキを踏むが、……これも反応なし!
ポーン。
『石川PAを、通過しました』
やたらと事務調なカーナビの音声が気に障る。しばらくハンドル、ブレーキ、アクセルを弄繰り回してみたが、効果は無し。なんとか玲沙さんに連絡をとらないと。そう思って『アル話ルド君』に手を伸ばした。
ポーン。
『石川PAまで、マイナス一キロ、です』
――伸ばしたおれの左手が凍りつく。石川PAを目的地にでもしていればいざ知らず、カーナビは通常こんなアナウンスは、しない。そして、おれはもうひとつ事態に気がついていた。ハンドルも、ブレーキも、アクセルもきかないのに……なぜこの車は、正確なまでに車線の中央を維持しているんだ!?
ポーン。
『石川PAまで、マイナス三キロ、です。お、仲間との、合流は、諦める、べきですね』
台詞を組み合わせた無機質な電子音声にぞっとする。遠隔操作、いや、こいつは!
ポーン。
『高井戸ICまで、あと二十キロ、です。しばらくは、お付き合いください』
咄嗟、シートベルトに手をかける。だが、いくらボタンを押しても、外れることは無かった。
ポーン。
『その操作は、受け付けておりません』
日ごろは何気なく聞き逃せるエラー音声だが。こうして聞くと感情がこもっていない分空恐ろしい。おれはようやく事を理解していた。
「……なるほど。アンタがそっちの最後のカード、ってわけだ」
とたん、車載スピーカーから滑らかな音声が流れ出す。
『はじめまして。多機能型カーナビゲーションシステム試作機、型式番号『KI2K』。まだ二つ名は頂いておりませんので、実名で失礼いたします』
「……四”人”って言ったじゃないかよ……」
おれは苦虫をすり潰したジュースを飲み込んだようなツラで、このカーナビの奥に収まっている高度な人工知性体を睨みつけた。
ひときわ無様な声を上げて、おれはクラウンの運転席にもぐりこんだ。巧みにスピードと位置を合わせてくれた玲沙さんのおかげで、作業自体は中学でやった器械運動よりもたやすかったが。気絶している『包囲磁針』の太ももに顔を埋めそうになって慌てて態勢を立て直す。ハンドルをとり、徐々に路肩に寄りつつあった車体を中央に復帰させた。
「ふう」
四苦八苦して『包囲磁針』の体を助手席に押しやる。メットを脱ぎ捨て、ツナギのファスナーを開く。内ポケットに入っていた小型の七つ道具を取り出すと、そのうちのひとつ、即効性の催眠スプレー『春シオン君』を助手席の『包囲磁針』に吹き付けた。
これで半日はどうやっても目を覚まさないだろう。あとはこのクラウンを適当な場所で停めて、玲沙さんが原稿を持ってゴールに駆け込めば万事OKである。路肩に停めてもいいんだが、さてどうするか。
ポーン。
『石川PA、まで、あと五キロ、です』
と、カーナビが事務的な口調で告げる。ふむ。路肩に停めるとあとあと面倒だし、PAで車ごと放り出すのが妥当なところかな。おれは並走する玲沙さんにその旨を伝えた。
「念のためっすから、先行してガス入れておいてください」
『わかりました。軽く点検もしておきたいですし』
あの大技は多分車体に凄まじい負担をかけるのだろう。ここまで来てエンストなんて事にはなって欲しくはない。原稿を再度車体に括りつけなおすのも、金具が壊れた今となっては容易ではないのだ。おれが玲沙さんにひとつうなずくと、たちまち彼女はおれの視界を前方へと突っ切っていった。……さて。
「ふっふーん♪」
おれはいささか上機嫌の態でハンドルを握った。何しろクラウン・アスリートとくれば親がカネモチでもない限り学生が運転できる代物ではない。入り込んできた運転席の窓を閉めてしまえば、先ほどまでの滝の中のような騒音は掻き消え、驚くほど静かな空間が広がってきた。敵が磁力を放出するために全開にしていたのが幸いして、窓も割れていなかった。『アル話ルド君』からコネクタを引き出してカーナビに接続すると、たちまち車内は豪勢なステレオサウンドで満たされる。
ポーン。
『石川PA、まで、あと三キロ、です。シートベルトの着用を、お願いします』
とっとと。いかんいかん。おれは慌ててシートベルトを着用すると、夜の闇の中、カーナビの表示と高速の標識を頼りにクラウンを走らせてゆく。
ポーン。
『左、石川PA、です』
おれは高速を一旦降りるべく、ウィンカーを出してハンドルを左に切った。だが、車は直進を継続している。高級車のくせにハンドルの反応が鈍いとは。おれは舌打ちすると、ハンドルをやや大きく切る。
直進のまま。
おれの胃の辺りに冷たい塊が落ちてくる。慌ててハンドルを左右に振るが、反応なし。おいおいおい、まさかさっきの衝撃で壊れたとか言うんじゃないだろうな!?
そうこうするうちに、PAの入り口は後方に過ぎ去ってしまった。半ばパニックになりかけてブレーキを踏むが、……これも反応なし!
ポーン。
『石川PAを、通過しました』
やたらと事務調なカーナビの音声が気に障る。しばらくハンドル、ブレーキ、アクセルを弄繰り回してみたが、効果は無し。なんとか玲沙さんに連絡をとらないと。そう思って『アル話ルド君』に手を伸ばした。
ポーン。
『石川PAまで、マイナス一キロ、です』
――伸ばしたおれの左手が凍りつく。石川PAを目的地にでもしていればいざ知らず、カーナビは通常こんなアナウンスは、しない。そして、おれはもうひとつ事態に気がついていた。ハンドルも、ブレーキも、アクセルもきかないのに……なぜこの車は、正確なまでに車線の中央を維持しているんだ!?
ポーン。
『石川PAまで、マイナス三キロ、です。お、仲間との、合流は、諦める、べきですね』
台詞を組み合わせた無機質な電子音声にぞっとする。遠隔操作、いや、こいつは!
ポーン。
『高井戸ICまで、あと二十キロ、です。しばらくは、お付き合いください』
咄嗟、シートベルトに手をかける。だが、いくらボタンを押しても、外れることは無かった。
ポーン。
『その操作は、受け付けておりません』
日ごろは何気なく聞き逃せるエラー音声だが。こうして聞くと感情がこもっていない分空恐ろしい。おれはようやく事を理解していた。
「……なるほど。アンタがそっちの最後のカード、ってわけだ」
とたん、車載スピーカーから滑らかな音声が流れ出す。
『はじめまして。多機能型カーナビゲーションシステム試作機、型式番号『KI2K』。まだ二つ名は頂いておりませんので、実名で失礼いたします』
「……四”人”って言ったじゃないかよ……」
おれは苦虫をすり潰したジュースを飲み込んだようなツラで、このカーナビの奥に収まっている高度な人工知性体を睨みつけた。
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