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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆10:『貫影』−2
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『亘理君、聞こえるか』
友軍の声におれは応える。
「見上さん、こっちはまだ何とか。今、真凛の奴がバイクを引き剥がしにかかっています」
『そうか。すまない、こちらは境川で敵のクラウンを張っていたのだが、強行突破されてしまった』
くそ、二枚目の伏兵は通用しなかったか。だが仕方がない。もともと見上さんは『遠隔視』を除けばあくまで身体能力的には普通の人の範疇なのだから。
『奴め、運転技術も相当なものだ。今からでも追いつけるのは君達しかいない。私も速度を落として君達を待つ』
『やってみます。合流方法については……ええ。そんなものでいいでしょう』
玲沙さんの返答。だが、敵のライダーもさるもの。真凛に張り付かれてなお、まだラインを明け渡そうとはしない。くそ、これ以上離されたら取り返しがつかないっていうのに!そんなおれの煩悶を見て取ったか。間合いを離した『貫影』が、右手に握った槍を肩に担ぐ。咄嗟、よぎるイヤな予感。――そこから導かれる次の攻撃は。
「やば……っ!」
真凛にではなく、自分自身と玲沙さんに向けておれは叫んだ。戦場にて、騎兵は群がる歩兵を一々突き刺したりはしない。彼等に必要なのは敵陣を貫く『突進』と、雑魚を一掃する――『払い』!
二メートル以上はあるはずの槍。その根元、ほとんど石突の辺りを両の手で握り、己の膂力に任せて『貫影』が振りぬいた。その腕の長さと合わせて半径三メートル以上に達する暴風圏は、真凛のみならず、おれ達の『隼』をも容易く捕らえる。真凛を牽制しつつおれ達を跳ね飛ばせる、一石二鳥の手だ。
慌てて真凛がローラーブレードを駆って間合いを離す。そうすれば必定、その穂先はおれ達の方に飛んでくる事になる。当たればバッサリ。だが、無理にかわそうとして転倒でもしてしまえば、もはや『カミキリムシ』を追い抜くのは不可能に近い。
『離さないで』
玲沙さんの台詞は、字面だけなら涙を流して喜びたいところだが、
「と、とととととぉぉっ」
当然そんな余裕はない。飛んでくる穂先を、ラインを維持したまま極限まで車体を傾けてやり過ごす。いわば二輪で行うスウェーだ。必死に玲沙さんにしがみつくおれの耳元をメット越しに穂先がかすめる。どうにか、かわしきれたか!?
その時。車体から突如伝わる、がくん、という嫌な感触。車体の角度が限界を超え……タイヤが横滑りを起こしたのだ!十分の一秒ほどの一瞬、時間の歩みが止まり、脳裏で走馬灯がくるくると周る。……もはや抗いようもない。次の瞬間には、おれ達は高速で流れ去るアスファルトに飲み込まれて消え去るのみだった。
そう、『貫影』が思っていたのであれば、さぞかし当てが外れたことだろう。
必殺の『払い』で目的を果たした安堵か、振りぬいた槍を本来の構えに戻すのが遅れたその一瞬。
『しゃあッ!』
真凛の快哉を含んだ雄叫びが響く。殆ど地面と並行に傾いたおれを飛び越えて、ローラーブレードを履いた真凛が『カミキリムシ』に襲い掛かった。真凛は先程の『払い』を回避しつつ、『隼』の車体を利用して『貫影』の死角に周り込んでいたのだ。
その意図に気付いた玲沙さんが咄嗟に仕掛けてのけたのが、この命がけのフェイントということ……らしい。そんな事にも気付けなかったおれは、臨死体験に心臓が飛び出そうだったが。
陸上選手のハードル走のような低く無駄のない軌道で、傾いた『隼』を飛び越えざまに右腕を繰り出す。虚を衝かれた格好の『貫影』が慌ててもう一度『払い』を放つ。それでも充分に威力のある一撃だったが、さすがに真凛に繰り出すにはお粗末に過ぎた。
エンジン音と風鳴りに紛れて、乾いた音が確かに鳴った。真凛が『貫影』の突き出した長柄をつかみ、その握力にモノを言わせてへし折ったのだ。
「よっしゃ!」
芸術的なカウンターを当てて再び体勢を立て直した『隼』の上でおれはガッツポーズ。こうなれば形勢は一気にこちらへ傾く。三分の一ほど間合いを穂先ごと失った槍では、続く真凛の猛攻を防ぐにはいささか荷が重すぎたようだ。それから数合を経て、たちまち『貫影』はたじたじとなった。
ここで真凛が仕留めにかかる。一気に踏み込み加速。懐に滑り込んだ状態から、剣の如く上段回し蹴りを振るった。剣の如く、とは誇張ではない。それはローラーブレードによる斬撃。摩擦で十二分に加熱された強化セラミックのホイールが刃と化して、『貫影』のライダースーツを切り裂いた。
たまらず傾ぐ敵の体。確実に獲った!とおれは再び心の中でガッツポーズ。……唐突に、自分の格好が先程の『貫影』と良く似ている事に気がつき、ぎょっとする。
友軍の声におれは応える。
「見上さん、こっちはまだ何とか。今、真凛の奴がバイクを引き剥がしにかかっています」
『そうか。すまない、こちらは境川で敵のクラウンを張っていたのだが、強行突破されてしまった』
くそ、二枚目の伏兵は通用しなかったか。だが仕方がない。もともと見上さんは『遠隔視』を除けばあくまで身体能力的には普通の人の範疇なのだから。
『奴め、運転技術も相当なものだ。今からでも追いつけるのは君達しかいない。私も速度を落として君達を待つ』
『やってみます。合流方法については……ええ。そんなものでいいでしょう』
玲沙さんの返答。だが、敵のライダーもさるもの。真凛に張り付かれてなお、まだラインを明け渡そうとはしない。くそ、これ以上離されたら取り返しがつかないっていうのに!そんなおれの煩悶を見て取ったか。間合いを離した『貫影』が、右手に握った槍を肩に担ぐ。咄嗟、よぎるイヤな予感。――そこから導かれる次の攻撃は。
「やば……っ!」
真凛にではなく、自分自身と玲沙さんに向けておれは叫んだ。戦場にて、騎兵は群がる歩兵を一々突き刺したりはしない。彼等に必要なのは敵陣を貫く『突進』と、雑魚を一掃する――『払い』!
二メートル以上はあるはずの槍。その根元、ほとんど石突の辺りを両の手で握り、己の膂力に任せて『貫影』が振りぬいた。その腕の長さと合わせて半径三メートル以上に達する暴風圏は、真凛のみならず、おれ達の『隼』をも容易く捕らえる。真凛を牽制しつつおれ達を跳ね飛ばせる、一石二鳥の手だ。
慌てて真凛がローラーブレードを駆って間合いを離す。そうすれば必定、その穂先はおれ達の方に飛んでくる事になる。当たればバッサリ。だが、無理にかわそうとして転倒でもしてしまえば、もはや『カミキリムシ』を追い抜くのは不可能に近い。
『離さないで』
玲沙さんの台詞は、字面だけなら涙を流して喜びたいところだが、
「と、とととととぉぉっ」
当然そんな余裕はない。飛んでくる穂先を、ラインを維持したまま極限まで車体を傾けてやり過ごす。いわば二輪で行うスウェーだ。必死に玲沙さんにしがみつくおれの耳元をメット越しに穂先がかすめる。どうにか、かわしきれたか!?
その時。車体から突如伝わる、がくん、という嫌な感触。車体の角度が限界を超え……タイヤが横滑りを起こしたのだ!十分の一秒ほどの一瞬、時間の歩みが止まり、脳裏で走馬灯がくるくると周る。……もはや抗いようもない。次の瞬間には、おれ達は高速で流れ去るアスファルトに飲み込まれて消え去るのみだった。
そう、『貫影』が思っていたのであれば、さぞかし当てが外れたことだろう。
必殺の『払い』で目的を果たした安堵か、振りぬいた槍を本来の構えに戻すのが遅れたその一瞬。
『しゃあッ!』
真凛の快哉を含んだ雄叫びが響く。殆ど地面と並行に傾いたおれを飛び越えて、ローラーブレードを履いた真凛が『カミキリムシ』に襲い掛かった。真凛は先程の『払い』を回避しつつ、『隼』の車体を利用して『貫影』の死角に周り込んでいたのだ。
その意図に気付いた玲沙さんが咄嗟に仕掛けてのけたのが、この命がけのフェイントということ……らしい。そんな事にも気付けなかったおれは、臨死体験に心臓が飛び出そうだったが。
陸上選手のハードル走のような低く無駄のない軌道で、傾いた『隼』を飛び越えざまに右腕を繰り出す。虚を衝かれた格好の『貫影』が慌ててもう一度『払い』を放つ。それでも充分に威力のある一撃だったが、さすがに真凛に繰り出すにはお粗末に過ぎた。
エンジン音と風鳴りに紛れて、乾いた音が確かに鳴った。真凛が『貫影』の突き出した長柄をつかみ、その握力にモノを言わせてへし折ったのだ。
「よっしゃ!」
芸術的なカウンターを当てて再び体勢を立て直した『隼』の上でおれはガッツポーズ。こうなれば形勢は一気にこちらへ傾く。三分の一ほど間合いを穂先ごと失った槍では、続く真凛の猛攻を防ぐにはいささか荷が重すぎたようだ。それから数合を経て、たちまち『貫影』はたじたじとなった。
ここで真凛が仕留めにかかる。一気に踏み込み加速。懐に滑り込んだ状態から、剣の如く上段回し蹴りを振るった。剣の如く、とは誇張ではない。それはローラーブレードによる斬撃。摩擦で十二分に加熱された強化セラミックのホイールが刃と化して、『貫影』のライダースーツを切り裂いた。
たまらず傾ぐ敵の体。確実に獲った!とおれは再び心の中でガッツポーズ。……唐突に、自分の格好が先程の『貫影』と良く似ている事に気がつき、ぎょっとする。
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