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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆10:『貫影』−3
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――真凛に油断があったとは言わない。だが、強者との戦闘を目的とするあいつ自身の趣向が、判断を誤らせたのは事実だろう。敵はあいつよりはプロ意識があるようだ。すなわち、勝てない相手なら、相打ち覚悟でも排除しておくことが、全体の勝利につながる。
『貫影』の体が傾いたのは、態勢を崩したからではなかった。むしろその逆。態勢を整えたのだ、跳躍するために。――おりしもそこには、我々がラインをせめぎあいながら今まさに追い抜こうとしている大型タンクローリーがあった。『カミキリムシ』が大きく沈みこみ、『貫影』の跳躍の反動を受け止める。
高々と空を舞った奴は、そのまま危険な液体が満載されたタンクの上に危なげなく着地した。チェーン・デスマッチを挑んだ以上、真凛に可能な行動はひとつしかなかった。張り詰める革紐の方向に合わせて跳躍。だが、あいつの履いた十分に加熱されたローラーブレードは、タンクの上に着地するのは危険すぎる。空中で一回、タイヤの泥除けを蹴って距離をとり、こちらは運転席上の屋根に着地した。
『……ごめん陽司。のせられたみたい』
デスマッチはまだまだ終わらない。だが、たかだか時速百キロ程度で走るタンクローリーは、加速し続ける『隼』と『カミキリムシ』に抜き去られ、すでにはるか後方にあった。あのまま戦い続けても『貫影』は真凛に勝てないかもしれない。だがゲームの上ではまさしく相討ち。二人とも今夜中にこの舞台に戻ってくる事は出来ないだろう。『貫影』はいともあっさりと、うちの切り札を見事に無効化したのだ。
「まだまだまだ正調査員への昇格は遠い。戦闘中に優先順位を見失うようじゃ、な」
おれは独創性あふれるコメントを返す。
『ごめんなさい……』
「でもま、良くやったさ。まだカードはお互い三枚ずつ。後はおれ達に任せとけ」
ヤセ我慢ヤセ我慢。実際のところ、戦闘能力に乏しいおれと見上さんで玲沙さんのフォローをやりきれるか、と問われれば返答に詰まる。だが一度オカネをもらってしまった以上、その程度の悪条件で降りるわけにもいくまいて。それに、もうちょいキツイ条件で仕事をこなしたことも無いわけではないのだ。
『人災派遣』は伊達じゃない、ってところか。まったく困ったものである。
『……わかったよ。じゃあまた後で』
「おう、お前もきっちり勝負つけてこい。おれ達が勝った後、お前だけひとり負けなんて認めねーかんな」
『りょーかい!『人災派遣』のアシスタントが伊達じゃないってところを見せてあげるよ!』
それで通信が切れる。おれはメットの中で苦笑した。
『いいコンビですね』
通信を聞いていた玲沙さんが苦笑混じりにコメントする。
「お恥ずかしい。どうにも詰めが甘いアシスタントなモノで。ご迷惑をおかけしますよ」
それを聞いた玲沙さんが堪えきれないと言った態で笑い出す。
「な、なんかヘンな事言ったっすかね、おれ?」
「い、いえ……。ただ、任務の開始前に七瀬さんを配置場所に送ったとき、『どうにも詰めが甘いウチの担当がご迷惑をかけると思います』って言ってたものですから」
憮然とした表情で頬をかく、のはメットをかぶっていたので出来ず、おれは微妙な沈黙を保つより他なかった。咳払いを一つ、気持ちを切り替える。
「……えー、おほん、さて」
『ええ』
「『このまま一気に勝負をかけましょう!』」
ここで急加速。保っていたラインを一気に詰める。再び先程同様の激しいラインの鬩ぎ合いが繰り広げられる。だがもはや妨害をしかけてくる『貫影』はいない。必定、おれと玲沙さんの注意は残り一人、『カミキリムシ』を駆るライダーへと向く。おれは『隼』から振りおとされないように務めつつ、隙あらばパンチの一発でも叩き込んでやろうと身構えた。
と、敵のライダーが唐突に間合いを取った。敵意のなさを表すかのように、左手を上げてこちらに顔を向ける。……何か仕掛けてくるのか?緊張するおれの視界の中、やつは大胆にもバイクから身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。暗闇と水銀灯に照り返されたフルフェイスヘルメットでは中の表情など見分けがつくはずもないが、やがてその仕草、体型から、おれの脳が一人の気に食わない人物の名前を思い浮かべた。
「おまえ……!?」
『真凛くんが居たからまさかとは思ったが。貴様とはな』
突如メットの中に響き渡る、ノイズキャンセリングされたクリアな音声。もう一つの『アル話ルド君』から繋がれた敵の声は、まさしくウチの同僚、笠桐・R・直樹のキザったらしいそれだった。
『貫影』の体が傾いたのは、態勢を崩したからではなかった。むしろその逆。態勢を整えたのだ、跳躍するために。――おりしもそこには、我々がラインをせめぎあいながら今まさに追い抜こうとしている大型タンクローリーがあった。『カミキリムシ』が大きく沈みこみ、『貫影』の跳躍の反動を受け止める。
高々と空を舞った奴は、そのまま危険な液体が満載されたタンクの上に危なげなく着地した。チェーン・デスマッチを挑んだ以上、真凛に可能な行動はひとつしかなかった。張り詰める革紐の方向に合わせて跳躍。だが、あいつの履いた十分に加熱されたローラーブレードは、タンクの上に着地するのは危険すぎる。空中で一回、タイヤの泥除けを蹴って距離をとり、こちらは運転席上の屋根に着地した。
『……ごめん陽司。のせられたみたい』
デスマッチはまだまだ終わらない。だが、たかだか時速百キロ程度で走るタンクローリーは、加速し続ける『隼』と『カミキリムシ』に抜き去られ、すでにはるか後方にあった。あのまま戦い続けても『貫影』は真凛に勝てないかもしれない。だがゲームの上ではまさしく相討ち。二人とも今夜中にこの舞台に戻ってくる事は出来ないだろう。『貫影』はいともあっさりと、うちの切り札を見事に無効化したのだ。
「まだまだまだ正調査員への昇格は遠い。戦闘中に優先順位を見失うようじゃ、な」
おれは独創性あふれるコメントを返す。
『ごめんなさい……』
「でもま、良くやったさ。まだカードはお互い三枚ずつ。後はおれ達に任せとけ」
ヤセ我慢ヤセ我慢。実際のところ、戦闘能力に乏しいおれと見上さんで玲沙さんのフォローをやりきれるか、と問われれば返答に詰まる。だが一度オカネをもらってしまった以上、その程度の悪条件で降りるわけにもいくまいて。それに、もうちょいキツイ条件で仕事をこなしたことも無いわけではないのだ。
『人災派遣』は伊達じゃない、ってところか。まったく困ったものである。
『……わかったよ。じゃあまた後で』
「おう、お前もきっちり勝負つけてこい。おれ達が勝った後、お前だけひとり負けなんて認めねーかんな」
『りょーかい!『人災派遣』のアシスタントが伊達じゃないってところを見せてあげるよ!』
それで通信が切れる。おれはメットの中で苦笑した。
『いいコンビですね』
通信を聞いていた玲沙さんが苦笑混じりにコメントする。
「お恥ずかしい。どうにも詰めが甘いアシスタントなモノで。ご迷惑をおかけしますよ」
それを聞いた玲沙さんが堪えきれないと言った態で笑い出す。
「な、なんかヘンな事言ったっすかね、おれ?」
「い、いえ……。ただ、任務の開始前に七瀬さんを配置場所に送ったとき、『どうにも詰めが甘いウチの担当がご迷惑をかけると思います』って言ってたものですから」
憮然とした表情で頬をかく、のはメットをかぶっていたので出来ず、おれは微妙な沈黙を保つより他なかった。咳払いを一つ、気持ちを切り替える。
「……えー、おほん、さて」
『ええ』
「『このまま一気に勝負をかけましょう!』」
ここで急加速。保っていたラインを一気に詰める。再び先程同様の激しいラインの鬩ぎ合いが繰り広げられる。だがもはや妨害をしかけてくる『貫影』はいない。必定、おれと玲沙さんの注意は残り一人、『カミキリムシ』を駆るライダーへと向く。おれは『隼』から振りおとされないように務めつつ、隙あらばパンチの一発でも叩き込んでやろうと身構えた。
と、敵のライダーが唐突に間合いを取った。敵意のなさを表すかのように、左手を上げてこちらに顔を向ける。……何か仕掛けてくるのか?緊張するおれの視界の中、やつは大胆にもバイクから身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。暗闇と水銀灯に照り返されたフルフェイスヘルメットでは中の表情など見分けがつくはずもないが、やがてその仕草、体型から、おれの脳が一人の気に食わない人物の名前を思い浮かべた。
「おまえ……!?」
『真凛くんが居たからまさかとは思ったが。貴様とはな』
突如メットの中に響き渡る、ノイズキャンセリングされたクリアな音声。もう一つの『アル話ルド君』から繋がれた敵の声は、まさしくウチの同僚、笠桐・R・直樹のキザったらしいそれだった。
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