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第3話:『中央道カーチェイサー』
◆08:マッド・コンパス−1
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『よくやった亘理君!玲沙くんはゴールまで一気に向かってくれ。私も車で合流する』
『了解しました』
例え依頼人や依頼内容が気に食わないとしても、一度現場に出ればあとは任務達成に向けてやるべき事をやるのが派遣社員と言うもの。まったく、給料の給の字に入っている”糸”は、しがらみの意味ではなかろうか。
ともあれ。一旦こうなってしまえば、加速に勝るバイクの有利が効いてくる。もはや奴はおれ達に追いつけないし、残り三人のエージェントも、数百キロで移動するバイクにはおいそれと手が出せるものではないはずだ。このまま一気に勝負を決めてしまう事は充分に可能なはず。再びかかるG。いささか余裕を取り戻したおれは、玲沙さんの腰にがっちり腕を廻して密着姿勢の維持につとめた。
『噂には聞いていましたけど、凄いんですね』
玲沙さんの声が、背中とメット越しに伝わってくる。
「なははははは!この程度、ビフォアブレックファストってヤツッスよ!ちなみに本気になればこの三倍くらいは容易く」
『でも。……なんだか凄く辛そうでした』
おれはいつものコメントで取り繕おうとして失敗し、間の抜けた沈黙を晒す事になった。
「……いやまあ。ケチってるわけじゃないんすけどね。乱発するといつか手痛いしっぺ返しが来るっていうか、なんていうか」
『すいません、私、変な事言ってしまいました』
「いやいやいや、別にぜんぜん構わないですよ。おれが自分でやってることですし」
それきり妙に言葉が続かなくなってしまった。気がつけば小渕沢ICを通り過ぎていた。おれ達はいつの間にか長野から山梨県へと入り、先程諏訪湖から眺めた八ヶ岳の麓にさしかかりつつあった。
ふと、違和感を感じた。
具体的な兆候に気付いたのは、玲沙さんだった。唐突に二度、アクセルを叩きこむ。
「どうしました!?」
背中越しのおれの声に、緊張をはらんだ声が応える。
『スピードが落ちています!!』
確かに、それはおれも感じていた。心なしか風景の流れる速度が緩やかになった気がしていたのだ。もちろんそれでも十二分に殺人的だったのだが。
「もしかして、故障とか……?」
先程までの人外の領域の速度にあれほど恐怖を感じていたと言うのに、減速した途端に不安を覚えると言うのも我ながら理不尽だ。唐突に違和感の正体に思いあたる。右手首への妙な感覚。まるで誰かに手を触れられているような。……そこまで来て、ようやくおれの緩んだ脳ミソが覚醒した。
「……ちぇ、おれも迂闊になったもんだ!」
『きゃ、な、なんですか!?』
突如自分の腹の辺りでおれが両手をもぞもぞと動かしたため、玲沙さんが驚く。
「相互理解を深めるための前哨戦――と言いたいところなんですがね!」
ええいもどかしい。四苦八苦の末、右腕から半ばむしりとるように、支給されたダイバーズウォッチを引き剥がす。その頃にははっきりと解る程スピードが落ちており、おれは盤面を見やることが出来た。案の定、それは十分ほど前の時刻で停まっていた。
「どうせならチタン製を支給してくれればよかったのに」
ぼやくと同時に、後方に向かって時計を放り投げる。それが猛烈な勢いで後方にすっ飛んで行ったのは、もちろんおれにプロ捕手ばりの強肩があったから、ではない。
「追ってきてます!!」
時計が吸い込まれて行った遥か後方、巧みに車線変更しながらこちらに迫ってくるその姿はまぎれもなく、先程のクラウンアスリートだった。
「”包囲磁針”……磁力使いね。ったく、電磁波で脳に悪影響でも出たらどうするよ」
『了解しました』
例え依頼人や依頼内容が気に食わないとしても、一度現場に出ればあとは任務達成に向けてやるべき事をやるのが派遣社員と言うもの。まったく、給料の給の字に入っている”糸”は、しがらみの意味ではなかろうか。
ともあれ。一旦こうなってしまえば、加速に勝るバイクの有利が効いてくる。もはや奴はおれ達に追いつけないし、残り三人のエージェントも、数百キロで移動するバイクにはおいそれと手が出せるものではないはずだ。このまま一気に勝負を決めてしまう事は充分に可能なはず。再びかかるG。いささか余裕を取り戻したおれは、玲沙さんの腰にがっちり腕を廻して密着姿勢の維持につとめた。
『噂には聞いていましたけど、凄いんですね』
玲沙さんの声が、背中とメット越しに伝わってくる。
「なははははは!この程度、ビフォアブレックファストってヤツッスよ!ちなみに本気になればこの三倍くらいは容易く」
『でも。……なんだか凄く辛そうでした』
おれはいつものコメントで取り繕おうとして失敗し、間の抜けた沈黙を晒す事になった。
「……いやまあ。ケチってるわけじゃないんすけどね。乱発するといつか手痛いしっぺ返しが来るっていうか、なんていうか」
『すいません、私、変な事言ってしまいました』
「いやいやいや、別にぜんぜん構わないですよ。おれが自分でやってることですし」
それきり妙に言葉が続かなくなってしまった。気がつけば小渕沢ICを通り過ぎていた。おれ達はいつの間にか長野から山梨県へと入り、先程諏訪湖から眺めた八ヶ岳の麓にさしかかりつつあった。
ふと、違和感を感じた。
具体的な兆候に気付いたのは、玲沙さんだった。唐突に二度、アクセルを叩きこむ。
「どうしました!?」
背中越しのおれの声に、緊張をはらんだ声が応える。
『スピードが落ちています!!』
確かに、それはおれも感じていた。心なしか風景の流れる速度が緩やかになった気がしていたのだ。もちろんそれでも十二分に殺人的だったのだが。
「もしかして、故障とか……?」
先程までの人外の領域の速度にあれほど恐怖を感じていたと言うのに、減速した途端に不安を覚えると言うのも我ながら理不尽だ。唐突に違和感の正体に思いあたる。右手首への妙な感覚。まるで誰かに手を触れられているような。……そこまで来て、ようやくおれの緩んだ脳ミソが覚醒した。
「……ちぇ、おれも迂闊になったもんだ!」
『きゃ、な、なんですか!?』
突如自分の腹の辺りでおれが両手をもぞもぞと動かしたため、玲沙さんが驚く。
「相互理解を深めるための前哨戦――と言いたいところなんですがね!」
ええいもどかしい。四苦八苦の末、右腕から半ばむしりとるように、支給されたダイバーズウォッチを引き剥がす。その頃にははっきりと解る程スピードが落ちており、おれは盤面を見やることが出来た。案の定、それは十分ほど前の時刻で停まっていた。
「どうせならチタン製を支給してくれればよかったのに」
ぼやくと同時に、後方に向かって時計を放り投げる。それが猛烈な勢いで後方にすっ飛んで行ったのは、もちろんおれにプロ捕手ばりの強肩があったから、ではない。
「追ってきてます!!」
時計が吸い込まれて行った遥か後方、巧みに車線変更しながらこちらに迫ってくるその姿はまぎれもなく、先程のクラウンアスリートだった。
「”包囲磁針”……磁力使いね。ったく、電磁波で脳に悪影響でも出たらどうするよ」
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