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第2話:『秋葉原ハウスシッター』
◆13:鍵をかける。-2
しおりを挟む『亘理陽司の』
鍵を掛ける。
イメージするのはそれである。
誰でも考えることだ。
あの時、ああしていれば。
あの時、ああしなければ。
あの時、あれさえなければ。
あの時、あれがあったら。
今はもっと違っていたのに。
人は生まれたときより無数の判断を経て現在に到る。それらが全て正しい判断だったと断定できる人間はいない。何故ならば、選ばれることの無かった選択肢は永遠のブラックボックスと化して、二度とその結果を確かめることは出来ないからだ。
雨の日に、駅へ行くときに右の道を行ったら車に水を引っ掛けられた。これは不幸かもしれない。しかし左の道を行っていたらどうだったのか。何事もなく駅にたどり着けたのか。あるいは車にはねられて重症を負っていたのか?同じ日を二度経験することの無い人間には確認のしようが無い事象だ。
それを運命、と言う人もいる。個々人の選択、外的な要因によって一瞬から無限に分岐し、無限からさらにまた無限の選択肢が広がる果てしの無いツリー構造。その中から選び取られるたった一つの選択肢こそが、運命なのだと。
しかし、その中で与えられる選択肢にはすべて『因果』が存在する。
世界には『原因』によって『行動』がなされ『結果』が生まれる。『結果』は新たな『原因』となり、次の『行動』を産む。雨の日に右の道を選んだのは、アスファルト舗装の右の方が砂利道の左より歩きやすいと判断したから。歩きやすい方を選択した理由は、前日に足に小さなケガをしていたから。人間の『判断』などその瞬間の外的な要因と己の現在の状態を引数として、答えを出力する一つの関数に過ぎず、それは選択ではなくて必然なのだ。
『視界において』
鍵を掛ける。
イメージするのはそれである。
ならば。
この世全ての『原因』を把握することが出来れば、次の『結果』を完璧に導き出すことが出来る。ならばそれは次の『原因』となり……。これを繰り返すことで未来を導き出す事が可能なのではないか。かつてそんな思想が流行したことがあった。
これが『ラプラスの悪魔』だ。人間の脳にめぐらされたニューロンとその中を流れる電流すら計算し尽くし、感情や精神すらも式に置換し結果を予測せん。
それは、果てしの無い無駄な作業なのだと思う。仮にもし。その行為が実ったとして。計算者に与えられるのは変化など起こり様の無い未来なのだ。それでは意味は無い。研究とは実益をもたらすものでなければならない。結局、後の世では混沌と揺らぎが生み出す事実上予測不能の世界がラプラスの悪魔を追い払った。だが、そんなものは人々は最初からあり得ないと判っていたし、彼らとてとっくに気付いてはいたのだ。
彼らは思った。ラプラスの悪魔が存在しない以上、『結果』とは無数の選択肢から無数に派生する予測不可能なものである。選択肢が二つあれば、二つの未来が存在する。無限の選択肢があれば、無限の未来が存在する。当然のことだ。だからこそ人は欲望や目標に向かい足掻くのだ。
しかし。それでは望むものにたどり着けないかもしれない。それもまた当然のことだ。
ならば。
無限の未来の中から、己の望むものへ突き進むのではなく。
無限の未来の中から、己の気に入らないものを切り捨ててしまえばどうだろう?
『あらゆる類の』
鍵を掛ける。
イメージするのはそれである。
望み得る事象を実現するために、無限の分岐へ鍵をかけてまわる。ハズレの道がすべてふさがれてしまったのなら、あとはどんなに複雑な分岐でも、開いている扉だけを選んでゆけば必ず正解にたどり着くのだ。手持ちの鍵の数はそんなに多くは無い。あまりに広すぎる事象、長すぎる時間を留めるのは亘理陽司に過度の負担がかかる。
乗せられる単語の数は、限定性の高いものを十がやっと、というところか。我が師より受け継ぎしはただ一つの鍵。これによりて亘理陽司は世界すべての干渉を無価値とし、己の意に適う回答が出るまで物理法則を切り捨て続ける。
『爆発を禁ずる』
割れた窓から飛び込んできた榴弾は、重い音を一つ立てて床に転がった。
「愚か者め。近代兵器など不発を前提として戦闘するものだ」
俺は悪意を込めて、そびえる塔の向こう、兵士に声をかけてやった。当然聞こえるはずも無いが、明らかに兵士はうろたえていた。それはそうだ。戦争ならまだしも、入念に準備を行った初弾が不発等という確率は、
「~~ああ痛え。『あらゆる』、なんて景気のいい単語を乗せるなよなっとに」
ぼやくおれの横を、疾風と化した真凛が走り抜ける。突進の速度をまったく殺さず掬い上げた榴弾を、ホレボレするほど力感溢れるオーバースローで振りぬく。報復の弾丸は五十メート以上の距離を先ほどとは逆の軌道を描いて見事、射手に命中した。たまらず崩れ落ちる射手。
「よっし、当たり!」
「当てるのは得意なんだよな、お前」
ってかさっきは、『爆発しない』と定義しただけで、完全に不発になったかどうかはわからなかったのだが。まあ、言わぬが花と言うものだろう。
おれはガラスの割れたベランダに歩み寄り、千代田区の町を見下ろす。そう遠く離れてはいないところで、もう一組の戦いは続いているはずだった。
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