人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
83 / 368
第3話:『中央道カーチェイサー』

◆09:ハヤブサとカミキリムシ−1

しおりを挟む
 トレーラーの速度に強制的に合わせられる形で、『隼』は時速八十キロ程度まで減速させられていた。そのはるか向こうにいるはずのクラウンとの相対距離が離れれば離れるほど、おれと玲沙さんの胸中には焦りが降り積もってゆく。八ヶ岳の麓、昼ならさぞかし美しい夏の緑を堪能出来たであろう中央道の上で、金で雇われた四人のエージェント達は対峙していた。

 玲沙さんにしてみればトレーラーを追い抜くのは容易い。だが、当然相手がそれを見過ごしてくれるとは思えない。しかし時間が経てば立つほどこちらは不利になる。進むべきか、待つべきか。

 と、そんなおれの逡巡を切り裂いて轟く、鋼鉄の唸り声。おれは咄嗟に視線を上空へ向ける。人間が幾ら速く地を走ろうと、ただ空に動かず在る月を横切って――バイクが宙に舞った。異様な光景に音が消えたような錯覚を覚えた後。後方にどず、と鈍い音。そして、急速に迫り来る硬質のエンジン音。

 
 敵の跨ったバイクが、トレーラーのコンテナに停止した状態から急加速してジャンプ、なおかつ空中でターンを決めながらシフトアップして着地したときには既にこちらを追跡する加速体勢に入っている――おれが今見た光景を第三者的に分析するならそういう事だ。

 だがしかし、敵は二人乗り。しかもアレはジャンプに適したモトクロス用なんかじゃ断じて無い。水銀灯を反射して艶めかしく輝く、紅と緑の斑に塗装された車体。小さな頭部状のフロントカウルから突き出す大きな一つ目のヘッドライト。剥き出しの骨格を思わせるフレーム。おれはなぜか南に棲む獰猛なカミキリムシを連想させられた。

 
 YAMAHA XJR1300。

 
 その型番を知る由もなく、考える暇はさらになく。おれ達はたちまち迫り来る新手、フルフェイスヘルメットとライダースーツに身を包んだ二人組との死闘を演じる事となった。

「……っと!」

 『カミキリムシ』が突如その釜首をもたげた。前輪を引き上げる、いわゆるウィリー走行という奴だが、おれの目にはまさしく、腹を空かせた虫が獲物を捕食せんとする様に見えた。その前輪で押しつぶすつもりかよっ!?

 咄嗟に『隼』は身をかわす。ギロチンさながらの勢いでおれの傍らを落下してゆく前輪。だが、奴らの狙いは最初から直接の攻撃ではなかった。

「くそっ!」

 おれは悪態をつく。回避のために体勢を崩した『隼』の隙に漬けこみ、あっという間に『カミキリムシ』が前方に割り込んだのだ。

 ラインを塞いだ途端にスピードを落とす『カミキリムシ』。それに衝突されるのを嫌って『隼』もスピードを落とさざるを得ない。

 物騒極まりない積荷を路上に放り出したトレーラーがゆっくりと、だが確実に加速してゆく。時速百キロオーバーとはいえ、先程までのおれ達のスピードに比べれば他愛も無いものだ。だが、今の『隼』は、前方を塞いだ『カミキリムシ』に完全にその翼を殺されていた。たちまち、前方へと流れてゆくトレーラー。
 

 
 『隼』の走行を遮る位置をキープし、時速百キロ未満の速度で車体を小刻みに揺らす『カミキリムシ』。連中の意図がおれ達の足止めに在る事は明確だったが、だからと言って容易に突破させてくれるものでもない。

「このっ……」
『しゃべらないで』

 簡潔極まりない玲沙さんの指示の後、怒涛の如くに視界が傾いた。

「……っ」

 たちまち彼女の指示の理由を明確に理解する。迂闊に口を開けば舌を噛み千切りかねない。まるで難破船から嵐の海に投げ出されたようなとんでもない左右の揺れ。玲沙さんがアスファルトすれすれどころか皮一枚まで身を乗り出す無謀なまでの体重移動で、右から左からラインを伺う。だが敵もさるもの、巧みにこちらもラインを塞いで、決して前を譲ろうとはしない。

 さながら剣豪の鍔迫り合いの如く。甲虫と猛禽は見えない一本の線を巡り火花を散らした。互いの爪を、牙を掻い潜る。ひとたび動作を誤ればたちまち路面に呑まれて消える物騒な狩場で、捕食者達は互いの存在意義をかけて戦い続けた。

 相手のドライバーも相当な腕だ。……いや、違うか。不幸にも多くの規格外の人間を見てきたおれにはなんとなくわかる。あれは操縦が上手いのではない。操縦者本人の反射神経と腕力とで無理矢理車体を振りまわしていると言った方が正しい。

 『隼』を手足のように使いこなす玲沙さんとはそこが決定的に異なっていた。腕だけなら間違いなく玲沙さんが上だろう。だが悲しいかな、今は体重移動の手伝いも出来ない余計な荷物が彼女の腰にぶら下がっている。

 切り返し、加速、急減速。ウィリー。

 韮崎ICの看板が過ぎ去る。車線を変え、速度を変えながら続けられた現代の早駆けは、既に距離にして二十キロに達しようとしていた。無言のまま極限まで集中を高め、アスファルト上にある蜘蛛の糸のような理想のラインを辿る玲沙さんにおれがしてやれる事は、余計な計算要素を増やさないよう、せいぜいしっかりしがみついて荷重に徹する事だけだった。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...